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王道で行こう!  作者: たまさ。
見習いは見た
27/101

その2

 カカっと音をさせて馬の蹄が地面をかいた。

馬上のルディエラの手が反射行動で馬の手綱をひき、突然の命令に馬の足が止まった為だ。


「どうした?」

 ルディエラの背後を並足で走っていたベイゼルも同じように手綱を引き、太ももでぐっと馬の背を押さえ込み、浮かせていた尻を鞍に落とす。

「……あの人、知ってます?」

 ルディエラの眼差しがきつく第二隊の薄青の隊服を見て告げる言葉に、ベイゼルは眉を潜めてそちらへと視線を向けた。


 司祭長にして第二王子殿下リルシェイラ――の子守部隊として名高い騎士団第二隊は、今日もどうやら逃げ出したリルシェイラを探しているのか、あわただしく「あっちだこっちだ」と動き回っている。

 数名の薄青の隊服の男達が、言葉を交し合いながら指であちらこちらと示しているのは、明らかに何かを探している様子だ。


「あの、黒髪の人」


 ルディエラが忌々しそうに言いながら顎先で示す。

ルディエラらしくない反応に眉を潜めながら、ベイゼルは「ああ」と呟いた。

「確かフォード・バネット? バネット・フォードだったか? なんか名前だか家名だかどっちでもいんじゃね?ってな名前だ。詳しくは判らん」

 あいつがどうかしたのか?

そう首をかしげて問いかけたが、ルディエラはその時はすぐに興味を失ったかのようにぷいっと顔をそむけ、さっさと馬首を元の方向へと向けた。


 ベイゼルは意味が判らず、思わずじっと黒髪の男を眺めた。

黒髪に黒い瞳を持つ精悍な顔つきの男だ。ルディエラの大好きな筋肉質という訳ではないが、リルシェイラの子守部隊の中ではしっかりとした肉体を持っている。何より、あのルディエラにしては態度がおかしい。

 普段であれば「副長―、あの人誰ですかー?」と明るい口調で尋ねてくるだろう。だが、先ほどのルディエラは険しい表情を浮かべ、その口調は固く忌々しいというのを隠さない。明らかに好意ではなく嫌悪の類だろう。


だが、バネットとルディエラの間に何の接点も見出せない。

「ってか、俺が悩むことでもねぇし?」

 ぼやきながらベイゼルは自らも馬首をめぐらせた。

ただ、誰に対してもあけすけに疑うこともなく好意を示すルディエラにも、人を嫌うという感情があることに驚いていた。


***


「いいか、お前は酒を飲むなよ?」

 毎度毎度くどいほど言われているルディエラは、隊舎から程近い場所にある騎士団御用達の酒場である【アビオンの絶叫】の一角で唇を尖らせた。

 今日も軍服姿でほぼ占めている居酒屋では、各場所でカードゲームなども行われている。

まったく平和な国だ。


 酒を禁止されているのだからルディエラは酒場など来なくていいのだが、やはり皆が行くといえば一人寂しく官舎で待つのは寂しい。何より今回は鬼隊長ティナンが不在だと耳に入れていた為、ルディエラは嬉々としてくっついて来たのだ。

 それに、店主であるドラッケン・ファウブロウご自慢の牛舌の煮込みも捨てがたい。三日三晩コトコト煮込んだという煮込みはまさしく絶品だ。

「ちゃんと見ているから、あまりうるさく言ってやるな」

 なぜか混じっているキリシュエータ第三王子殿下は、相変わらず銀縁の眼鏡をかけ、一般隊員と同じような騎士団服だった。

 いわゆる変装なのかとルディエラが尋ねると「酒を飲みに来ているのに軍事将軍の黒い衣装に厚地のマントなんてつけていられるか。眼鏡は変装のつもりはない。普段からつけたりつけなかったりだな」キリシュエータは言いながら、ゴブレットの酒を美味そうに一口喉へと流し込む。それを恨めしい気持ちで眺めやったルディエラは、一人寂しく果実水をすすり、ふと店内に入ってきた一団に顔をしかめた。


 第二隊を示す薄蒼の騎士団服。


 今まで気にかけたこともなかったのだが、一度気になると視界の端にどうしても引っかかるらしい。喉に刺さる魚の小骨のように。


「どうした?」

「……いや、なんでもないです」

 第二隊の隊服というだけでイヤな顔をしている場合ではない。

なんといっても来月にはその第二隊に入ることになっている身だ。

毛嫌いしている場合では無い。

 だが、ルディエラの理性がどうしてもイヤな気持ちをむくむくと押し上げてくるのだ。

しかも、数名の隊員が入って来たかと思うと、その後ろから問題の黒髪が顔を出しては、ルディエラの不機嫌――不愉快さも更にゲージを増していく。


出たな、変態。

男にキスする変態めっ。

ルディエラの胸の内でざわめくのは嫌悪感より先に復讐心だった。


 そして相手もルディエラに気付いたのだろう。

ふっとその視線が向けられ、しばらくルディエラをしげしげと観察したかと思うと――嘲るように鼻で笑ったのだ。


 カチン、と頭の中で何かが音をさせた。

鼻で笑っておきながら、そのままふいっと視線をそらして自分の仲間内となにやら話しをはじめようとする。あまりにも腹がたったルディエラは、もっていた果実水をガンっと乱暴にテーブルに押し当てると、引きつるような微笑を浮かべた。


目にモノみせてやる!

 

「殿下、殿下」

 ルディエラは自分の感情を捻じ曲げるように明るい口調で隣のキリシュエータの袖を引いた。

「なんだ?」

「ぼく、こないだ武器庫ですっごいものを見――」

 元気良く声をあげた途端、今にも【アビオンの絶叫】の一角で椅子を引こうとしていた黒髪の男は、勢いをつけてぐるりと身を翻すと、足音も高くルディエラの元へと近づき、わざとらしい声をあげた。


「ちびっ、おまえはちっさいからそんなトコにいるとは思わなかったな。ちょっと来い」

 その表情はひきつり、明らかに怒りを押さえ込んでいる。

ルディエラは嬉々として口を開いた。

「この人と第一隊のっ」

 その口にぐっと大きな手が押さえつけられ、無理やり肩口を掴んで引き寄せようとする。

「いやぁ、まさかこんなところで会えるとはっ。なつかしいな、ちょっと話そうか?」

 まるで古馴染みをみつけたというような言い方だが、勿論ルディエラとこの男は古馴染みでも何でもない。

 その勢いに気圧されたキリシュエータと、そして第三隊のベイゼル配下は呆気に取られた。

「にんじん、知り合いなのか?」

 怪訝な様子のキリシュエータの言葉に、ルディエラは口をふさがれながら「知りません!」と言い放とうとするのだが、それはむなしく「むむむむぅ」という音になった。


「知り合いです。幼馴染なんです。すみませんが、少し借ります」

「むむむ、むむむぅぅぅ」

離せ、変態!という苦情も、謎のむむむむ語に変換されてしまう。

 そのまま小脇に抱えてさらわれそうになったが、幸いその場には昼間のルディエラを記憶しているベイゼルがいた。


「知り合いの訳ないでしょ。で、うちのが何かしたか?」


 やれやれと肩をすくめる。伸ばした手で容易く男の手をルディエラから引き剥がすと、ルディエラは自由になった口で思い切り叫んだ。


「この人、男の人とキスしてました!」


 途端に酒場はどよめき、キリシュエータは瞳を見開き、調子に乗ったルディエラはその勢いのままにさらに爆弾をたたきつけた。


「それを見たぼくにもキスしたんですよ! 酷いっ、変態反対っ」


――シーンっと凍りついたその場で、本名フィルド・バネットは自分の人生ががらがらと音をさせて崩れていくのを感じた。


「きぃぃぃさぁ、まぁっ。

 あそこまでされたら普通黙ってるもんだろう! 貴様に矜持は無いのかっ」

「ぎゃあっ、さわんな変態!」


「男に口付けられたのはお前も一緒だ!」という口封じのつもりでやった行為すら暴露されてしまったフィルドは、その額に変態の文字がさんざんと輝いてしまったのをひしひしと感じていた。






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