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王道で行こう!  作者: たまさ。
脱出作戦
43/101

その2

――あの光景は、ある意味凄絶。

フィルド・バネットは所々痛みを訴える腕を軽く揉み解しながら、慣れない渡り廊下を歩いていた。


 午前中に他国へと遊説に行く第二隊の三分の二の面子と第二王子殿下リルシェイラを見送り、その後は第三隊の訓練に参加した。

 初日ということもあり、全員の顔を覚えられるようにと第三隊と第二隊の三分の一の人間全てでの訓練は、隊長副隊長も交えての打ち込みとなった。


 使用されている剣は訓練用の刃をつぶし模造剣だ。そんなものでも、突けば刺さるし、かすれれば切れることもある。

 それにしても、第三隊のティナン隊長の鬼畜っぷりが今も目に焼きついている。

突きつける切っ先、ふっと一度止めてこちらの安堵を誘った途端に容赦なく振り切られる模造剣。

 何度も言うが、刃がつぶされているといってもそこまでする人間は少ない。まるで憎まれているのかと疑う程の鋭さ。

 思い出してぶるりと身を震わせ、そしてフィルドは顔をしかめた。


――血が、滲んでいた。


 ティナンの操る模造剣がルディ・アイギルの腕をかすり、その先端が隊服の袖を引っ掛けた。その反動で生身の腕を傷つけたのだろう。

 二の腕の辺りに血が滲み、明るいオレンジ色の小生意気な子供は歯を食いしばり、それでも相手に立ち向かうかのように自らの剣先でティナンの剣を跳ね上げようと動いた。

しかし、ティナンはそれを自らの剣で逆に弾き、あろうことかあのチビ助の腹を蹴りあげ、血が滲む腕をつかみ上げたのだ。


「愚か者、この程度よけずにどうする! 貴様は幾度死ぬ気だっ」


 轟く罵声に身をすくめたのは一人や二人ではない。

噂には聞いていたが、これは確かに――虐めと謗られてもおかしくはない光景だろう。第二隊の副隊長であるクロレルが、小さく舌打ちするのをフィルドははじめて聞いた。


 ティナン隊長は特別待遇で途中入隊したルディ・アイギルに厳しすぎる。

本来であれば――たとえそういった話を元に虐めがあったとしても、隊員同士のことだろう。悪しき慣習ともいえるが、叩き潰そうにも人間の悪感情など叩き潰せるものではない。だが、ティナンの所業が原因か、幸いルディ・アイギルは個人的な悪意を向けられてはいないという。


――ただただ、第三隊隊長ティナンに激しい訓練という名の悪感情を向けられているのだ。


 丁度切られた箇所をつかみ上げたティナンの白手が滲むように朱に染まる。

そのぬれた手を、ティナンは冷たい眼差しで自らの顔へと向け、ぺろりとその舌先で舐め上げた。

 その姿に、ぞくりとしたものがフィルドの背筋を駆け抜けた。


寒気のような、嫌悪のような――怒りのような、奇妙な感情が腹の中でざわざわとわきあがる。


――まさかその後で自分もティナンに叩きのめされるとは思っていなかった。

もしかしてあの隊長は誰に対しても同じなのかと思ったが、

「違うな……」


 明らかに厳しい訓練をさせられたのはルディ・アイギルとフィルドの二人だけだった。

「何か恨みでも買ったか?」


 嘆息を落としながらフィルドは慣れない第三隊の浴場の扉を開いた。

普段は第二隊の隊舎に作られている大浴場を使用しているが、たかが十名足らずの第二隊の人員の為にそこを使うのはもったいないと――第二隊のもったいないお化けクロレルが提案したのだ。

 本日の打ち身が原因で風呂時間が遅れたが、クロレルのことだからきっとまだ入浴中だろうとふんだ通り、親愛なるクロレル副長殿は湯船にどっぷりと浸かっていた。


――ルディ・アイギルと共に。


 顎下まで湯船につかりつつ、ルディ・アイギルことルディエラは目線をぐっと下げた。

男という生き物はどうして堂々と浴室に入ってくるんだ。隠すとこはちゃんと隠せ。羞恥心が無いのか。それともまったく別問題なのか。

 ルディエラは頭の中で呪いの言葉を羅列しつつ、湯船の淵をしっかりとつかんだままの自分のふやけた手を見ていることしかできない。

 視線を上げると、フィルド・バネットの引きつった顔が入る前にその裸身に目が行ってしまいそうだ。


筋肉だけならいくらでも見たい。盛り上がってつやつやとした麗しい筋肉達であればいくらでも。

だが、パンツはぜひとも穿いておいて欲しい。


「アイギルっ」


 フィルドがぎょっとしたように声をあげ、ルディエラは視線を落としたまま不機嫌に「どうも」と返答した。

 ここで不機嫌さを出すことは得策ではないが、もうなんだか自棄になっていく自分がいる。


 せめて浴室にタオルでも持ち込めば良かったと今更ながら後悔してしまうが、もともとそんな習慣は無いし、何より普段であればルディエラは一人で悠々自適な入浴時間をすごしていたのだ。


――それもその筈。

 ルディエラがのんびりと浴室でほうけている間、いつもであればベイゼルが脱衣所で一人番人よろしくカード占いなどして時間を潰していた。

 だが生憎と、本日は第二隊の面子も第三隊の大浴場を利用した為に、時間にズレが生じてしまっていたのだ。

 ベイゼルの親切心など欠片程も気づいていない脳内筋肉ルディエラはベイゼルの存在など完全無視で風呂場に来ていた。


「何してるんだお前っ」

 思わず風呂場でルディエラに遭遇してしまったフィルドがギョッとして声を荒げると、湯船の奥、窓際で座っていたクロレルが嗜めるように口を開いた。

「フィード、ここは第三隊の浴場だ。アイギルがいたっておかしくはないだろう」

 言われるまでもなくその通りだが、ルディエラに対して色々な感情を持っているフィルドは顔をしかめ「肩まで浸かりなさい」と窘められた子供のように、どっぷりと湯に沈んでいる明るい髪を見た。


 すでに洗われたと思わしきオレンジ色のような髪は艶々と塗れてぺったりと張り付いている。

 その髪は絶対に石鹸だけではなく仕上げに卵の黄身を使っているだろう。最近貴婦人ばかりでなく、軟弱な男も使っていると聞くが、嘆かわしい。

湯に触れた髪の先端がふわふわと湯の中に泳ぎ、何故かうつむき加減の糞ガキは湯中りでもしているのかと馬鹿にしてやりたくなる程頬が赤い。


「……おまえ、どれくらい入っているんだ?」

 思わずフィルドは眉間に皺を刻み、自分も湯船に足を踏み入れながら言いつつ――つっと上げられた透明な眼差しに、狼狽した。

「ぼく長風呂なんですっ」

 言った途端に、ルディエラは視線をまたしても落とす。

危うく相手の裸を凝視しそうになってしまっての行動だったが、フィルドは一瞬あげられた濡れたような瞳と、赤い頬に――どくんっと心臓が爆ぜるのを感じ、あわてて湯の中に体を沈めた。


――なにを考えてるのだ私は!


このところアレは男だと呪文を唱えている自覚のあるフィルドは、思い切り近くの壁に頭をがんがんと打ち付けて、自らの思考を全て粉砕してしまいたい衝動にかられていた。

――違う、絶対に違う。自分は女が好きだ。

 たとえ、この糞ガキの女装が似合っていたとしても。その唇が柔らかかったとしても!

何があろうと男など御免こうむる。


――私は変態じゃないっ。


「アイギル、私より先に入っていただろう? 本当に大丈夫か?」

 クロレルが苦笑交じりに言いながら体を洗う為に湯船を出ると、ルディエラはまた違う方向に視線を向けつつ「はいっ。ぼくいつも半刻くらいお風呂入ってるんですっ」と言い切った。

 なんとなく居心地の悪いフィルドは、先ほどクロレルがいた場所に移動し、壁に背中を預けるとルディエラの頭をじっと見つめた。


 クロレルがしきりに話しかけている言葉に応える為か、沈んでいた肩が浮き上がり、その体に髪がぺったりとまとわりつく。少し長い髪は首の下辺りまであり、最近はうっとうしいというように良くかきあげているのを目撃していた。

 その髪をベイゼル・エージ副長ががしがしとかき回しているのも良く見る光景だ。

――それを見ると、なんとなく……そう、なんとなく、イラダツような気がしてしまう。


 今日も、怪我をした糞ガキの腕をティナン隊長が突き放した後、ベイゼルはさっさと反対側の腕を引き上げてルディ・アイギルを医務室へと引き立てていった。口は悪いが面倒見の良いベイゼルに、糞ガキはなついているようだ。


 湯からこんもりと出た肩をよく見れば、痣が目立つ。

湯船の淵にのせられた二の腕には本日切れたであろう擦過傷、痣――おそらく、腹や背にも眉を潜めてしまいそうな痕跡が見られると思うと、フィルドの視線は自然と湯の下に続く背へと向けられていく。


 細い肩は未だ未発達な子供のソレだ。


確か、年齢は十五だとか聞いたが、まだぜんぜん子供じゃないか。

その子供相手に苛立ちを抱えている自分に顔をしかめ、フィルドはその華奢な背中にある痣に、ふっと手を滑らせた。


「痛そうだな、大丈夫か?」

 

ほんの少しの歩み寄りのつもりで掛けたものに、けれどルディエラは「うわぁぁぁぁっ」と悲鳴をあげ、まるで海老のような動きでずざざざざっと風呂桶の端へと逃げた。


「なっ、何するんですかっ!」


 ルディエラの立つ向こう側でクロレルがガシュガシュと頭を洗いながら「風呂場で騒ぐなよ」と笑いながら言っている。

「痛そうだから触っただけだ」

 あまりな反応にムッとして言えば、糞生意気な小僧は大きな瞳で睨みつけてくる。


「痛そうだから触るって、人が嫌がることをするのは駄目人間ですからねっ」

――って、それはお前だろう。

素で突っ込みを入れてしまいそうになったところで、フィルドは眉を潜めた。

 ルディ・アイギルの目が重そうにとろんとしているし、頬は赤い。

良く見れば肩なども真っ赤になっているではないか。


なんだか色っぽい……いや、そうじゃなくて。艶っぽい。

だから、そうじゃなくて!


「おまえ、本当に湯中りしてないか?」


――何故そんなに意地になって風呂に入ってるんだよ。

言おうとした途端、湯に浸かっている糞ガキの体がぐらりとかしいだ。


***


「アイギルしらね?」


 ベイゼルはがしがしと頭をかきつつ食堂で部下の一人に問いかけた。残務処理など大嫌いだが、ティナンの姿が無いために、仕方なく仕事をきっちりとこなしたまでは良かったが、気づけば問題児の姿が無い。


 風呂に行く時はいつもベイゼルの後だから安心していたのだが、そもそも今日は風呂の時間が大幅に変わってしまっていた。

 ベイゼルが「風呂行って来いよー」と言うまでもなく、

「ああ、風呂ですよ。さっき入るように伝えておきましたから」

と、親切なユージンが顔をあげると、ベイゼルは「ゲっ」と思わず呟いてしまった。


「ったく」

 第三隊の大浴場へと向かう渡り廊下を歩きながら、ベイゼルは自分の髪を両手でがしがしとかき混ぜながら「面倒なことになってねぇだろうなー」と半ば冗談で口にしていたのだが、脱衣所の扉に手を掛けるその時――


「うわぁぁぁぁっ」


 と聞こえるその声に、ベイゼルはがっくりと肩を落とした。

――色気のねぇ悲鳴。


「ってか、こっちがうわぁだよ」


面倒くせぇぇぇぇ。





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