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王道で行こう!  作者: たまさ。
王宮警護
40/101

その5

 ルディエラがナーナと遭遇していると、近くにいた衛兵が気づき「何かありましたか?」と声をかけて来た。

 どうやら一人にする妻を心配したクインザムが、しっかりと人を頼んだらしい。

ルディエラは自分の仕事を思い出し、ナーナをもう一度ぎゅっと抱きしめて「仕事中だからまたね」と声をかけた。


 クインザムと顔を合わせるのはちょっとばかりご遠慮したかった為だ。

先日クインザムに抱きついて子供のように大泣きしてしまったのも、かなり気恥ずかしいし、久しぶりのドレス姿もなんだかくすぐったい。

「ぼく騎士になる為にがんばるからね」

とクインザムに力強く宣言までしたのに、再会がまさかのドレス姿ではちょっと情けなさ過ぎる。


「えっと、夫婦喧嘩とか、何か困ったことがあったら相談してね?」

 先ほどのナーナの暴言がちらりと引っかかってしまった為に言葉を付け足すと、ナーナはルディエラの頬に唇を寄せて、いつもと同じようにくっきりとした大きな目をやわらかくした。


「大丈夫、クイン時々憎たらし、でも――嫌い、ない」


 褐色の肌を赤らめて言う兄嫁に、思わず自分の格好も忘れ「くそっ、かわいい」と暴言を吐いてしまいそうになったルディエラだった。

 ベイゼルが見たら、まさにいちころだろう。

ああ、でもナーナはどちらかといえば豊満ボディではないから、ベイゼルの範疇外かもしれない。


――やはり男性は胸が大きいほうがいいのだろうか。


思わず詰め物満載のあげく、セイムに「足りない」とまで言われた胸に視線を落とし、むむむっと眉間に皺を刻み付けてしまった。


いや、どちらかといえば胸より胸筋のほうがいいか。

平らでもいい。しっかりとした胸筋。

ああ、どうして本当にぼくってば男に産まれて来なかったかな。女を捨てていない筈のルディエラだが、あやうく女を捨ててしまいそうな断崖のがけっぷち。


「ルディエラ」

 阿呆な思考を頭の中で繰り広げていたルディエラは、危うく裏返ったような声音で「はぃぃぃ?」と声を張り上げそうになり、慌てて自分の手でがばりと口元を覆いつくした。


「遅かったね。バネットに苛めらなかったかい? 苛められたら言いなさい。どうにかしてあげるから」

 ティナンは心配そうに眉を潜めてルディエラに言うと、さっさとその二の腕をつかんで歩き出す。

「どうにかって……」

 具体的にはいったいどんなことを?

引きつったまま問いかけると、ティナンは一瞬だけ真顔になり、にこりと微笑んだ。

「どうにか」

「――えっと、フィルドさんとは最近仲良しです! 実は結構いい人かなーって」

 意味不明の「どうにか」に恐怖を覚え、慌ててフィルドの弁解をしてみたルディエラだったが、思い切りそれがマイナスになったことは言うまでもない。


「へーえ?」

 ベイゼルがこの場にいたら腹を抱えて笑いを堪えたであろうが、あいにくとベイゼルは中庭警備の為に不在のため、ルディエラはこの兄の「へーえ?」の意味を推し量ることは無かった。


「まぁ、バネットと言わず意地悪されたら言いなさい」

――兄様。


ルディエラは久しぶりの兄の優しさを気色悪いなどと思っていた事実を完全に忘れ去ることにした。

ただ単純にティナンの言葉に喜色を覚え、思わず兄の腕に抱きつくようにすがりついたのだ。

 もはやその虐めの筆頭が、その言葉を口にしている優しいはずの兄であることは念頭には無い。脳みその記憶中枢すらも筋肉に侵されているルディエラにとって、そんなことは瑣末ごとでしかないのだ。


「兄さま、大好きっ」


 やっぱり兄様は誰よりも優しくて、素晴らしい。

ぎゅっと抱きついた妹にバランスを崩されつつも、ティナンは自分の中でぷつりと何かが切れた音を聞いた。


――兄でも妹でもないかもしれない。


 それはティナンにとってものすごく大きな問題だ。

もし、ルディエラが血の繋がらない他人だったら自分はルディエラをどう思うのだろうか。妹だから愛しているのだろうか?

  

 妹……

 

 ふっと、意識が遠のいてしまいそうになってしまった。

「ルディ……」

「あっ、ごめんなさい!」

 兄さまと不用意に言ってしまった挙句抱きついてしまったことに、ルディエラは慌ててぱっとティナンから手を離し、わたわたと一歩退いた。


 面前のティナンは苦しそうに眉ねを顰め、唇を戦慄かせた。

「ぼくも大好きだけれど、でもぼく達はそういう一線を越えては駄目なんだ。判っておくれ。ぼくだっておまえのことは大好きだ。かわいくてかわいくて仕方ない。でも、それでも人間には決して侵してはならない大事なっ」


 何故かティナンが片手をぐっと握りこんで熱弁を奮いだし、ルディエラはその大きな瞳を見開いて瞬きを繰り返した。


「ああ、でも、でもっ。おまえの気持ちを考えるとぼくはどうしたら。あああ。神様はどうしてっ」

「あの、えっと……え?」

「ぼくだって辛いんだ。白黒はっきりとつけてしまったほうがいいのは判っている。けれど、真実は時として残酷だというだろう? もし二人の関係が無関係であった場合、ぼくはそれはそれできっとものすごく辛い。ぼくにとってはおまえはやっぱり可愛い――」

「やかましい」


 いつの間に壇上からおりてきたのか――いや、おそらく一段高い場所にいる彼にはこのティナンとルディエラの滑稽な漫才もどきが、それはそれは嫌でも見えたことだろう――第三王子殿下は思い切り自分の副官の頭を殴りつけ、自らの護衛として控えている純白の騎士服の二人組みに冷ややかに命じた。


「酔っ払いは隔離」

「ちょっ、殿下っ。ぼくお酒なんてっ」

 突如無遠慮に殴られた挙句に言われた暴言に、ティナンは痛む頭を押さえながら苦情を申し立てたが、キリシュエータは更に冷たく微笑した。

「いいや、お前は飲みすぎだ。もしくは病気だ。正気を取り戻すまで、リルシェイラの警護につけ」

 低く命じつけ、護衛に連れ出されるのをふんっと鼻息も荒く見送ると、キリシュエータは吃驚したまま固まっているルディエラを見返した。


「何をしてるんだお前は」

「……えっと、ぼく何かしたでしょうか?」

 突然の兄の熱弁がまったく判らない。

頭の中で兄の言葉を反芻してみようかと思ったが、脳内筋肉育成中のルディエラにはいまいちわかり辛い。

 


 かろうじて判るのは、ティナンもちゃんとルディエラを好きだと思ってくれていることくらいで――最近ではすっかり、ただ憎まれているのではないかと怯えていただけにそれは確かに嬉しい発見だ。


 しかし、白黒つけるって、いったいその言葉の主語はいったいどこだろう?

頭の中で言葉をひっくり返したりこねくり回しても結論は出てきそうにない。

 二人の関係がどうとか言っていたが、兄と妹の関係に何か問題があるものなのか?


「兄さま……違った、隊長、もしかして具合悪いとか?」

「――かなり悪い病気だが、おまえは気にするな」

「って、隊長病気っ?」

 慌ててティナンの後を追いかけていきそうなルディエラの手首を捕まえ、キリシュエータは嘆息した。


「いや、悪かった。ただ少しばかり無理がたたっているだけだ。本当に、微塵も、これっぽっちも気にするな。明日になればもう少し正気になる」

筈だ、という言葉はキリシュエータの口の中で濁された。


 最近の彼の副官は、少しばかり信用がならない。

ことこの妹に関しては。

 可愛がっていた妹に対して冷たい態度をとるうちに、どうやら思考回路が方向転換をしてしまったようで時々暴走するようだ。

 たいていキリシュエータと二人でいる場合のみ暴走していたので生暖かく見守っていたが、さすがに人前での暴走はいただけない。


 キリシュエータの説明に、納得のいかない表情を浮かべたルディエラだったが、それでもその言葉に曖昧にひとつうなずいておいた。

「それより、せっかくだ――」

 どこか疲れたような嘆息を落としたキリシュエータだが、気持ちを切り替えるかのように唇の端を持ち上げるようにして笑み、軽く白手に包まれた左手を差し出した。


「踊ってみるか?」


 するりと上向きに差し出された指先。

ルディエラが軽く混乱状態に陥っていると、慌しく立ち戻ったティナンと騎士達の姿にキリシュエータは片眉を跳ね上げた。


「まさか私にもう一度命令を言わせるつもりか」

 きつい声に、しかしティナンはすでに第三騎士団の隊長、もしくはキリシュエータの副官としての顔を取り戻し、一旦胸元に手を当てて一礼し「失礼します」とその耳に唇を寄せた。


「――……」

 小さく囁かれる言葉にどんどんとキリシュエータの瞳に冷ややかさが灯る。

やがて王子殿下という立場では決して歓迎されることのない舌打ちなどを落とし、鋭い眼差しでティナンに「行け」と命じつけ、ルディエラへも視線を転じた。


「戻って着替えろ。中庭のベイゼルの下につけ」


 その緊迫した言葉に何事か起こったのだと理解したルディエラも慌てて相手の言葉に従い着替えの為に廊下に飛び出した。廊下に出れば第二隊の人間もどこかあわただしい。

 ルディエラは、はじめてのまっとうな任務らしい任務に胸を高鳴らせた。


 いやいや、喜んでいる場合では無い。

国の――極内輪だけの催しといえども、そんな場で事件など威信に関わるというものだ。

 喜ぶなど騎士を目指す者のすることでは無い。

 それでも軽い興奮を覚え、内股にベルトでつけられた真新しい短剣を意識したその時。


 騎士隊の隊舎へと続く渡り廊下へと入ったところでルディエラは廊下の窓からふわりと逃れるものに遭遇した。

宵闇にゆれる金色は――髪、だろう。


 ドキドキと更に心音が高くなり、ルディエラは無造作にドレスの裾をたくしあげ、短剣を引き抜いた。


「不審者発見!」


***


――果たしてぼくはどうしてこんな場でこんなコトをしているんだろうか。

というか、どうしてこんなことになっているのかな。


 ルディエラは自分が殴ってしまった相手を前に途方にくれていた。

殴った、と言うのはちょっとばかり控えめな表現かもしれない。とっさに使いたくて使いたくてうずうずとしていた短剣――本日、キリシュエータから拝領したばかりの、太ももの辺りにベルトで固定していた銀剣の後ろ部分で、思い切りガツリとやってしまった相手。


 蜂蜜のような豊かな髪は細かいウェーブをつけて結い上げもせずに背中にゆれている。腰まである髪だが、あいにくと現在はしゃがんでいる為に地面に直接ついてしまっているのが、なんだかもったいない。

 そしてその衣装は、純白に銀糸で縫い取りのされた腰帯で抑えるワンピースのようなもので、肩からはたれ布がかけられている。

 宝石類は一切使われてはいないが、その衣装は超一級品。

何故なら、その相手は――


「リ、リルシェイラ様……大丈夫ですか?」


「――そう思う?」


 うずくまっている相手は変質者でも狼藉者でもなく――夜会を抜け出そうとしていた今夜の主役であった。



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