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王道で行こう!  作者: たまさ。
はじめてのおつかい
29/101

その1

 ルディエラは皮袋に入った銅貨と銀貨、そして金貨に困惑していた。

昨日はいわゆる騎士団の給料日。隊長によりじきじきに下されるそれだが、当然のように見習いにはそんなものは無い。

 がんばっているのにそれはちょっと寂しいなぁと思っていたのだが、その日ルディエラは思いがけない贈り物に驚愕した。


「ほら」


 と、まず銀貨を一枚くれたのはベイゼルだった。

「へ?」

「下のモンの面倒みるのも上のモンの仕事だ。菓子でも食えよ」

 それを筆頭に、通りかかるほかの隊員から「煙草代」だの「飴代」だのという名目でコインが渡され、あっという間にルディエラの財布はそこそこ一杯になったというのに、とどめのように第三王子殿下キリシュエータは金貨を一枚ルディエラに手渡した。


「肥料代」


 その名目は一番最低だった。

口の端をあげ、実に楽しげに「きちんと肥料を足しておかないと成長しないぞ、にんじん」

とからかう口調で言う。

 流石に金貨は金額がでかすぎると断ると「見習い期間は給金が出ないのだから、何もいわずに受け取るのが見習いの仕事だ」だの「たまには服に気をつかえ」などと取り合わない。

 なんというかあっという間に一財産だ。

ルディエラは仲間達の優しさに心を暖かくし、皮袋を腰にぶら下げて鼻歌交じりにてこてこと隊舎の渡り廊下を歩いていたのだが、前方から敬愛すべき第三騎士団隊長殿が歩いてくるのを感じると、びたりと足をとめて壁際により、慌てて軽く頭をさげた。


「アイギル」

 低く、冷ややかな声が耳に落とされる。

たいていの場合ティナンは声など掛けずに無視していくのだが、その時は違った。


びくりとルディエラの心臓が跳ね上がる。意味もなくじわりと自分の中に滲むものがあり、歯を食いしばった。


「はい」

「顔をあげなさい」


 淡々とした問いかけにおそるおそる顔をあげると、呆れるような奇妙な眼差しでルディエラを見つめたティナンが、ふいにルディエラの胸のポケットにすっと白手に包まれた手を向けた。

「ぼくはおまえの働きを認めはしないが、これは慣例の一つだ」

 胸のポケットに落とされた二枚のコインの感触に、ルディエラは軽く目を見張った。


「休暇を楽しみなさい」


 ぐっと拳を握り込み、ルディエラはティナンに抱きついてしまうのを堪えた。

許されるのであれば兄に抱きついて「兄さま、大好きっ」と言いたいところだが、ここは隊舎で、そしてティナンは兄妹であることを示すことを良しとしない。

 頭をさげてティナンを見送り、ルディエラは言われた通り休暇を楽しむべくばたばたと渡り廊下を走り、自室に飛び込むと着替えの最中のベイゼルに言った。

「副長! 町に行きましょうよ」

「……行くけどいかねぇ」


 ベイゼルは途端に嫌そうに顔をしかめ、ベルトのバックルを止めた。

そしてふと思いつくように口の端をイヤらしく歪め、ルディエラを指先で招くと、がしりとその肩を抱き、声を潜めた。

「それともやっぱ一緒に行くか?」

「だから町に行くんでしょ?」

「たりめぇよ。久しぶりの休暇だからな。たぁっぷり鋭気を養うんだよ、娼館で」

 くくくくくっと嫌らしい笑みを浮かべて見せる相手に、ルディエラは慌ててわたわたと腕を動かし、相手の手を振り払った。

「なっ、昼間っから何言ってるんですかっ」

「お前も連れて行ってやってもいいぞぉ? 何ならおごってやる」

 当然、そんなつもりは毛頭無いベイゼルだった。ただルディエラをからかっていたのだが、ルディエラは真っ赤な顔をしてギっと睨みつけてくる。


「だって副長コイビトがいるんでしょ?」

「――おまえ、人の心をえぐんじゃねぇっ」

 ベイゼルは忌々しいというように舌打ちした。彼の言うところのコイビトの名はナシュリー・ヘイワーズ中尉――騎士隊隊舎とは王宮を挟んで逆側にいる警備隊の事務補佐官をしているが、生憎と心のコイビトであって実際の恋人では無い。幾度かアプローチをかけているのだが、腕をひねられ、投げ飛ばされ、腹部に蹴りまでくらったこともある。

 ただいま連敗記録を伸ばしている最中だった。


「別れたんですか?」

 小首をかしげる悪意のなさそうなルディエラの表情に、ベイゼルは毒気を抜かれた。

「――もういい」

 別れるも何もはじまってさえいない。

ベイゼルは苦虫を噛むような顔をし、がしがしと前髪をかきあげた。

「それで、お前は今日はどうするんだ?」

「町に出て皆さんにお金を貰ったお返しにお菓子を買って、自分の分も買って、それでたまには市とか覗いて、最後には実家に行ってこようかなって思ってます」

 色気よりも断然食い気なルディエラだった。


 それを眺め、ベイゼルは嘆息した。

「んじゃ行くか」

「ぼく娼館はつきあいませんよっ」

「ちげぇよ。馬鹿みたいに皮財布ふくらませたお前を一人で放置できるか。阿呆――順番ははじめにお前の家だ。不必要な分はおいて来い」


 疲れたようなベイゼルの言葉に、けれどルディエラは顔を曇らせた。

ベイゼルはティナンの生家を知っているのだろうか? という謎が浮かんだのだ。自分とティナンが兄妹――兄弟であることは内密になっている。もし、ベイゼルがティナンの、若しくは騎士団顧問のエリックの自宅を知っていたら面倒くさいことになってしまう。


 本気で焦ったのだが――ベイゼルは勿論そんなことは百も承知だ。

 顔色を曇らせているルディエラに、ベイゼルは上着に手を伸ばしながら何気ない風を装って声を掛ける。

「おまえん家ってどの辺り?」

「――ちょっと町の外れです。クレインの鍛冶屋のほう」

「へぇ。あっちは行ったことないな。鍛冶屋のとこで待ってていいか? 新しい剣でも鍛えてもらおうかな」

 そうベイゼルが言えば、途端に曇っていた表情が明るくなった。


「じゃ、早く行きましょう!」


***


「ああ、これとこれ下さい」

 キリシュエータの私室の壁に飾られているナイフを指先でなぞっていたティナンが、ふいに言いながらソレを取り上げた。


「なんだ? 自分のヤツはどうした」

 細かい細工が施されたナイフは武器というよりもすでに芸術に近い。キリシュエータはそういったものを飾るのを好むが、物に執着は無い為に他の隊の隊長に持っていかれてしまうこともよくあることだった。

 だが質素なものを好むティナンはわざわざ細工の施されているナイフなど使用しようとはしない。

今までキリシュエータのコレクションを持っていくことなど無かったのだ。


 ティナンは手にしたナイフの重さを確かめるように手の中で弄びながら、にっこりと微笑んだ。

「一本は夜中に真っ黒い虫がいたので投げつけてしまいました」

「……」

「もう一本はあんまり腹がたったものだから、ヤツの寝ている枕に突き刺してやりました」


 汚らわしいから回収するのもイヤです。

機嫌の良さそうな幼馴染は、二本のナイフを背中のベルトに差し込んだ。


鼻歌まで歌いだしそうなその様子に、思わずキリシュエータは心持下がってしまった眼鏡を中指でおしあげながら、

「私の印章入りのナイフでおかしなことをするなよ」

と、一応忠告だけはしておいた。


「いやですよ、殿下。ナイフばかりじゃ芸がないじゃないですか」

 どうやら次は違う手にでようとしている幼馴染の様子に、キリシュエータは肩をすくめて、

「一度ですませろ、一度で」

と嘆息したが、絶対に主人に向けてはいけないような馬鹿にしきった眼差しが返ってきてしまった。


「私の可愛いルディが感じた心の痛みを、恐怖をひしひしと体の隅々にまで叩きつけてやらねば気がおさまりませんね」

「……」

――いや、あいつもう忘れてるみたいだぞ。

 たっぷり入った皮袋を揺らしてへらへらとしていた小娘を思い出し、キリシュエータは複雑な気持ちになった。

「まさかファーストキスとかでもあるまいに」

「当然です! 赤ちゃんの頃から一杯してますからねっ。でも聞いて下さいよ、殿下っ、まだ舌は入れたことがないんですっ。どう思いますか? 他の誰かにやられるくらいならぼくが自分でしちゃったほうが安全な気がしませんか?」


「おまえはにんじんに近づくなっ」

「近づきたくても近づけないんですよっ。さっきだって、お小遣い渡す時にめちゃくちゃ緊張しちゃいました。

 ああ、ルディ可愛い。なんであんなに可愛いんでしょうね」


――彼の副官はもう駄目かもしれません。








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