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王道で行こう!  作者: たまさ。
見習いは見た
28/101

その3

 納得がいかない。

ルディエラはアヒルのように口を尖らせ、ぎりぎりと奥歯を噛み合わせて眉を潜めていた。

それに反してベイゼルときたら必死に何かを堪えて肩を小刻みに震わせている。この場合の何か、それは笑いというものだ。

 腹の底からこみ上げてくる笑いの渦は、やがて決壊しベイゼルの身はばったりと崩れた。


「たまんねぇっ。クソ面白い!」

「ちっとも面白くないっ」

 ルディエラは怒鳴り散らしたが、思わず本気で涙が滲みそうになった。

先日の【アビオンの絶叫】での出来事は、あっという間に広まった。それはそれは面白おかしく。


曰く、第二隊のフィルド・バネット――通称フィードは男好きである。


これはいい。

この噂に関して、ルディエラは「よし!」と拳を握り締めてケケケケケと謎の笑いを腹の底から吐き出した。まさに「ざまぁみろ!」と腹のすく思いだった。


曰く、ルディ・アイギルとフィルド・バネットはフドウトクな行為をしているところを目撃された。


これは違う。断じて違う。嘘っぱちだ。

見ていたのはルディエラであって、フドウトクな行為――はルディエラには少ししか関係がない。


 そう、この噂はただ面白おかしく脚色されて遊ばれて流されてしまっているだけなのだが、当然当人にはたまったものでは無い。

「どうしてぼくまでっ」

「本気で言ってるヤツなんて六割程度だ。気にすんな」

 ベイゼルは快活に笑って見せたが、勿論嫌がらせだ。

「六割が本気って、勘違いしている人間のほうが多いじゃないですかっ!」

「だってもともとお前が男好きだっていう噂は流れてたから、更に信憑性が増しただけっつうことだな!」


 ぽんぽんっと頭をたたかれ、ルディエラは一層惨めな気持ちになった。


***


あの日、【アビオンの絶叫】の店内はまさに大騒ぎだった。

店内にいた人間達は、はじめのうちこそルディエラの発言に水を打ったようにシンっと静まり返ったものだが、やがてルディエラとバネットの掴み合いを面白がるようにはやし立てた。

 そう広くも無い店内だというのに、バネットはルディエラの襟ぐりを掴みあげて怒鳴りつけ、ルディエラはそれに対して「喧嘩なら買いますよっ!」と息巻いている。

 酒はどちらも入っていないのだが、このまま放置しておけばまさに転げまわって阿呆のように取っ組み合いの喧嘩になりそうな雰囲気だ。 

 それを「あー、ベイゼル」と顎先でキリシュエータが命じつけて引き剥がし、キリシュエータは店内の喧騒を沈める為にパンっと手を打った。


 途端にその場が静まるのは、どんなに騒いでいたとしても誰もがこの王子の存在に気付いていたし、また誰もがその動きを把握していということだろう。

 ベイゼルはルディエラを背後から押さえ込み、第二隊の副長であるサイモン・クロレルがフィルドを押さえ込んだ。


 キリシュエータは「どうして私が喧嘩の仲裁などしなければならないんだ」とぼそぼそと呟きながら眼鏡を左手の中指で押し上げ、瞳を細めた。


 しばらく睨みあっているルディエラとバネットとを交互に見つめ、そして先ほど二人が言い合っていた言葉を頭の中で纏め上げる。

 一瞬にして「どうして自分は今日酒場にいるのだろうか」という激しい後悔が押し寄せた。面倒ごとは嫌いなほうではない。そういったことを楽しめるタチだ。だが、あまりにも下らない。


「つまり――バネット」

「殿下。言っておきますが今のこいつの言葉は足りない部分が山とあります。私は同性にたいして何の感慨も持ち合わせてはおりません! 確かに、あの日武器庫で不遇にもそういった場面がありましたが、私の本意では決して無い」

「話が見えん。きちんと説明するならきちんと説明しろ」

 つきつきと頭が痛む。

ちらりとルディエラに視線を向ければ、ルディエラはその瞳を爛々と輝かせ、その口元はベイゼルによってふさがれている。


 キリシュエータはふっと浮かんだ不快な気持ちにとりあえず蓋をした。

――なんだか今ちょっとイヤな気持ちになった気がするが絶対に気のせいだ。そう、絶対に。

「にんじん。言いたいことは?」

 その言葉にベイゼルがその手を離すと、ルディエラは大きく酸素を取り入れるように呼吸し、キっとその眼差しでバネットを更に睨みつけた。


「確かにその変態が他の男に無理やりキスされていたのは本意じゃないかもしれないですが、でも、ぼくにキスしたのは許せない!」

「普通に考えて口止めだろうが! 同じことされたんだぞ。私がクソ野郎にキスされたなどと言わないように、貴様も同じ目にあわせただけだ」

 なんで貴様はそうべらべら言えるんだ。

野郎にキスされたことを口にするなんて、頭おかしいだろう!


 また怒鳴りあいになり、ベイゼルは慌ててルディエラの口をその手で塞いだし、バネットを押さえ込んでいるクロレルは力いっぱいバネットの足を蹴った。


――そう、ソレは頭がおかしい。


 キリシュエータはつきつきと痛む額に軽く手で触れ、溜息を落とした。

「第二隊、クロレル」

「はい」

「第二隊は明日から一週間、全員減俸。隊の風紀を乱すな」

「申し訳ありませんでした」

「バネットの処遇は隊長に任せる。報告書は必要が無いな?――口頭でのみ報告しろ」

 丁寧に頭を下げるクロレルの様子に、ルディエラは固まった。

まさか隊の減俸などという話に発展するとは思ってもいなかったのだ。

その眼差しを見開いてキリシュエータを見つめると、キリシュエータは今度はその眼差しをベイゼルへと向けた。


「第三隊、ベイゼル」

「はい」

「第三隊は明日から一週間、超過勤務を命じる。アイギルの処遇については隊長に任せるといいたいところだが」

 ちらりとその眼差しがルディエラに向けられた。

ベイゼルに逆手を取られておさえられ、もう片手で口を塞がれているルディエラの瞳が、こぼれそうな程見開かれてキリシュエータを見つめている。

 キリシュエータはふっと笑った。


「ティナンに任せたら十中八九、クビだろうな」

 

ベイゼルも苦い表情を浮かべているのを見れば、さすがに除隊させられるのは哀れに思うのだろう。

 そしてキリシュエータはその視線をバネットへと向けた。

バネットの眼差しはルディエラへと向けられ、明らかに冷たく「ざまあみろ」と輝いている。


 キリシュエータは深く、深く息を吸い込んだ。

ルディエラを騎士団に引きこんだのは、遊びだ。

退屈な日常にいつもとは違うものを放り込む、遊び。

ただの思いつきで、何の弊害もなければ、何の意味も無い。

女性騎士の登用など本気で考えている訳でもない。そもそも、ルディエラはよくやっているといえばよくやっているが、それは女性としては良くがんばって騎士達についてきているというだけの意味で、他の隊員に喰らい付いているのが精一杯だ。

 女性隊員を入れることにうまみを感じさせるものではない。

むしろ男しかいない場でこんな阿呆な騒ぎを起こすのだから、ますます女性など不必要だ。


 三ヶ月持たない――か。


キリシュエータは瞳を閉じて、ふるりと首を振った。

コレは自分の遊びだ。

こんなクソ下らないネタで潰してもらっては困る。


「アイギル」

 声をかけると、ベイゼルがまた手をはずす。

勢いこんで口を開くかと思えば、ルディエラは滲むような小さな声でこたえた。

「はい……」

 頭に手を置いてぐりぐりとかきまぜてやりたい気持ちになった。

悔しさにきゅっと引き結んだ唇。それを見つめ、浮かんだものに苦笑する。


「酒場での喧嘩は全て戯言だ。翌日に響かせるな」

 意味が判らないと上目遣いで見上げてくるのに目を細め、軽く手を払った。


「酒の席だ。クロレル、ベイゼル――今のは忘れろ」

 それを合図に【アビオンの絶叫】は普段の酒場に戻った。

彼らの主の言葉は絶対だ。ただの余興として流されるだけ。酒場は普段どおりに戻ったが、おそらく二人の禍根は根強く残るのだろう。

 キリシュエータはベイゼルにくしゃくしゃと頭をかき回されているルディエラを一瞥し、瞳を眇めた。ついで複雑な様子を見せているバネットに近づき、その肩を叩いた。


「咎めはしない。だが、お前が闇討ちにあっても私は知らぬふりをするからな」

「は?」

 小さく低く囁いたつもりが、ベイゼルにも聞こえたのだろう。

ベイゼルはバネットの反対の肩をぽんぽんっと二度叩いた。


「生きろ?」

「は?」

 

私の玩具で遊んだ罰としては、十分な仕置きになるだろう。




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