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王道で行こう!  作者: たまさ。
日常風景
22/101

その1

 ルディエラが十四になろうという頃に、長兄であるクインザムが静かに告げた。

実家に残っている彼の私室の窓枠に手をかけて、じっと庭先で行われている素振りを眺めていた兄が、まさに唐突に。


クインザムが声をかけてきたことに、ルディエラの近くで同じように素振りをしていたセイムがすっと模造剣を収めて静かに頭をたれて控える。

 ルディエラは気にもかけずにそのまま素振りを続けていたのだが、兄から続けられた言葉は思いもかけないものだった。

「ルディ、そろそろおまえも自分の身の振り方を考える頃合だ」

 その静かな物言いにルディエラは素振りの手を止めた。


――騎士になる。


 そんなことは夢のまた夢で到底かなえられるものではないことを承知している。ならば自分のような娘を示して「身の振り方」などといえばそれは結婚を意味していた。

「私は荷物を抱える気はない」

兄の言葉は辛らつだった。

「結婚について考えるのであれば、いくらでも便宜を図ろう。おまえは貴族階級の娘ではない。だが、おまえの父親も兄達も宮仕えであることにかわりはない。相応の地位のもの、商家に嫁ぐことはできるだろう」

「……」

 結婚。

 女を捨てている気はないが、だからといって結婚に飛びつく気持ちにはなれなかった。

しゅんっと沈んだ妹に、クインザムは淡々と告げた。

「もしくは――自分の食い扶持は自分で稼ぐのだな」

「クイン?」

「この家は父の家だ。出て行けという権限は私にはないよ。だが、先ほども言ったように荷物を抱えるつもりはない。この家のものは誰しも働いている。そうだろう?」

 クインザムは小さく微笑んだ。

「おまえが働くことで自らの糊口をしのぐのであれば、おまえの好きにしなさい。月に銀一枚。家にいれるのであればおまえはこの家で好きに暮らすことが許される。結婚もしなくていい。衣食住に困ることは無い。ただの荷物ではないと自分の存在意義をきちんと示しなさい」

 結局は末の妹に甘いだけの話だった。


 嫁に出すことが最善だと判っていても、自らが育て上げた娘をどこの馬の骨とも知らぬものにほいほいとくれてやる気にはなれない。その日がいつか来るとしても、それが先であればいい。こなくとも構わない。

 世の中には非道な男もいる。最愛の妹の幸せを考えれば見知らぬ男に託すより、今までと変わらず過ごすのを眺めているほうがずっといい。

 クインザムは妹一人養えない男ではない。

父親はまったく当てにしていないが。


 ルディエラはぱっと表情を明るくし、クインザムの申し出に乗り気であることをありありと示したが、兄をからかうように口を開いた。

「クイン兄さまみたいに決断力があって、ティナン兄様みたいに優しくて、バゼル兄様みたいに筋肉質な人がいたら結婚だって考えてもいいけどね」

 クインザムはクっと喉の奥を鳴らした。

「到底無理な話しだから、せめて私程度に留めて――」

 言葉が途中で途切れ、ふとクインザムは視線を剃らした。

「兄さま?」

「……私のような男はやめておきなさい。それより、ルークの名前が出ていないね」

 その話題には触れたくないかのように話しを剃らしたクインザムだった。

自他ともに愛妻家なクインザムだが――自分のような男がルディエラを欲しがったら全力で潰そうと心に誓った。

そんな兄の内心など気付かないルディエラは肩をすくめながら、クインザムが切り替えしてきた四男を思い浮かべてふるふると首をふった。

「ちい兄様は結婚に向かないよ」

――それに、自分も。

 

――兄から提案された銀貨一枚を稼ぐのに、まさか妹がまっとうとは到底言えないことに手を出しまくっているとはさすがのクインザムも気付きはしなかった。


***


「賭け試合?」

 ベイゼルは目をむいて言った。

「家に銀貨一枚いれないといけないから。手っ取り早く賭け試合とかです」

 勿論、いつもセイムから金を巻き上げている訳ではない。

大きなサロンなどで行われている胴元有りの賭博場だ。基本的には中堅商家などの家で行われている闘技場で、勝ち抜き戦などで戦い、一般人に賭けてもらって胴元から給金をもらうのだ。


月に四日、五日で銀貨なら手にはいる。

まさに手軽な仕事だったが、夜中にこっそりと抜け出す為になかなかできないのが難点だ。

クインザムやティナンにだけはばれないようにと気を使っている。もともと二人ともあまり家にいないからいいのだが、侍女のマーティアはこの件に関して決してルディエラの味方ではなかった。


「……おまえ」

「ああ、ぼくってば身軽だし、闘技場でも結構ひいきにしてもらってるんですよねー」

へらへらと素直に言うルディエラに、ベイゼルは前髪をかきあげた。

一度息をつき、二度目は天井を睨み、


「それ、違法賭博だから」


呻くように言った。

「え?」

「国がそんなもん許す訳ねぇだろ、このタコ! 頼むからへらへらそんなこと言うなよ? 本当にまずいんだからな」

 もう二度と言うな、そして手を出すなよ。

 指を突きつけて厳しく言うと、ベイゼルは顔を顰めた。

思わず自分達の部屋内だというのに、まわりをきょろきょろと確認してしまう。

 なんという無防備な馬鹿だろうか。自分だって十分馬鹿だが……何よりも、こいつはティナンの弟――違った、妹じゃないか!


 騎士団長の妹が違法賭博場で賭け試合。

なんて恐ろしい。

ぶるりと身をふるわせたというのに、ルディエラは瞳を瞬いてさらに言葉をつのらせた。


「えええ! 違法なんですか? でもうちの父さんも時々やってるのに!」

「――」

 それはアレか?

この国の騎士団の顧問をやっているあの筋肉ダルマのエリックの旦那のことか。ある意味ティナンよりずっとまずいだろうが。


「そうかー、違法だったのか。だから父さんってばいつもへんなマスクしてたのか!」


……顔を隠して何をしているんだ、あの人は。

頼むからこの親子オレの目のつかないトコにもっていってくれ。

か弱いオレの心臓がもたねぇ。





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