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王道で行こう!  作者: たまさ。
脱出作戦
44/101

その3

 くらりと頭に靄がかかるような感覚、ふっと気を抜くとそのまま後ろ向きに倒れてしまいそうな気だるさに、ルディエラはカっと目を見開いてふらつきそうな下半身に力を込め、無理やり体制を整えなおし、がしりと片手で浴槽の淵を掴んだ。


「ふ、ふははは?」


 ぐらりとかしいだ体をあわてて支えようと伸ばされた手を避けるように、横にずれる。


不自然に合わさるルディエラとフィルドの視線。

見つめあいながら、ルディエラの口から奇妙な――というべきか、奇怪というべきか、危うい声が漏れ出ていた。


「大丈夫、なのか?」


引きつるフィルドに片手を突きつけ「なにがですかぁ?」と言うルディエラは一見して大丈夫ではない。

 おかしな緊張をはらむ浴室。

ざばりと頭を洗っていたクロレルが犬のようにぶるぶると頭をふり、何故か浴槽の隅で奇妙な対峙をしているフィルドとルディエラに首をかしげたが、もちろんルディエラはそれどころではない。


 頭がくらくらする。

確実に湯中りしている自信がある。

靴底の金貨を賭けて間違いなく倍化できるくらいの自信だ。セイムがいたら「賭けよう」と持ち掛けてやっていたことだろう。

「絶対にイヤだ」とセイムは逃げるだろうけれど。それくらい間違いなく湯中りしている。


だが、だからといって「お先に」と湯から出て行ける状態ではない。

このままこの場にいるのは大変危険だ。

 風呂場でぶったおれてフィルドやクロレル相手に「実は女の子でしたー」とばれるのはシャレにならない。


風呂場で、全裸で!


駄目だ。

もう何が駄目なのか理解できないくらい駄目だ。


「ふ、ふははははははは」


 なんで笑えてくるのか理解不能。

フィルドは奇妙な生き物を見る眼差しで「おい?」と手を伸ばしてくる。更にそれを避けて、何か言うべき言葉を捜しているというのに――扉は三度、開かれた。


「うぃーす」


 浴室と脱衣所をつなぐ扉を開き、その枠に寄りかかるようにしたベイゼルが暢気な調子で「うちのいね?」と声をかけてくる。


その時のルディエラの絶望感は次元を突き抜けた。

浴槽にはフィルド。洗い場にはクロレル――出入り口にベイゼル。

前面に虎、後門に狼、中間地点にコモドドラゴン並みの脅威だ。


もう、終わりだ。

もうぼくは色々と詰んだ。

ここでぼくの性別はばれて――ばれて、ばれたらどうなるのさ?


騎士団は女子禁制だが、そもそもルディエラを騎士団に放り込んだのはトウモロコシの髭、もとい第三王子殿下キリシュエータだ。

文句があるのであれば髭に言え!

何故か気が大きくなっているルディエラだが、思考回路がすでに「女の子」として間違っている。

 全裸の自分の体を他人に見られるかもしれないという羞恥心以前のところで混乱しているのだ。


そう、周り全てが、敵だ。


***


 脱衣所にはいくつか棚が作られ、その棚が三つ埋まっている。

人間性が良く判る感じで。

一番ぐちゃりとしているのは、間違いなく(くだん)の問題児、ルディエラだろう。あの小娘は家人に甘やかされていたのか、自分の身の回りのことに無頓着すぎる。

 実際、同じ部屋で生活しているベイゼルは、決して見てはいけないものを幾度か目撃してしまったことがある。

 何を、と問われると口を噤んでしまうが、いわゆる――女性用の下着の類だ。

普段から男装に慣れているルディエラだが、女性としての自分を捨ててはいないようで腰巻は女性用だった。

 否、よくある女性用ズロースとは違うのだが。

確かに簡素といえば簡素なのだが、丁寧に刺繍やらレースが付け加えられているものは決して男性用下着ではない。何より、男性は腰巻など付けない。

 何の為に男性用のシャツが長いかといえば、そこは推して知るべし。


――つまり、何が言いたいかといえば、男臭い騎士団の官舎、寮で女性用下着を持ち込む者はいないということだ。

ある種の趣味の持ち主でなければ。


 そんな抜け作の世話をよく今までやってこられたと自分を褒め称えつつ、ほんの少しばかりこの先第二隊に移動になった場合どうするんだと心配になってしまう。


 移動して第二隊に移って目の前から消えたとしても、なんとなく自分の心労が減る気がしないのは何故であろうか。


 嘆息しつつ、ちらりとベイゼルは他の棚を見た。

ルディエラの隊服とは別に、二人分の衣装。

大浴場の中には二人の男とルディエラがいるということになる。

もし、今現在ルディエラの性別がばれて、なおかつ女性としての危機であるのであれば、

「ま、あんな阿呆な悲鳴の訳ねぇやな」


 それでももし万が一の場合に備え、ベイゼルは自分の腰の細剣をたんたんっと叩いた。

  しかし、意を決してベイゼルが浴室と脱衣所とをつなぐ扉を開き、呑気な調子で「うちのいね?」と声を掛けたものだが――幸い、風呂場にいた男二人は、ベイゼルにとって何とかなりそうな二人でしかなかった。


***


 突如として現れたベイゼルの存在は、ルディエラの脱出作戦を更に困難なものへと塗り替えた。

 浴場に顔を出したといっても、ベイゼルは未だ隊服を着用しているし、その腰には細剣まで吊るしたままの状態だ。

  何より、どうやらルディエラを探していたという様子が、更にルディエラを窮地に叩き落していた。


 もしここで「さっさと出て来い」と言われた場合、どうしたら良いのだろうか。

  ざばりと立ち上がってベイゼルの居る脱衣所へと抜ける扉に行くなど言語道断だ。隠しようがない。

 そもそも、この場合はいったいどちらを隠すのが正解なのだろう。

 胸か?

それとも下半身か?


 胸なんざ胸筋で押し通せるか?

だとすれば下腹部をなんとか両手で隠して……って、えっと、男性のあそこの部分って手で隠せるものなの?

 そう思った途端、本日ばっちりと目撃してしまったクロレル副隊長の問題の場所を瞬時に思い出し、ルディエラは危うく「ぶはーっ」と噴出してしまいそうになった。


 むりむりむーりぃ。 

いやいや絶対に、無理でしょ。

 手でなんて隠せないよっ。

あ、でもぼくってば子供だから隠せるくらい小さいってことでどうだろう。


 ここまで一心不乱に男性の下半身について考えたことはルディエラの人生において、ない。


 おそらくこの時の彼女の思考を敬愛するティナン兄が知ることがあれば、ハンカチを握り締めてむせび泣いたに違いない。

 愛しい妹が男の下半身について熟考するなど、ティナンの辞書には存在しないのだ。たとえその熟考が性的な意味合いを完全に含んでいないとしても、恐ろしく噴飯ものであったことだろう。


「おぅ、やっぱここにいたかーって、クロさんにフォードじゃないか。お疲れさん」

 へらへらと手を振って言うベイゼルに、クロレルは苦笑し、フィルドは顔をしかめた。

「クロさんは呑んでる時だけにして欲しいな」

「エージ副長、何度も言いましたけど私の名前はフィルドです」

 冷ややかにフィルドが訂正をいれている間に、ルディエラはつつつっと浴槽の中を移動して入り口から見て一番手前の角に場所を変え、がしりと浴槽の淵にすがるように張り付いた。


「副長もこれからお風呂ですか?」

 できるかぎり自然に言ったつもりだが、どこか頭がふわふわとしている。

 ベイゼルはそんなルディエラをちらりと見ると、入り口付近に積まれている空の桶を一つひょいと掴み、湯ではなく水がためられている水がめから水を一掬いし、桶を満たしながら肩をすくめた。


「ああ、そのつもりなんだけどよぉ。俺ってばシャイなもんだから誰が入ってるか確認しに来てみた訳だ」

 げらげらと言いながら、ベイゼルはそのまま近づき、ニッと口元を歪めた。

途端、ざばりとルディエラの頭の上から冷たい水を勢いよく落とし込み、それをまともに食らったルディエラはまたしても「うわぁぁぁぁ」と無常な声をあげた。


 突然のベイゼルの行動に、クロレルもフィルドも呆気にとられてベイゼルを見つめた。

「なっ、何するんですかっ」

「おまえね。見習いは風呂は最期って決まってるでしょ。俺がいいって言う前に風呂に入るなっつうの」


 冷たい水で火照った体が瞬時に覚めた。

ルディエラはぶるぶると頭を振りながら水気を飛ばしつつ、ぼんやりとしていた頭の覚醒にほっと胸をなでおろした。

 ベイゼルからの叱責だとは理解していても、水をかけられたこと自体は素直に嬉しい。

「ベイゼル、いくらなんでもそれは無いだろう。彼が悪いんじゃない――私達が遅い時間に来たのが悪いんだ」

 クロレルがルディエラを庇って近づくのを、ベイゼルはがしりとその肩に腕を回した。


「あまーい。クロレル。おまえなぁ、こいつを甘やかすんじゃないよ。こいつは甘やかすと図に乗るタイプなんだ。甘やかすと成長がとまる」

「だからって、いきなり冷水を浴びせるようなことをする必要は無いでしょう」

「おや、フォードってばやけにうちのチビを庇うね? 仲悪かった癖にぃ」

「フィルドです」


 ぎゃはははと言うベイゼルにフィルドは忌々しそうな口調で応える。


 三人が何故か円陣を組むかのよう立ち話を繰り広げるのを浴槽の中から見上げつつ、ルディエラはそろりそろりと移動した。


 心臓がばくばくと鼓動を早める。

一度水をかけられた為か、何故か今度は体の表面がやけに熱をもっているかのように感じられる。

 ばくばくとする心臓、胸元に手を当ててルディエラは瞬時に自分の場所と浴室の扉との距離を測った。


 今であればクロレルとフィルドの意識は完全にベイゼルへと向いている。そしてベイゼルはクロレルを引っつかみ、背を向けている。

 いける!

いけるぞルディエラっ。

 今ならばきっと彼らに裸を見られることなくこの場から逃げられる。

完璧だっ。


 今度こそ完璧な脱出計画を遂行できる。


 ルディエラは浴槽の淵を思い切り引っつかみ、一気に彼らに背中を向けたまま立ち上がった。

 ざばりと湯音が響いたがかまうものか。

ここで大事なのは何よりも早さだ。後ろを振り返ってはいけない。

 走れ。今だ。負けるなぼくらのルディエーラ!

またしても頭の中で奇怪な歌を歌いながら自分を鼓舞したルディエラだったが、その努力もむなしく、三歩程歩んだところで――思いっきり前のめりに倒れこみ、果てた。


「アイギル!」


 驚いたフィルドとクロレルが声を上げた途端、ベイゼルは一瞬天井を見上げてしまいそうな自分を押し留め、わざとらしい演技力でもって掴んでいたクロレルを思い切りフィルドへとぶつけ「アイギルどうしたっ」と言いながら、クロレルに張り付いていた為に濡れてしまっていた上着をルディエラの裸体の上へと乱暴に投げつけた。


「おまえなぁっ、歩けなくなるってなんなのよ。あああ、メンドウくせぇなっ」


 最期に怒鳴った言葉はベイゼルの本心だった。


***


「まぁ、兄さんがルディエラが兄妹か疑う気持ちも判る」

 久しぶりに会った弟とは、やはりどこか会話が成立しないと残念な気持ちを抱きつつ帰宅しようとしたティナンに、ルークはいつものように淡々とした口調で言った。


「あの子が産まれた時、誰も一緒にいなかったから」

 さらりと言われたが、それはまさに事実だった。

ティナンは八つ――その当時すでに第三王子殿下キリシュエータの遊び相手として王宮に出入りしていたティナンは、ルディエラとはじめて顔を会わせたのはルディエラが生後三ヶ月を迎えようという頃合いであった。


 その時すでにルディエラは母親ではなく長兄クインザムの腕にあった。

敬愛する兄の手に赤ん坊という取り合わせは、ティナンにとって歓迎すべきものではなかった。

 ティナンは当初ルディエラに対して少しも興味が無かった程だ。


「私は当時は王宮に居たから」

「――でも、ルディも王宮にいたはずだ」

 ふと眉を潜めたルークの言葉に、ティナンは首をかしげた。

「王宮?」

「あの子が産まれたのは王宮のはずだよ。母さんは陛下の四番目のお子様の為の乳母候補だったから。早いうちから王宮にあがって出産じたいも王宮で行われた筈だ。まぁ、実際は四番目のお子様も御生母様も出産時(・・・)にご逝去された訳だけれど」


 淡々と言われる言葉をじっくりと味わうかのように喉の奥で転がし――ティナンは引きつった表情でルークを見返した。

「……それはつまり」

「つまり?」


 ティナンはがっくりと肩を落とした。


「ルディの出産に立ち会ったのはネティじゃないじゃないか」

あんの、ボケ産婆っ!

 ティナンの激しい落ち込みの前で、ルークは「いや、そもそもネティが産婆として働いていたのはティナン兄さん辺りまででしょう。いったいあの人幾つだと?  ひ孫もいるというのに」至極常識的な物言いで冷たく兄を見つめていた。






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