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王道で行こう!  作者: たまさ。
王宮警護
39/101

その4

「うわぁっ」

 危うく思い切りすっこけそうになったのは、自らが動きやすい騎士団の隊服ではなく、ドレスを着用していたことを失念していたことも理由の一つだろう。


エスコートするという第三騎士団隊長の好意に甘えなんとか会場入りを果たしたものの、ルディエラは四半刻も過ぎると息切れと動悸により最終的には微妙に気持ちがすっきりとしない状態に陥っていた。


――兄さま、どう接しろって言うの?


 今日のティナンは一見して昔から良く知る兄のように優しいし、気配りをもって接してくれているのだが、このところ鬼隊長姿しか見ていないルディエラとしてはなんだか微妙にキモチワルくて仕方が無い。

 

 兄さまと危うく言いかけ、謝罪の為に慌てるルディエラの背を軽く叩き「どうかしましたか? 何か飲み物でも?」ときた時には、思わずぶんぶんと勢いをつけて首を振り、この二人という居心地の悪さをどうにかしたくて周りを見回したが、知るものが無い。


 副長ぅぅぅ。

と思わずこの場には居ないベイゼルに心の中で救いすら求めてしまった程だ。

 

 第二王子殿下であるリルシェイラの声明が済めば、会場内は歓談する者、軽食をとるもの、楽団の曲に合わせて踊るものと多種多様に楽しみだす。


「踊れないよっ」

 思わず呟くと、ティナンは苦笑して囁いた。

「きちんと言葉を改めなさい。それに、踊らなくても大丈夫――今夜は舞踏会ではなく、ほんの関係者だけを集めたただの壮行です。ダンスもただの余興に過ぎない。誰の誘いも受けなくていいのですよ」

 その言葉に安堵の息をつくと、ティナンはルディエラの手をそっとすくいあげて微笑んだ。

「踊ってみたいのであれば、ぼくがきちんと導いてあげますよ」

――ありがとう、兄様!

と、無邪気に言えるのであれば良いのにとルディエラが引きつっていると、やっと現れた第三王子殿下キリシュエータが呆れたように二人に声を掛けた。


「まさかと思ったが――ソレはにんじんか?」

「殿下、淑女に対してソレはないでしょう」

 ティナンの言葉など無視し、キリシュエータは無遠慮にルディエラの姿を頭から足元までじろじろと眺め、やがてふっと鼻で息をついた。


「残念だ」


 さすがにこの言葉はルディエラにもぐさりと刺さる。

自分が美人の部類だとは思ってはいないが、だが何度も言うように女性である自分を捨てているつもりは無い。

 綺麗なドレスに胸にはしっかりと詰め物もしてある。髪も自前ではないもののきちんと結い上げて化粧も施したというのに、結構自信を持っていたというのに「残念」などといわれるとは!

 ルディエラが唖然とし、ティナンが不快に口を開こうとしたところでキリシュエータは口元を引き上げるようにして笑った。


「おまえ本来の髪であればさぞ似合うだろうに」

 さらりと向けられた言葉に、ルディエラは軽く目を見開き、何度もその言葉の意味を咀嚼するように噛み締めた。


――あれ、もしかしてこれって結構褒められてる?


 なんだか居心地の悪い思いをしつつ、なんとなく逃げ出すように咄嗟に口を開いていた。


「トイレっ」


 主の言葉に、ルディエラの髪を自ら切った事実をまざまざと思い出して顔色を悪くして小さく呻いていたティナンだったが、それでもルディエラの言葉に「そういう時は淑女は花摘みと言うものですよ」と弱々しく窘めた。


 しかし、そんな言葉も上の空でルディエラはさっさと広間から逃げ出していたのだ。

 

 慣れないドレスの長い裾と、高いヒール。

そしてなんとも居心地の悪かったキリシュエータの言葉に動揺していたルディエラは、廊下に出た途端、すっころびそうになった。


「危ないっ。大丈夫ですか?」

 ひょいっと差し出された腕に助けられ、ルディエラは慌てて体制を整えながら相手を見上げた。


「あれ……」


 がっしりとした体躯。

張り詰めた筋肉。

見事な逆三角形――思わずドキドキと高鳴る胸で、ルディエラは相手の腕を逃してなるものかと、がしりと掴んだ。

 よく見れば相手は薄藍の隊服――第二隊の人間を示す。


「凄いっ。うわっ、上腕二頭筋と三頭筋の張りが凄いっ」

「あ?」


 久しぶりに見た筋肉質な上背のある男の姿に、ルディエラの瞳がきらきらと輝き、その意識は完全に――ぶっ飛んでいた。

 なんだか微妙であったテンションが異様な程に跳ね上がったが、勿論その向上は他の人間にとって、はた迷惑なだけだった。


***


 フィルドを追い詰めるようにして素敵筋肉のアラスターの名前と、さらに相手が第二隊の隊長だという情報を仕入れると、ルディエラはにこにこと所要を済ませて会場に戻った。

 まさかこれから配属される先に素敵筋肉を持つ人間が居るとは。

なんという幸運。

 いやいや、なんとねたましいことだろう。

自分がどれだけがんばったところで、決してあの肉体美を手に入れることは敵わない。だが、近くで見て観察すればあの筋肉を維持している秘訣を盗むこともできる筈だ。


 否!


 盗まなくとも、教えてくれるかもしれない。

さらに言えば、もしかしてアラスター隊長も自分と同じように筋肉好きかもしれないじゃないか。


 同じ筋肉好きとして筋肉談義に花が咲く!

今まで誰一人として共感してくれたことは無いが、きっとアラスター隊長なら理解してくれるに違いない。

 ハっ、もしかしたらその筋肉の秘密を他人にばらしたくない内向的筋肉好きーだった場合はどうしたらいいのだろうか。

 

 ドレスなど着て碌なものじゃないと思ったものだが、こんな収穫があるなら王宮内部警備に配置されて良かった良かった――とルディエラが脳内でおかしな花を咲かせまくっていたのもつかの間、すでに人で埋まっている会場でルディエラははたりと足を止めた。

  

 広大な広間だが、王族は数段高い場が設けられている為によく判る。

自分にとっても上官である軍務将軍キリシュエータとティナンが顔を突き合わせて何事かを話していたのだが、出入り口の重いカーテンを開けられ入室したルディエラの存在に気付いたティナンが顔をあげ、こちらへと一歩踏み出すと、途端にルディエラは多少顔を引きつらせた。


 兄さまといえるなら、おそらくこんな奇妙に気苦労は無い。

兄として接することもできず、上官として接することもできないという状態がルディエラにとってどうして良いのか判らなく戸惑わせるのだ。


「踊る、無理です」


 ふいに、ルディエラの耳に引っかかるような女性の声が届いた。

「ごめなさい」

 その独特なイントネーションに慌てて視線をめぐらせれば、煌びやかな女性のドレスが溢れる中、一人他国の民族衣装を着用し、ヴェールで顔を隠すようして立つ女性の姿にルディエラは慌ててそちらへと足を向けた。


 会場内の揉め事を回避するのはルディエラにとっても仕事のうちだ。だがそれ以前に、その特徴的な外国訛りの女性は、ルディエラにとって身内であった。

「すみません」

 ドレスの裾をつまみあげ、出来る限り女性らしさを心がけて足を向ければ、別段その女性が無理強いされている訳ではないということに気付き、ほっと息をついた。


「ナーナ」

 男性が非礼を詫びて引き下がるのを見守り、そっと相手に声をかける。

 今の姿――鬘にドレスという姿に相手の女性が自分に気付いてくれるかどうか怪しいとは思うものの、心配が先について声を掛けていた。

 ヴェールの奥から黒い瞳がこちらを見つめ、やがてその瞳に安堵の色が浮かび上がる。

紅に染められた唇が笑みを刻み、この国では滅多に見ない、黒い髪と褐色の肌を持つ女性は微笑んだ。


「エーラ?」

 返された名にほっと息をつく。

「まぁ、ルディエーラ。いつも違う、オナノコ」

 この国に来て四年のナーナは、ルディエラにとって家族だ。

伸ばされる手に親愛の思いを込めて触れ、ルディエラは久しぶりに会った相手に尋ねた。

「クインザム兄さまは?」


「クイン、ヘーカ、呼ばれました」

 たどたどしいが、最近ではこちらと同じ言葉を話せるようになったクインザムの妻は、美しい微笑を湛えてみせる。

 その笑顔を見るとルディエラは嬉しくなってしまうのだ。

「兄さま、ナーナをおいていくのは渋ったでしょ。ナーナも心細くない? 寂しい? 大丈夫?」


 長兄であるクインザムの妻であるナーナを、クインザムはまるで籠の鳥を愛でる様に慈しみ溺愛している。

 こんな場に連れてくることも滅多に無いのだが、外国人であるナーナとクインザムの婚姻には司祭長リルシェイラの尽力もあってのことだと聞いている為、リルシェイラの為の催し物には出席せざるをえないのだろう。

 

 ルディエラの無邪気な問いかけに、ナーナは相変わらず美しい満面の笑みを湛えながら言った。


「クイン、死ねばいい、思います」


「あー……」

 まだ言葉が不自由だなー……

「鬼畜、駄目」

 不自由だけど、ある意味達者。


 何がどうしてこんな風に間違って言葉を覚えているのだろうとルディエラは頭を抱えたくなったが、クインザムがナーナを家から出さないのもうなずける。

 こんなに言葉が不自由では、外に出してはトラブルの元だ。

確かに多少厳しさを持つクインザムだが、決して鬼畜などという人間ではない。

何より、あくまでもナーナは満面の笑顔だ。


「うん、えっと……そうだね」


 とりあえずルディエラは親愛なる兄嫁に引きつった笑みで応えることにしておいた。


無難に。




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