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王道で行こう!  作者: たまさ。
鐘楼の幽霊
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その2

「お酒をもらいに」


「おまえは飲むな!」

「……ぼくじゃありませんよ」

 むっとしながら言い返すと、相手はあからさまに安堵の息をついた。そしてそのまま一旦ゆるりと首をふる。


「私の前で性別を偽ることは無い」

そういわれたところでいきなり、あたしと一人称をかえるのは気がひけた。ルディエラは肩をすくめ、

「うっかり女らしくしたら面倒ですから気にしないで下さい」

と返した。

「女らしい?」

「……なにか?」

「悪いが、おまえのどこをどう見たら女らしいのか、私には一向に判らん」

 何せティナンに女だといわれてもなお信じなかった程だ。自分の副官が嘘を言うともおもえずに「女」であることを認めはしたが、どう見ても女である要素が無い。


思わずひらべったい胸をしげしげと見てしまったが、ルディエラは頓着しようともしなかった。

――……どこが女だ。

 女であれば自分の体をじろじろと見られればそれなりの反応を示すだろう。だが、この面前の小娘ときたら平然としている。

「何言ってるんですか! ぼくは女を捨てたことは一度もない」

「……」

 捨てる部分がなくてこれか。

キリシュエータは乾いた笑みを落とした。

女らしい部分があったとすれば、それはあの艶やかな髪だったろう。癖のない髪を後ろ手に一本の三つ編みで結い上げた様子を思い出す。あの髪を解いてたらし、女らしくドレスを着せればまさか男と間違うこともなかっただろう。


どれだけ胸が無くても。


「殿下、本気で失礼ですよ」

「悪かった」


 ふと、一度着飾らせてみるのも楽しいかもしれないと瞳を細めたキリシュエータだったが、ふるりと軽く首を振った。

 その動作が悪かったのだろうか、突然――キリシュエータの手にあったランタンの炎がふっと消えた。


 小さなランタンの小さな灯り。

しかし場に他に灯りは無く、一瞬のうちに闇に閉ざされたそこでルディエラはひゅっと喉の奥を鳴らし、


「きゃぁぁっ」


と悲鳴をあげ、キリシュエータは慌ててルディエラの手首を引っつかみ、その口にがしりと自分の手を押し当てた。


ルディエラの悲鳴が細長い螺旋階段の内を響き渡り、くわんくわんと木霊した。

「馬鹿か」

 キリシュエータは舌打ちを一つ落とし、耳の奥の鼓膜が震える感覚に眉を潜める。いくら突然闇に閉ざされたといったところで、もともとたよりないランタンの灯り一つ。しばらく待てば闇内といえども目が慣れる筈だ。やはり騎士となるには心が頼りないのかもしれない。

 やれやれと軽く首を振ると、口を押さえ込まれたルディエラは「うーうぅぅっ」と声をあげ、キリシュエータの手から逃れようと顔を振る。


「落ち着けっ。すぐに目が闇に慣れる――見えるように」

「むぅぅぅっ」

じたばたと暴れ、何故か腰の短剣を手にルディエラがもがきながら指を差したのは、キリシュエータの背後。しかしあまりにも相手の動きが激しいためにキリシュエータは思わず力任せにルディエラの腹に拳を叩き込み、落とした。


今にも剣を振り回しそうな勢いが危なすぎる。


 くぐもったうめき声をあげてルディエラが前のめりに倒れこむ。力を失ったからだは柔らかく、ふとそんなことに女らしさを一つ見つけた。

それを合図にしたように、ぴしゃりと冷たいものがキリシュエータの首筋に触れた。

つぅっと生暖かなぬるりと粘着質な液体が首筋を伝わっていく感触、そして、生暖かい息遣い。

 その感覚に瞬時にキリシュエータは理解したが、ルディエラはすでに意識もなくキリシュエータの腕の中だった。


「……すまん、肝試し中だったのか」


「って、殿下ですかっ? アイギルは?」


 背後でわざとらしく鼻息を荒くしている幽霊役の男ナシルは、慌てた様子でいうが、キリシュエータは嘆息しつつ命じた。

「灯りを」

 その声を合図に階段下、そして上から人の気配がやってきて途端にその場は明るさを取り戻した。松明とランタンとで照らし出されたそこには、ルディエラがくたりと気を失っている。


「なっさけねぇなぁ」

「まったく駄目なヤツだ」

「肝っ玉がちいさいな」

 

 にぎやかになったその場で、見習いの情けなさを笑い出すほかの男達を前に、キリシュエータはルディエラを抱えなおした。


「悪いが、コレが気を失っているのは私が落としたからだ。幽霊の恐怖に気を失った訳じゃない」

 彼女の名誉の為にそう言うキリシュエータの言葉に、階段をおりてきたベイゼルは肩をすくめ、そして階段をのぼってきたティナンは主の腕にいる妹を引き取ると、くったりとしている妹をたたき起こした。


途端、ルディエラはがばりと身を起こし、らんらんと輝く瞳で叫んだ。


「金づる!」


 危うく幽霊役の男に短剣をかざして踊りかかりそうになり、ティナンはがしりとルディエラの腕を背後から押さえ込んだ。そうしなければそのまま本気で相手を切り付けそうな勢いだった。

「って、幽霊はどこですか? ええ? ナシルさん? って、ぼくの幽霊は?」

 とっ捕まえて見世物小屋に売りつけないと!

本気で訴えるルディエラの様子に、ベイゼルは頭を抱え、


「おまえどんだけ男前なんだよ」


と呟き、きょろきょろとしている妹の姿にティナンは「可愛いい……」と声もなく唇を動かし、キリシュエータは脱力した。



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