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王道で行こう!  作者: たまさ。
日常風景
24/101

その3

もう少しで一月――あと数日で第三隊から第二隊にうつると思うと、ルディエラは口元が自然緩んでしまいそうになるのを必死で堪えた。

「キメェ!」

 しかし第三隊副長であるベイゼルにはルディエラのにやつきは、ばればれだったようだ。

すぱんっと小気味良い音が頭をはたく。音はいいが、しかしそれほど痛くないソレは室内履きだった。


「なにすんですか!」

「男の体みながらニヤニヤすんなっ」

「してないですよっ」


 風呂上りのベイゼルは上半身裸でがしがしと乱暴に自分の頭をタオルでかき混ぜている。

「それに、副長の体は残念な部類ですから嬉しくない」

「ざぁーけんな。っつうかどこ見てんだよ、この変態がっ」

「騎士だというのにズボンの上に脂肪がのってるってどういうことですか。ぼーとくですよ、ぼーとく! あーっ、許されないっ」

 びしりと指をつきつけるルディエラは大真面目だった。


「これぐらい普通じゃ、ボケっ」

 ベイゼルは苦々しい様子で吐き捨てると、言われた自分の腹を軽く摘んだ。

そう、確かに軽く摘めるが、その程度だ。残念な部類などといわれる意味が判らない。

言っておくが一般的な――とは言わないが、その手のお嬢さん方には好評だ。

ちきしょう!

「つうかズボンがちょっときついだけだろうが」

「ふんっ、そうやって自分を甘やかすから、残念な体になるんですぅー」


こぉの、糞ガキ!

ベイゼルは舌打ちし、そのままどさりと自分の寝台に腰を落とした。

――誰がお前の風呂時間を守ってやっていると思ってるこの糞餓鬼がっ。

怒鳴りそうになったが、ベイゼルはふと思い出した。

「お前もそろそろ移動だな」

「そーなんですよ! 第二隊に移動ですよね」

「うんうん、よくがんばった」


俺!――ベイゼルは自分を称賛した。

偉い俺! がんばった俺! すげーぜ俺!


この糞餓鬼と一月過ごさねばならなかった自分は特別ボーナスに値する。騎士団からは無理でもぜひともティナン隊長にはたかろう。酒……いや、たまには女でもいいはずだ。

娼館のそこそこランクではなく、もうちょっと上のランクの女を。

こんな胸なしの女の面倒を一月見る為に外出まで控えたのだ。それくらいは許される。

 妄想の世界に耽っていると、ルディエラが「よくがんばった」の枕言葉を自分のものと勘違いし、きらきらと瞳を輝かせて拳をぐっと握りこんだ。


「ぼくがんばりました! 筋肉もちょっぴり付きましたし、筋肉痛とも仲良くなれたしっ」

「……筋肉? あんま判らん」

 ケっとベイゼルが胡乱な眼差しを向けると、最近首の下辺りまでちょっぴり髪の伸びたルディエラは突然自分の腹部のベルトに手をかけ、バックルが外れないことに唇を尖らせてシャツを一気に引きぬいた。


「この腹直筋を見てもそれがいえますか!」


 えいっとシャツをたくしあげる小娘の色気の無さにベイゼルは脱帽した。

「……も、いいです」

 どうだ見やがれと示されても楽しくない。確かに腹筋はだいぶ鍛えられたようで、女性とは思えない体つきをしている。


たーのーしーくーない。


げんなりとしながらベイゼルは未だ濡れている髪をかきあげた。

「おまえね、だれかれかまわず筋肉出すな。というか肌をさらすな」

 あと数日でこの子供ともおさらばキャホーイと思ったが、色々と心配になってくる。やれやれとベイゼルは吐息を落とした。


「おまえと一緒の部屋で退屈はしなかったよ。だけど、第二隊にうつったらもっとしっかりしろよ? 第二隊は司祭長であるリルシェイラ様の護衛だからな。あっちは厳格だぞ」

――しょっちゅう逃げ出すリルシェイラの子守部隊とか影で言われていたりもするが、それは今はナイショにしておこう。


 しんみりと別れを惜しみ、優しい兄のように瞳を細めてルディエラを眺めるベイゼルに、ルディエラは感極まるように目元を潤ませた。

「ぼくも楽しかったです。副長と離れ離れになっても、ぼくは副長をもう一人の兄みたいに大好きです」

「おうっ」

――兄でも何でもいい。これで縁切りだ。

こいつがいなくなったらここぞとばかりに女遊びに励もう。子守で目を離せなくて辛くて辛くて、そもそも、女が同室にいるというのに手が出せないってどんな拷問だよ。


俺、本気で偉い!


 あと数日で晴れてこの子守生活から脱却だ。

幸せになれ、俺。

しみじみとしているところで、ふいに扉がノックされた。

「あ? なんだこんな時間に」

 二人の視線が扉に向き、ルディエラはシャツをズボンの中に押し込みながらひょいひょいと扉を開きに行った。


「はーい」

 機嫌もよく扉を開いたルディエラが、びしりと固まったのは扉に立っていたのが親愛なる鬼隊長――愛すべきティナン兄だった為だ。

 ティナンは冷ややかな眼差しでルディエラを一瞥し、ついで寝台に上半身裸で座り濡れた髪をタオルでがしがしとかき混ぜていたベイゼルへと更に冷ややかな眼差しを向けた。

「ベイ、ちょっと」

 すっと持ち上げられた手のひら、中指でちょいちょいと招かれたベイゼルは「うっ」といやな予感に呻いた。

「な、なんすか?」

「いいから、来い」

――いいから来なさい。

 という台詞ではないところがそこはかとなくいやな空気を撒き散らし、思わずルディエラはそそくさと飛びのいた。

 ベイゼルは先ほどまでの幸せ気分を一気に吹き飛ばされ、肩を落としてとぼとぼとティナンの許へと歩いたが、そのまま肩をがしりと掴まれて部屋の外に出されたあげく、扉を乱暴に閉めると同時にその扉に押し付けられた。


「ルディエラに筋肉をさらすとはいい度胸ですね」

「俺の筋肉なんざ見向きもしねーよ」

 なんだソコ!


泣きたい。

「そうですね、そんなみっともないものは人目に晒すな」

 残念だとかみっともないとか、もう俺カワイソウ。

この兄も嫌いだ。

「俺は出てるトコはしっかり出ててさわり心地が良くてオトナな女にしかきょーみねぇよ! 誰があんな平面胸に興味あるもんかっ」

「うちのルディを愚弄しているんですか!」


 どういえばいいんだーっ。


上半身裸の副官を扉に押し付け、顔を突き合わせてぼそぼそと低く罵る上官の姿は決して他人に見せてはいけないものだった。

「そんなことより、何よ? こんな時間に何か用があったんじゃねぇの?」

「……忘れていました」

 ふっと押さえ込んでいた肩から力を抜き、ティナンはふいに寂しそうに瞳を曇らせた。

それを見ると、ベイゼルは理解した。


愛しい妹が隊を移動して自分の手を離れるのだ。

この兄にしてみれば寂しいのだろう――自分とは違って。

「ま、心配なのは判るけどさ。子守部隊の連中はうちよりもずっと品行方正……」

 なんといっても仕えているのが司祭長であるリルシェイラだ。

と言葉をつないで慰めようとしたが、ティナンはその言葉に言葉をかぶせた。


「来月もルディエラを頼みます」


……

「は?」

「殿下から来月も第三騎士団で面倒を見ろと命じられました。激しく不本意ですが、致し方ない。そういうことですから」


――俺、俺……俺カワイソウ。



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