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王道で行こう!  作者: たまさ。
王宮警護
38/101

その3

 明日からの半月――第二隊の半数の人間が第二王子殿下にして司祭長リルシェイラの護衛として隣国ダレルノ公国へと旅立つことが定められているが、当然自分もその旅に同行することとなると思っていたフィルド・バネットは、隊長であるアラスターの言葉に肩透かしを食らうこととなった。


「お前は居残りになった」

「何故ですか?」


 第二隊は三小隊に分けられ、アラスターから直接指揮を受けているフィルドは当然今回の外遊に同行するのは確定していた筈だった。

「色々と考えた上での決断だ」

 それ以上の言葉は無かったが、おそらく最近こまごまとしでかしたミスなどが原因であるというのはフィルドにも理解できた。


 ミスを思えば自然と脳裏には明るい髪の小僧が浮かぶ。

日に焼けたような明るい金髪に、底意地の悪そうな灰青の透明な瞳を持つルディ・アイギル。

そんな顔を実際に見た訳ではないが、何故かルディ・アイギルを思うとき、頭の中で踊るヤツはべろりと舌を出して左の目の下に中指を押し当てて「べー」と阿呆な音をさせている。

 あげくニマニマと口元を緩め人を挑発してくるのだ。

とっ捕まえてぎったんぎったんに殴りつけてやりたいという激しい衝動に駆られるのだが、実際にあの子供を面前にすると、まるでそんな気配はおくびにも出さずに「あ、フィルドさんだ」とにっこりと笑うのだ。


――腸が煮えくり返る。


「くそっ」

 思わず舌打ちをもらし、フィルドは握り締めた拳を壁へとたたきつけ、慌てて現状を再確認してしまった。


――任務中。


そう、リルシェイラの外遊の壮行だ。

その会場の建物内廊下を警護する任務についているというのを危うく忘れていた。

各所に配置された第二隊の薄藍色の隊服が視界の端にちらついている。

 会場内に来客は未だそれほど入っていないが、警護の為の第一隊の人間や侍従などがすでに会場内を忙しなく動いている為に人の出入りも気配も感じられる。

 フィルドはちらりと会場正面の扉から続く廊下に見えるアラスターへと視線を転じ、思い切るようにそちらへと一歩足を進めていくと、アラスターが慌てたように奇妙な動きを見せたのはほぼ同時のこととなった。


「隊長?」

 何だ?

ととんっと床を軽く蹴ってみれば、無骨な大男アラスターはその腕の中に一人の少女を抱えるようにしてこちらを振り返った。


「危ない」

とアラスターが言葉を続けるのが耳に入れば、どうやら相手の少女は躓きでもしたのだろう。それをアラスターが咄嗟に手を伸ばして抱き込んだという様子。


 今夜の夜会に招かれているのか、淡い紗の生地を幾重にも重ね合わせたドレスを着用した少女は引きつった微笑で体制を整え、ついで自分を抱えるアラスターの胸を見つめながら口を開いた。


「すごいっ。胸筋固いっ」


 フィルドは思わず足を止め、アラスターは引きつった表情で自分の腕の中の少女をまじまじと見下ろした。

化粧が施されていて多少大人びて見えるが、未だ二十歳にはとうていなっていないと思われる少女は瞳をきらきらと輝かせ、不躾にアラスターの胸にぺたりと手を当てた。

「うわぁぁ。凄い。張りもいいし、固いし。素敵っ」


 なんだか判らないが、聞いてるこちらが恥ずかしい。

完全に狼狽したアラスターがわたわたと慌てながら「お、お嬢さん? 淑女(レディ)?」と上ずった声でじりじりと相手から逃れようとしているのだが、相手ときたら何がそんなに楽しいのかがしりとアラスターの腕を掴んだ。


「上腕三頭筋と二頭筋の張りもいい感じ。きっと脱いだらもっと凄いですよねっ」

「な、何を言ってるんですか」

「腹筋も凄そう。あああ、見たい。勿体無いっ」

 うっとりと囁く声はまるで誘惑しているようにすら見える。

 狼狽するアラスターは、近くにいるフィルドを認めて声を張り上げた。

「フィ、フィード!」

「……はい」

 さすがに助けてくれとは言えないのか、アラスターが必死にすがるような眼差しを向けてくる。

 自分よりもずっと小さな少女にここまで押される――というか襲われている上官も珍しい。フィルドは生温かな笑いを堪えつつ、一応二人の間に割って入るように声を掛けた。


「失礼、淑女(レディ)。お怪我はありませんでしたか?」

 それまでフィルドへと関心を示さなかった相手の視線がふっと向けられる。


どこまでも透明な灰青――少しだけ不満を示すように尖る唇。

薄く紅を佩いたその唇が音を紡ぐより先に、フィルドは驚愕のままにその名を口にしようとしていた。


 どんな姿をしていようと、その瞳を間違えることは無い。

日常のふとした隙間に入り込み、フィルドを苛々とさせる張本人。夢の中でも現の内でも、脳裏を駆け巡る悪魔。


「ア――」

「ルディエーラ」


 凛と響く声がぴしゃりと投げつけられ、つかつかと長靴を打ちつけるようにしてその場の空気を引き裂いたのは第三隊隊長――ティナンだった。

「一人でうろうろしていては危ないと言ったでしょう。待っていなさいと言った言葉が聞こえませんでしたか?」

「あ……あの、ごめんなさい」

「アラスター、連れが迷惑を掛けたようで失礼しました」

「あ、ああ。怪我がなければそれで」


 穏やかに隊長二人が会話を弾ませる横、フィルドは引きつった表情でじっとティナンの一歩後ろに立つ少女を見つめた。


少しばかり怯えを含ませ、ティナンを気にしているのは間違いなく――


「ルディ・アイギル……だよな?」

 小さな囁きはルディエラの耳に僅かに届き、ルディエラはちらちらとティナンを気にしながら白手に包まれた指先をひょこひょこと動かした。


「なにをしているんだ、貴様は」


***


「任務です」

 ルディエラはすすすっとフィルドに僅かに近づき、ふと思い出すようにティナンに声を掛けた。

「ティナン様」

 そう、これもまた不可解だ。

ティナンは今日は隊長と呼ぶなと命じつけ、それならばどう呼べば良いのかと困り果てたルディエラに「ティナンでいい」と穏やかに――そう! おそろしいことに鬼隊長は穏やかにそんなことを言うのだ。


ルディエラは何故か判らない怖さを感じつつ、生理現象を覚えてティナンの元を離れたのだ。

 隊長二人が警備のことについて話し込みはじめてしまったのを幸い、ルディエラはにっこりと微笑んだ。


「ぼ――わたくし、バネットさんに花摘み(トイレ)に案内して頂きますから」

「エーラ、ぼくが案内しますよ」

「いいえ。お仕事がんばって下さい」

 言うや、ルディエラはさっさとフィルドの隊服の裾を引っつかみ、そそくさとその場を離れた。


「なんなんだ、ソレは」

「殿下の酔狂です。ぼくだって好きでこんな格好してる訳じゃないんです!」

 潜めた声でぶつぶつといいながら、ルディエラはぶるりと身を震わせて自分の体を抱きしめた。

「いつもは怖い隊長だってなんだかやけに親切でむしろ気持ち悪いし」

「――確かに」

 フィルドが知る限り、第三隊のティナンはいつだってルディ・アイギルに対して冷たい態度をとっていたものだが、先ほどのティナンはまるきり違う。

淑女を相手にしているという演技だろうか。だとしたらティナンは物凄い演技力の持ち主だ。

 廊下の角を曲がり、ルディエラはぐいっとフィルドの腕を掴んで足を止めた。

「そんなことより、フィルドさんっ」

「な、なんだ」

「お話がありますっ」


 真剣な表情で自分を見上げてくる青灰の眼差しに、フィルドは相手が男だと理解していても狼狽した。

女装――なんだってそんなものが似合うのだろう。

詰め物もしているのか、盛り上がった胸の膨らみや淡く施された化粧。

薄い紅を佩いた唇に自然と視線が落ちてしまう。


――いがいに柔らかかった唇。


 ふとその感触を生々しく思い出し、フィルドは思わずぐっと拳を握り締めた。

口止めの意味と苛立ちと八つ当たりで仕出かした愚かな行為。他人にあんな場面を目撃されていた羞恥に相手も陥れてやろうとしてやってしまった口付け。

 ただ触れるだけでよかったものを、触れてしまえばその柔らかさと甘いような味に思わず舌を沿わせていた。

男相手に自分もどうかしていると幾度か後悔したが、その唇を思い出せば苦味と共に何かが疼く。

それを認めるのがイヤで更に怒りは激しさを増していく。

 その唇が、そこにある。

柔らかで、甘い――


「な、何だ?」


 まさかおかしな告白じゃないだろうな?

 いや、バカな考えは捨てろ。

これは男だ。男だ。男なんだ。

フィルド・バネット、落ち着け。

何よりもこいつは悪魔じゃないか。騙されるな。中身はルディ・アイギルだぞ。

頭の中に薄桃色のおかしな妄想がはためいた頃。ルディエラは胸元に手を当ててフィルドに訴えた。


「今の人誰ですか?」

「――」

「凄い筋肉、憧れる! うわー、もうぼくの目標はあの人に決めました。カッコイイ! ぼくもあの人みたいになりたいっ」

「……」


「何食べたらあの筋肉が維持できるんだろう!  顧問の筋肉も素敵だけど、知ってます? 顧問ってば最近ちょっぴりお肉がついちゃってるんですよっ」


……フィルドは面前の筋肉馬鹿を殴るべきなのか、自分を殴るべきなのかよく判らなくなった。


 


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