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王道で行こう!  作者: たまさ。
はじめてのおつかい
30/101

その2

「いいから、休め」

 ぽんっと肩を叩いて溜息をついたのは第二隊副隊長サイモン・クロレル――そして肩を叩かれたのは、彼の部下の一人であるフィルド・バネットだった。

「最近のお前は疲れているんだ」

「……そんな訳ではありません」

「小さなミスが目立つ。いいから休め」


 厳しく言うサイモンに、丁度通りかかった司祭長第二王子殿下リルシェイラは小首をかしげた。

 わざわざ夜眠るときに幾つもの三つ編みを作って眠るというリルシェイラの髪は、王族特有の鮮やかな蜂蜜色の金髪、そしてしっかりと癖のついたウェーブのふわふわだ。


――女じゃあるまいに、阿呆か。


 と、少なからずの人数が思っているのだが、誰一人としてそれを指摘した猛者は今のところ彼の弟であるキリシュエータしかいない。


「しかし、休みなど……」

「フィード、じゃあお使い頼んでいい?」


 突然の休みを渋るフィルドに、リルシェイラは「町におりてリラ・フィンデルの薔薇菓子を買ってきて」とコインを数枚フィルドの手に握らせた。

「明日のおやつにするから、明日までね」

「……はぁ」

 何故自分が菓子屋に行かなければいけないのか。

フィルドの心に冷たいものが走ったが、上官達の優しさをおとなしく受け入れることにした。

そう、これは心遣いだ。余計な世話だとしても。


「フィードってば最近呪われてるんだって? なんか上からナイフだとか壷だとか降ってくるとか。枕にナイフが刺さってるとか」

「……壷は無いです」

 今のところ上から落ちて来たのはナイフと、水と、斧だ。そして疲弊して眠っていたフィルドが目覚めると、目の前にナイフが刺さっていた。

 自分が使っている枕にナイフがずっぷりと。

ざっと頭の中が真っ白になり、慌てて体を起こそうとしたものの反対側にもあるのではないかという恐怖から、体を起こすのに物凄く神経を使った。


 もし寝ている時に寝返りを打っていたらと思うと血の気が完全に引いてしまった。


「エリックとの訓練で危うく肋骨折られそうになったって話も聞いたし」

「いや、それ以前に失神させられましたから――」

 剣技でなくて良かった。

何故か機嫌のよくない騎士団顧問のエリックに思い切り投げ飛ばされ、背後から羽交い絞めにされて気付けば医療室だった。

 骨折れてなくて良かったなと同僚に言われたが、折れていなかったのはただの奇跡に違いない。


「祈祷しておいてあげるよ。きっと呪いなんて吹き飛ばせるよ」

 善意からではなく、明らかに他人の不幸を楽しんでいる様子のリルシェイラに、フィルドは口の端をひくひくと痙攣させながら心にも無い礼を口にした。


「ありがたき幸せにございます」


――死ね、この脳内花畑。

 何より、あの筋肉ダルマの騎士団顧問の機嫌が悪かったのは間が悪かっただけだ。だが、それ以外のことに関して言えば思い切り犯人に心当たりがある。


「っの、クソガキ! とっつかまえてやる」

 このところずっと脳内でひょこひょこと踊っている第三騎士隊の見習いを思い浮かべ、フィルドは半眼を伏せて右の拳を握り締めた。


***


「へぐしゅっ」


 突然鼻がむずむずとうずき、ルディエラは思い切りくしゃみをした。

「っきったねーな。せめて口を塞げよ、阿呆」

「ううっ。鼻が突然むずむずしたんですよ。両手は塞がってるし……」

 馬の手綱を握っていたルディエラは唇を尖らせて言いながら、ポケットからハンカチを取り出して口もとを拭った。

 丁度目的地の近くに来ていた為に馬の速度を落としていて助かった。もし速歩の時に思い切りくしゃみをし、手綱を引いてしまっていたら臆病な馬は竿足立って嘶いていたことだろう。

 今も馬はびくりと身を一旦固くし、耳をぴくぴくと動かしている。それを首筋を叩くようにして宥めて、ルディエラは肩をすくめた。


「あれか?」

 隣で艶やかな葦毛を操るベイゼルは、顎先で丘の中腹にぽつりと立つ一軒家を示した。ルディエラはこくりとうなずき、小さく「あ……」とつぶやく。

 その視界に、馴染みのものを見つけたのだ。


 城下町のかなり外れの方にある鍛冶屋へと馬を速歩で駆けさせ半刻程――まるで訓練かというように並足、速歩を繰り返してやっと辿りついた鍛冶屋の丸太小屋の前で、ルディエラは馴染みの顔を二つ見つけることとなった。


 建物の入り口の右手にある切り株に斧をつきたて、二人の男が談笑をしていたのだ。

楽しそうに笑い声をあげていた二人だが、馬で近づく二人組みの姿にその笑みをとめて視線を向けてくる。

やがて馬上の人物の一人が良く知る相手だと見て取ると、緊張した表情が変わった。


「よぅっ、ルディエ――」


 鍛冶屋で見習いをしているグレゴリーは薪割りの斧に寄りかかるようにして軽く手をあげて声を張り上げたのだが、その足を力いっぱい隣にいたセイムに蹴られた。

 脛を遠慮なく蹴られたグレゴリーが呻いて身を沈める横で、セイムはわざとらしく口元に手を当てて声をあげる。


「ルディ様! 若様(・・)こんな場所にどうしたんです?」

 訓練ですか?

と、セイムが隣の悶絶男を完全無視で話しかけてくる。

ベイゼルはその男をしっかりと記憶していた。

 時折ルディエラの元に荷物を届けに来るルディエラの家の下男。もしくは従僕――そして、ルディエラの幼馴染。


鳶色の瞳と髪の青年は、下男というよりは女衒とかが似合いそうだ。優しい言葉で女を扱い、娼館で売り飛ばす。何故かそんなイメージがベイゼルの脳裏を掠めた。


「セイムっ」

 ルディエラは馬が完全に止まるより先に身を起こし、体重を移動させて片足を軸に鐙を蹴った。

 ぎょっとするベイゼルの面前で、当人が自慢するその身軽さでたんっと地面に降り立つとそのままの勢いで女衒――ではなく下男に抱きついたのだ。

 広げた腕でぎゅっと抱きしめ、元気よく声をあげる様は屈託無いといえば屈託がないのだが、どうにもあけすけ過ぎる。


「ただいまっ」

「おかえりなさい。ちゃんとお風呂は入ってますか? 汗臭いですよ。耳の後ろとか洗い残してたりしてませんか? ブーツはきちんと風に当てないとまたひどいことになりますからね」

 しかし、相手の口から出たのは小姑かという内容だった。

ぽんぽんっと親しげに背中をたたきながら、ルディエラの幼馴染は矢継ぎ早に小うるさいことを口にし、ちらりとその人懐っこそうな――抜け目なさそうな視線をベイゼルへと向けた。


「確か、副長さんですよね? うちのルディ様がお世話になってます」

 ベイゼルはルディエラの放り出した馬の手綱と自分の馬の手綱を掴みつつ、口の端をあげた。

「本当にな。真面目に感謝してもらいたいわ」


「お前らぁぁぁ、人のこと無視して会話すんな、タコ」

 呻くような声をあげたグレゴリーに三人の視線が集まり、ルディエラとセイムはほぼ同時に「あれ、グレゴリーいたの?」とばっさりと切った。


 グレゴリーが顔を顰めるとルディエラは笑い、ベイゼルに視線を向けた。

「副長、コレは鍛冶屋見習いのグレゴリーです。グレゴリー、この人は王宮警護の騎士隊第三隊の副長さんをしている……あれ、副長ってベイゼルって名前? 姓?」

 ベイゼルはぱしんっとルディエラの頭をはたいた。


「ベイゼル・エージだ」

 そのままグレゴリーに手を差し出し、軽く握手する。グレゴリーは愛想よくその手を受けてうなずいた。


「グレゴリー、副長に鍛冶屋の中を見せてあげといて。ぼく一回家に戻るから」

「グレゴリー、話してあるよな? うちの若様(・・)の上官だからくれぐれもおかしな粗相がないように」

 セイムは念を押すように言い、慣れた様子でベイゼルの手からルディエラの馬の手綱を受け取り、


「前、後ろ?」

 とルディエラに馬を顎で示した。

「前に決まってる」

「はいはい。じゃ、失礼します」

 セイムはぺこりと頭を下げ、手馴れた様子で勢いをつけて馬上に乗りあがると、片手を示してルディエラを自分の前に引っ張りあげた。


「――仲が宜しいこって」


 我知らず冷たい口調になったことに気付き、ベイゼルは口の中に苦いものを突っ込まれたような気持ちになった。


今のナシ。

今のナシ。


今の絶対にナシ!


 突然喉の奥でうめき声をあげたベイゼルを見ながら、グレゴリーは目を白黒させて眉を潜めた。

「具合悪いんですかい?」

「――そういうことにしといてくれ」


 そうだ。これはアレだ。

可愛がっているペットが、他の人間に尻尾を振るのが面白くない感情だ。

ベイゼルは丁度いい例えを発見し安堵するように息をつくと、訝し気に自分を見つめているグレゴリーの存在に小さく呻いた。


なんで残念な人を見るみたいに見てんだよ!





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