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王道で行こう!  作者: たまさ。
除隊命令
48/101

その3

――危なかった……


 ルディエラは心底からそう思っていた。

何が危ないって「ルティフィリエラル」って、意味不明な名前にならなくて本当に良かった。誰が止めてくれたのか判らないが、感謝してもしたりない。

 相手は何といっても第一王子殿下――皇太子フィブリスタ殿下だ。

その人から付けられた名前であれば「ポチ」だろうと「タマ」であろうと受け入れなければならなかっただろう。誰だか知らないが「呼びづらい」などときっぱりと言ってくれた人ありがとう。


 そうでなければ「変な名前三兄弟」にうっかり仲間入りしてしまうところだった。

世の中ってなんて危険に満ちていることだろう。


 まさか自分の膝の上のルディエラがそんなことを思っているなどと露知らぬ皇太子フィブリスタはふっと視線を執務室の正面扉へと向け、そこに眉を潜めた弟を見つけてしまった。

 いつの間に扉を開いて立っていたのか、冷たい眼差しを更に冷たくして眉間にぐっと力を込めている。


「何故、ソレはフィブリスタ兄上の膝にいるのでしょう」

「人払いはした筈だがな」

「叱責ならばいかようにも」

「いや、良い」

 フィブリスタは言いながら、それでもやっとルディエラを開放してくれた。

ずりずりと下がるようにして立ち、ルディエラは「変な名前」を考えている場合では無いことを思い出す。

 

もともとこの場にいるのにはきちんと理由あってのことなのだ。

もたくらと余計なことにかかずらってなどいられない。

「あの、殿下っ」

 ルディエラは両手を握り合わせ、もう一度その場で膝を折った。

「今一度、ぼくの除隊命令について考え直していただけませんでしょうか」

 ルディエラは今度はしっかりとした口調で言うことができた。

胸元に右手の拳を押し当て、無礼にならぬようにと視線を下げて――

その前で長椅子に座ったままのフィブリスタは、そっと吐息を落とした。

「――私は反対なのだ。聞き分けておくれ」

「殿下がぼくのことを心配して下さったのは判ります。とてもありがたいことだと思います。ですが、ぼくは騎士団にいたいんですっ」

「そなたの目指すエリックは騎士ではなかったというのに?」

「それでもっ!

たとえそうであろうとも。ぼくは騎士になりたいっ」


 必死に言い募るルディエラと、そしてその背後でただ静かに見つめているキリシュエータとを交互に眺め、フィブリスタはしばらくの間静かに考えていたが、やがてその眼差しを和ませた。


「キリシュエータ」

「はい」

「昨夜告げたことは忘れて良い。ルディエラの除隊命令は取り消す」


 さらりと言われた言葉に、ルディエラは下げていた頭をがばりとあげ、その瞳を喜びに潤ませた。


「ありがとうございます!」


***


「名付け親?」

自身の執務室へと戻った途端、ルディエラに「どういうことだ」と尋ねたキリシュエータに、ルディエラは困惑したような表情のまま口を開いた。

「まさか、信じられん」

「でも、皇太子殿下がそのようにっ」

「フィブリスタ兄上が名づけたというのであれば、絶対に読みづらい長ったらしいおかしな名前になっていた筈だ。ルディエラなどと短くまっとうな名前であった筈がない」


 きっぱりと言い切るキリシュエータの言葉に、ルディエラは思わず呻いた。

――そうか、そういう人なのか。


「フィブリスタ兄上が昔飼っていた犬の名など、誰も覚えられなかったぞ」

「……」

「兄上が名前をつけたものに関しては不評ばかりで、使用人達はこっそりと違う名前をつけていたくらいだ」

「ああ、じゃあ……結構不評は言いやすかったのかもしれませんね」

 なんといっても動物ではなくて人間の名前であるし。

ルディエラは「ははは」と乾いた笑いを浮かべ「ぼくの名前も当初はルティなんとかって名前だったみたいです……呼びづらいと不評をかったとおっしゃっておいででした」

 キリシュエータは眉間に皺を寄せ、腕を組むようにしてルディエラを眺めていたが、やがてその腕を解き、たんっとテーブルの表面を叩いた。

「つまり、兄は名付け子が騎士団なんぞにいるのを見つけて除隊を命じたという訳か」

「はい。女の子は騎士団などにいてはいけないと」

「そうか、おまえは女の子だったか」

 ぼそりとキリシュエータの口から出た言葉にルディエラがびくんと反応すると、キリシュエータはそれまで抱えていた緊張を解き、口元を引き上げるようにして意地の悪い笑みを浮かべた。


「まあいい。午後の訓練はどうする? 休暇にしてもいいが」

 キリシュエータの提案に、しかしルディエラは慌てるようにしてぺこりと頭をさげた。

「下がってよろしいのでしたら、訓練に戻ります」

「では下がれ」

 一礼し、そのまま下がろうとするルディエラにキリシュエータは思い出すように声をかけた。

「にんじん」

「はい」

「――いや、よく励め」


 明るい金髪が跳ねるようにして出て行くのを見送り、キリシュエータは意識を切り替えるようにテーブルの上の眼鏡に手を伸ばし、それをゆっくりと鼻の上に掛けた。

「ティナン」

「はい」

「にんじんと兄上に接点があると聞いていないぞ」

「申し訳ありません――私も先日弟より聞いた話ですが、ルディエラが生まれるおりに母は王宮にあがっていたようです」

 淀みなく告げられていた言葉が途中で途絶え、控えていたティナンは言葉を捜すように瞳を伏せたが、そのまま口を開いた。

「殿下の妹姫様がお生まれのおりの乳母候補として」

 ティナンが言葉を濁すのも当然だ。

それは口に出すも憚られる忌みごと。

本来であれば姫が生まれたと喜ぶべきことであった筈の祝辞であったが、王宮内にぽとりと落とされたインクのように滲む悪しきものとして誰も触れはしない。


 キリシュエータは当時九つ――

当初妹姫が生まれたという報告だけは受けていた。

「三月が過ぎれば会えますよ」

乳母が言っていた言葉を、けれどキリシュエータは別段気にかけてなどいなかった。ただ、そのうちに見ることもあるだろうという程度。

だが、次に聞いたのは「姫様は残念なことでございました」というものだった。

――後に詳しく聞いたことによれば、父の愛妾のカーロッタは女を産み落としたことに絶望し子を殺め、王族殺しの罪で投獄の上死去したとのことだった。


愚かな女。

確かにカーロッタは皇族に近い名門の産まれ。男子を産み落としていればその血筋は王族としても問題は無く、その後ろ盾を思えば果てには脅威ともなりえた筈だ。

――だが、その子より上には今は亡き皇妃が産み落とした三人の男子がいる。どうあがいたところでカーロッタの子供が王位を継ぐことは無い。


――三人の王子が命を失わない限り。

「いや、あの女であれば殺していたかもな」

「……殿下?」


 ぼそりとつぶやいた言葉にティナンが眉を寄せ、キリシュエータは苦笑を零して軽く手を払った。


 払った途端に、ふと――どうにも心配になり、無礼を承知で兄の執務室に入り込んだ時に視界に入った光景を思い出し、眉を潜めた。


自分の玩具であるにんじんが兄の膝の上――


脳裏に浮かんだ単語に、キリシュエータは更に不愉快になった。


***


「ふくちょー、休憩時間ですよっ」

中庭で本日は馬の障害物訓練をしていた騎士団員達に昼食の時間を告げ、ルディエラはベイゼルの黒馬の手綱を取った。

「おう。呼び出し、何だったんだ?」

 勢いをつけて馬上から降り立つベイゼルの言葉に、ルディエラは少しばかり逡巡の色を見せ、小首をかしげた。

「えっと……結局なんだったのかな」

――除隊命令を言われ、それが撤回された。

 しかも除隊命令を出したのが皇太子殿下フィブリスタで、そしてそれが自分の名付け親だなどと、どう説明すれば良いのか判らない。

なんともややこしい話で、結局ルディエラがおかしなことを口にすると、ベイゼルはがしりとその頭を掴んでかき回した。


「あまえは阿呆の子ですかー」

「ちょっ、イタイイタイイタイですってばっ」

「午後の訓練は障害飛びで早さを競うからなー。負けたら今夜の飲み屋代だ」

 げらげら笑うベイゼルに圧し掛かられつつ馬を引くルディエラは唇を尖らせた。

「ぼく飲めないのにっ」

「ケツになんなきゃいーでしょうが」

「そうですけどねっ」

 皆卑怯なんですよ。

すぐに陥れようと邪魔するしっ!

などと言うルディエラこそが一番卑怯くさい手を使うことは、すでに隊の中では有名だ。他人の足を引っ張る見習い隊員ルディ・アイギル。


「阿呆め。今回は第二隊のやつらをカモるのに決まってるでしょうが。

クロさんは堅実に貯めこむタイプだからな。こういう時に使ってやらないと、金が腐るでしょ」

悪い笑みを浮かべてちらりとクロレルへと視線を走らせるベイゼルに、ルディエラはにっこりと微笑んだ。


「クロレル副長っ。ベイゼル副長が悪いことたくらんでますっ」

「っこらっ、このガキっ」

「大丈夫だよ、アイギル。ベイの性格は知ってる」


その一件穏やかな光景を馬上から見下ろし、ふっとフィルド・バネットは馬首を逸らした。


――きりきりと痛むのは、胸か、胃なのか。


考えたくない。


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