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王道で行こう!  作者: たまさ。
除隊命令
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その2

勢いよく放り込まれたフィブリスタ殿下の執務室にて、ルディエラは前のめりに倒れこみ、鼻をしたたかに打ちつけたと思った途端、即刻控えていた第一騎士団の隊員二人にがしりと逆手を取られて押さえ込まれてしまった。


「何者だっ」


 誰何(すいか)される鋭い声に混じり、低く冷静そうな言葉が「何事か」と重ね――二人の騎士団員に逆手を取られて押さえ込まれたルディエラの姿に、息を飲み込んだ。


「……エーラ」


 つぶやいた途端に、その部屋の主であるフィブリスタはがたりと音をさせて席を立ち、慌てた様子で命じた。

「離せっ、なにをしているっ」

 言われた騎士隊員としても、主の言葉であれば逆らうつもりは無いが――突如、無遠慮に入り込んだ子ねずみを放置していいものか迷いが掠めた。

 フィブリスタは大股で未だ床に座ったままの状態のルディエラの前に立つと、ぎこちない笑みを浮かべてその手を差し出した。


「痛くはないか?」

「……はい、あの……」

 ルディエラは押さえ込まれた瞬間こそ底知れぬ程の恐怖抱いたものだが、自由を得た今、差し出される手に困惑しつつ、懸命に自分のすべき行動を脳裏に求めた。

 ここでヘマをすれば、自らの首はおろか第三王子殿下キリシュエータ及び家族にまで累を及ぼす大事件だ。

 どくどくと爆ぜる心臓をなだめ、ルディエラは慌ててその場で頭を下げ、利き腕である右手の平を軽く握って心臓の上へと押し当てた。

 ちょっとばかり鼻が赤いのはご愛嬌だ。


「突然の非礼をどうぞごかんにょくださりたくっ」

気張って早口に言った言葉に失敗した。


「……ごかんにょ」

 フィブリスタは小さくつぶやき、ルディエラはかぁっと体温があがる羞恥に身もだえした。

 なんでもっとスマートにできないかな、ぼくっ。

急激な体温の上昇に慌てて更に混乱が広がってしまう。

「あのっ、えっと、ご、ごかん――」

 恥ずかしさからろれつが回らず、何度も口の中で言葉を転がす。

控えている第一隊の純白の隊服を着用した騎士達さえ、なんだかイタタマレナイ気持ちになり、思わず視線を逸らしてしまった程だ。


「ごかっ」

「いや、いい。言いたいことは判った。そこまで緊張せずとも良い。

そうか、キーシュが面会というのは、そなたが理由か」

 フィブリスタは苦笑をこぼし、気安い様子で未だひざまずいたままであったルディエラの二の腕を掴むようにして、控えている二人の第一騎士団の護衛へと声を向けた。

「おまえ達は外にて控えよ――外にキリシュエータがいると思うが、あれもさがらせていい」

 主の命令に二人の騎士団員が下がると、ルディエラは相手の腕を振り払うこともできずに、どうすべきか内心で混乱をきたしていた。

 掴んだまま、フィブリスタは近くの長椅子へとルディエラを導いた。


「かけるといい」

「……あの、あ、失礼します」

「そう緊張せずともいい。私は――」

 言いかけた言葉を飲み込み、フィブリスタはふっと懐かしむように瞳を細め、そして苦笑した。


「それが本来のそなたの髪色か」

「はい?」

「――そなたは、色素の薄い金髪になるものと思っていた。

そうか、やはり違うのだな」


 言われる言葉の意味が判らずに眉を潜めるルディエラから離れ、フィブリスタは部屋に置かれている棚からグラスとデカンタに入れられた淡い黄色の飲み物を取り出した。

「あの、失礼は承知でお尋ねいたします」

 ルディエラは緊張で声を上ずらせながらも、相手が噛み付いたりはしないと確認しつつ言葉を捜した。

「ぼくは――あ、私は騎士団第三隊に所属しております、騎士見習いのルディ・アイギルと申します」

 まず名乗り上げ、ルディエラは自分の手を握りながらゆっくりと告げた。

「私は、殿下に何か無礼を働きましたでしょうか」

 言われた言葉に、グラスに液体を注いでいたフィブリスタは虚をつかれたかのように動きをとめ、しげしげとルディエラを眺めやる。


「無礼? そんな覚えは無いが」

「ではっ、ではどうしてぼくは騎士団を除隊するように命じられたのでしょうかっ」

 必死で声を張り上げたら、鼻を貫くような痛みを伴った。

こんな場面で泣くなど論外だ。必死に自分自身の手をぎゅっと掴むようにして耐えながら、ルディエラは自分の身がわずかに震えているのを感じていた。


「――そなたは、女の子ではないか」


 さも当然というようにフィブリスタは言い、グラスについだ液体――果実水をルディエラの前のテーブルにことりと置いた。

 エーラという名がその口からこぼれたときから、面前の相手が自分の素性を知っているのだということは理解できた。

 だが、まさか今回の除隊命令の理由が――自分の性別だとは。

ルディエラは悔しさに奥歯がぎしりと音をさせるのを聞いた。


「騎士団など男のすること。そんな場にいてはいけない」

「そんなっ。それが……理由なのですかっ?」

「他にどんな理由が? ルディエーラ――怪我をしてからでは遅い。そなた程の年齢であれば、家で刺繍や楽に励み、程よき頃によき相手に嫁ぐものだ。騎士団などで荒くれた男達の中にいて良い訳があるまい」

 それが当然なのだという言葉に、ルディエラは更にきつく自分の手に力を込めた。


「ぼくは、騎士団にいたいのです。怪我をしても、つらくたっていい。それでも、騎士団にいたいんです。どうか、除隊命令を取り消してはいただけませんか?」

 言い募る言葉に、フィブリスタはキリシュエータと良く似た眼差しに困惑を込めて、ゆっくりと首を振った。

「何故、騎士団に」

「ぼくは、父様――騎士団顧問のエリックのような立派な騎士になるのが夢なんですっ」

 瞳をきらきらと輝かせて言う言葉に、フィブリスタはじっとルディエラを見つめ、しばらく後に小さな笑みを落とした。


「エリックは――騎士ではないが」


 その言葉に、ルディエラは瞳を瞬いて間抜けに「はい?」と問い返してしまった。

「あれはもともと傭兵で、父王が騎士として任命しようとしたが当人が断った。だから未だに正式な騎士では……いや、いやっ、泣くなっ。すまない。忘れてくれ。私はおまえに泣かれると弱い」

 フィブリスタの淡々とした説明を耳にいれながら、ルディエラは根本的なところで自分が思い切り思い間違いをしていたことに気づかされ、青くなり、赤くなり、ついでその瞳を潤ませた。


――父様みたいな騎士になる!

回答、父様は騎士ではありませんでした。

……って、どうして誰も今まで言ってくれなかったのっ。


 テーブルを挟んで反対側に座っていたフィブリスタだが、泣きそうな顔をしたルディエラに慌て、わたわたと席をたつとルディエラの傍らに身を寄せた。


「そうだ。そなたははじめて会った時も盛大に泣いて私を困らせたのだ」

 フィブリスタは言いながらハンカチを取り出し、ルディエラの眦に浮かんだ涙にそっと押し当て、苦笑した。

「――あの、殿下はぼくをご存知なのですか?」

 上目遣いに見上げてくるルディエラへと、柔らかな眼差しを向けてフィブリスタは小さくうなずいて示した。

「そなたは私の――」

すっと落ちそうになった言葉を押し留めた、一旦瞳を伏せてフィブリスタは口を開いた。


「そなたは私の妹と乳姉妹として産まれたのだ。幾人かの乳母候補がいたが、その中で一番私の末の妹に近く産まれたものとして――妹と共に過ごすことになる筈であった」

「妹……姫様?」

 突然言われた言葉に驚き、ルディエラが思わず奇妙な声を上げると、フィブリスタはそっとルディエラの短い髪をかきあげた。

「産まれてすぐに失われた姫だ。死産だった――母親もろともに失われてしまい、この国では忌み事としてそれに触れるものはいない。だからそなたが知らぬのも道理だろう」

 その時の記録はただ短く文献に記されているのみ。


――生れ落ちたのは姫君であった。生母諸共に命を失った。


「私にとって、妹よりもずっと妹なのだ、そなたは」

フィブリスタは愛情を込めた眼差しで告げ、緊張に身を硬くしているルディエラの肩に触れて問いかけた。

「あの時のように抱いてよいか?」

「え、あの」

「おかしな意味ではない。ただ、抱きしめてみたいだけなのだ」

 フィブリスタは言うや、ルディエラを引き寄せてその膝の上に抱え込んだ。

やるほうはよくても、やられるほうはたまったものではない。

何といっても相手は王位継承権一位皇太子――たとえ相手が「妹」といってくれたとしても、はいそうですかと納得できよう筈が無い。

 頭の中で「うひゃーっ」と悲鳴をあげるルディエラを、フィブリスタはぎゅっと抱きしめて目を閉ざした。


――あなた様には関係の無い娘。

頭では理解している。

そう、そうだ……


『陛下の子ではありません。殿下、あなた様のお子ですわ』

妖艶な女の唇が紡ぐ毒のような囁きを。

『違うっ、違うわ! 私の産む子が役立たずな女である筈がないっ。わたくしの子こそが未来の王位を担うのよっ』

 血なまぐさい記憶、悲鳴、怒号。

一人の赤子が殺され、一人の女が死んだ。忌まわしきあの記憶。

『――おいたわしいことに存じます』

 忘れよと、命ぜられた全て。


「――」

 思いのほか強く抱きすくめられ、ルディエラが苦しさに身じろぎすると、フィブリスタは慌ててその腕を緩めた。

「すまない。痛かったか?」

「あ、いえ。大丈夫です」

 ルディエラは家族以外の相手の膝に乗せられ抱き上げられることに顔を赤らめ、もそもそと身じろぎした。

 途端、ルディエラの緊張した体が、爆ぜた。


「っくっ」

「――」

「ひゃっ」

 

必死に押し留めるも、競りあがってくるしゃっくりは留めることはかなわない。

突然の横隔膜の痙攣に慌てるルディエラと、膝の上で跳ねるその様子にフィブリスタは破顔した。


「そなたは、赤子の時にも私が抱いている時にしゃっくりをした」

「そ、そぅなんっ、くぅっ、ですか?」

 危うく舌を噛みそうになりつつ、その膝からそろそろと降りようとしたルディエラをもう一度ぎゅっと抱き、とんとんっとその背を叩いた。


――それはげっぷの方法では。

ルディエラはなんだか自分が赤ん坊扱いされていることに泣きそうになった。


「慌てた私は乳母――そなたの母に言うたのだ。これは驚かしてよいのか? と」

 赤ん坊相手に驚かしてどうするのか。

「そなたの母は慌てて私からそなたを取り上げたものだ」

フィブリスタはテーブルの上のグラスを手にとり、ルディエラの体を一旦引き離すと、その口にグラスを差し向けた。

「一息ではなく、ゆっくりと飲むといい」


 その方法は確かに昔母親が教えてくれたものだ。

ちなみに、次兄は水を飲ませ、次に豆を一気飲みさせる。長兄が「豆は気管支に入れば危険だ」と次兄を蹴り飛ばしたことまで思い出した。


「――ルティフィリエラル」

 ふいにフィブリスタがつぶやいた言葉に、ルディエラはこくりと口の中の水を嚥下して瞳を瞬いた。

「はじめはそう名づけたのだが、呼びづらいと不評をかった」

「……それって」


「私はそなたの名づけ親だ。ルディエーラ」


***


『ご報告申し上げます』

 夜の闇を引き裂くように王宮に伝令が散った。

寝入ろうとしていたフィブリスタがガウンを脱ごうとしていたところに駆け込んだ騎士団員の一人が控えて口にしたのは、


『カーロッタ婦人がご乱心――乳母ミセリアの赤子にお手を掛けました』


――死んだ赤子は、男の子だった。



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