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王道で行こう!  作者: たまさ。
にんじんとトウモロコシの髭
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その3

「ティナン様、行ってしまいましたよ」

 マーティアが静かに言う。

ルディは一人寝台の上、身を丸めて唇をむっと引き締めて、泣きたい気持ちを堪えていた。

「だって、だって、仕方ないじゃないか!」

 行ったって、どうせ騎士にはなれない。挙句兄にも嫌われるのだ。そして大嫌いなあの莫迦王子、トウモロコシの髭は上官になる。いったいこの話しのどこに旨みなどあろうか?


 ない。


 行けば自分が不幸になるだけだ。

何より兄のことを思えば唇が戦慄き、歯がかちかち音をさせる。

あんなティナンを見たのははじめてだ。まるで憎まれているのでは無いかというくらい、怖かった。

「でも、ルディさま……騎士になるのはルディ様の夢だったではありませんか」

「そうだよ! でも、でもっ」

 くぅっと自分の体を抱きしめる。

兄のように華々しい騎士になるのは夢だ。そのために父の訓練も受けたし、兵法だって学んできた。そのすべては兄達や父のように働く為だ。

――本気だった。ずっとずっと、女性は騎士になれないと知った時、悔しさに泣き叫びもした。


 と、ぱしんっと頭を叩かれた。

慌てて顔をあげれば、セイムが静かな眼差しで見下ろしている。

マーティアと良く似た顔立ち、とび色の瞳を優しく細めて幼馴染の少年は愛情すら込めるように口にした。

「莫迦」

「……」

「いいじゃないか。三ヶ月、行ってくれば?

傷つけられて、ぼろぼろになって、軍人に嫌気をさして帰ってくれば?」

「あげく兄さまにも嫌われて?」

「それでも――やりたかったことだろ?」

 セイムの言葉に、体を起こす。

「ルディ様らしくないですよ。やらずに後悔するより、やって後悔するのがルディ様じゃないですか」

 マーティアが微笑む。

「三ヶ月して帰ってきたら、一杯愚痴を聞きますよ」

 にっこりと笑う姉弟に、ルディは両手を伸ばして二人同時に抱きしめた。

「ありがとう」

へへと笑うと、セイムも笑い、すっと手を出した。


「銅貨10枚、まいどあり」


***


「遅くなりました」

 一礼したティナンを見て、キリシュエータは片眉を跳ね上げた。

執務室で書類にサインをしていた為、眼鏡をかけた若き軍事将軍は羽ペンの先を揺らし口元に笑みを刻む。

「イヤ、思うより早い」

「さようですか」

「にんじんは?」

「ルディは来ません」

 さらりとティナンは言い、苦笑した。

「判っていたでしょうに」

「なんだ存外骨の無い」

「あの子はただ世間を知らぬ子供です。あまり苛めて下さいますな」

「おまえが過保護過ぎるんじゃないか」

 クっと喉を鳴らす主にティナンは笑う。

ルディも十六、この年の娘であればすでに婚姻し子供の一人いておかしくもない。ある意味、エリックもティナンも兄達も妹を甘やかしてきたのだ。やりたいということをやらせ、好きな格好を許し、箱庭の中でルディは自由だ。

 だが、それは小さな小さな箱庭の中でのこと。

――その箱から、確かにそろそろ出してやらなければならないのかもしれない。それは少し寂しいことだけれど。

 感傷にふと笑うティナンを遮るように、来客を告げる従卒の言葉。

ティナンは笑みを凍りつかせた。

「ほら、意外に骨がある」

 キリシュエータは羽ペンをペン立てに放り込み、執務用につけている眼鏡を外した。ちらりと自らの片腕である第三師団長を見ればその表情はこわばり、口の端を引きつらせている。

「良く来たな、にんじん」

「――参りました」

 静かに頭を垂れるルディに、キリシュエータはつまらなそうに肩をすくめ、

「言い返さないのか?」

 と揶揄したが、ルディは頭を垂れたまま「今日よりあなたが主なれば」と続ける。

「立派だ、と言いたいところだが―――おまえはまだ騎士では無いし、軍人でもない。ただの見習いだ。私に忠誠を誓わせた訳でもない。私はおまえを認めたわけではないのだから、主などという必要はないな」

「……はい」

「だから特別に、他の人間が居ない時ならばおまえの暴言くらい許してやろう」

 それがどういう意味なのか判らない。

だが、キリシュエータは実に楽しそうに執務用の椅子にふんぞり返る。

「ではとりあえず、第三師団長――」

「はい」

「これはおまえに一月任せる。部屋と制服を用意してやれ。

それと、何か言いたいことはあるか?」

 ティナンは静かに身を震わせ、怒りを堪えているように見えたが、やがてゆっくりと唇の隙間から息をついた。

 その視線が静かにルディを見る。

そうして告げた。

「ルディエーラ」

「はい」

「おまえは今日からその名前を捨てなさい。

女であることも、父の娘であることも、ぼくの妹であることも」

 静かな言葉にルディの瞳が驚愕に震える。

「決してそのことを口にしてはならない。

男として、騎士見習いとして、偽りの名をもって生きなさい」

「……はい」

 声が震えた。

「兄妹の情になど頼ろうとするな」

「そんなつもりはっ」

「口答えするな、莫迦者!」

 厳しい一喝に更に頭を下げる。ゆっくりとティナンは歩み、ルディの後ろへと回り込むと、ルディの一本の三つ編みに結わえられた髪を掴み、腰の剣を振るった。

 その鋭い剣先が、一括りにされた赤みの強い髪を一気に解き放ち、肩口で切られた髪がゆれ、頬を撫でた。

「明日までに整えなさい」

「……はい」

 驚愕に瞳を見開いたのはルディだけでは無い。正面からそれを見ていたキリシェエータも言葉を失った。

「外で待っていなさい」

 主の執務室から出るように促し、ティナンは自ら切り落としたルディの髪を手に主へと一礼した。

「……女であることを隠すつもりか?」

「無茶では無いでしょう。多少は華奢ですが、いない訳でない」

「別に女でも構わないだろうに」

「男しかいないこんな場に? さぁ食い散らかせと狼どもに妹を引き渡せとでも?」

「怒っているな」

「怒っておりますとも! お恨み申し上げます我が君」

 ティナンは切なそうに妹の髪を見つめ吐息を落とした。


「一月で実家に帰してみせます」


――それがルディの為だ。



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