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王道で行こう!  作者: たまさ。
にんじんとトウモロコシの髭
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その1

 わずかな気配にルディは瞳を開けた。

瞬時に手は胸元にある小さな隠しナイフを引き出し、身構える。

けれど部屋に入ってきたのが侍女のマーティアだと知ると、気づかれないようにもとの場所に戻した。


「セイムかと思った。もっと足音をたてて入って来ないと危ないよ」

「まだおかしな賭け事の最中ですの?」

 マーティアは途端に顔をしかめた。

「当たり前。まだ勝負ついてないもの」

 ルディは言いながら、マーティアの持ってきた菓子に手を伸ばした。


 十六を半ばまで過ぎたルディは父親に無理を言って作ってもらった軍服姿だ。

父であるエリックは宮廷指南役であり、現在は騎士団顧問を任されている。ルディはその父に直に訓練を受けているのだが、いかんせんルディは士官学校の入学を認められていない。

 士官学校に入れないのだから軍人になることもない。

それはとても理不尽なことだと思う。

 

 軍服に対しての憧れを強めてせがむルディに、仕方ないと正規軍では存在しない薄緑の軍服をこしらえ、胸にはルディの好きな蜂と花を幾何学模様にした紋章までいれてある。

 親莫迦だと笑われてもエリックとしては苦笑するしかない代物だ。

――いや、エリックならば「親馬鹿」といわれれば相好を崩してその「親馬鹿」っぷりを更に披露してくれることだろう。他人の迷惑など顧みずに。


 剣の訓練は毎日のようにしているし、勉強だってしている。得意なのは算学だからあまり騎士というものに関係はないけれど、それでも一通りの勉強に励んでいる。

 頭のいいすぐ上の兄であるルークも勉強を教えてくれようとしてくれるのだが、生憎とルークの教え方はルディにはむいていない。

 ルークが親切心で教えてくれる勉学はひたすら逃げているので、ルークの得意分野である歴史学とか神学とかは散々だ。

 マーティアにしてみれば「もっと違うことを習うべきですのに」と小言がきそうだが、ルディはまったく気にしない。


「勝負勝負と子供のように、いい加減になさいませ」

「そんなわけにはいかないよ。銅貨10枚賭けてるからね」

「またそんな下らないことを」

 ふふんっと鼻を鳴らしていえば、マーティアがぼそりと言う。

下らない? 

「まったく、莫迦なことをして怪我をしたらどうするのです」

「くだらなくないし、莫迦でもないよ。これだって訓練の一環だもの。何より実用的だし。セイムってば最近気配の消し方が巧いんだよ。うかうかしているとこっちが一本とられてしまう」

 御互い牽制しあっているので、なかなかスキを伺えない。

「兄君さま方、というかティナン様が聞いたらきっと嘆かれることでしょうに」

「……ティナン兄さまなんて嫌いだし」

「あら、また拗ねてらっしゃる」

「拗ねてないよ!

だって酷いじゃないか。最近じゃちっとも帰ってらっしゃらない。いつも殿下殿下って、殿下がそんなに大事かね!」

 あんなのトウモロコシの鬚じゃないか。

勢いに任せて言うと、マーティアは額に手を当てた。

「……ええ、わたくしは忘れておりません。

あの秋を――こともあろうに殿下の御御足(おみあし)をおふみになったあなた様を! おまえなんかトウモロコシの鬚のクセに! と叫んだあなた様を」

 生きた心地がしませんでした。

続けられる言葉に、ふんっとルディは鼻を鳴らした。

 

 このまま小言へと発展するだろうとめぼしをつけて、体の向きを変えて口の中に焼き菓子を放り込む。

 最近マーティアときたら小言が多い。何かにつけて文句を言うし「嘆かわしい」が口癖だ。そうなると何を言っても聞き入れず、ただ延々と小言を言い続けるから、ルディは聞いてるフリをして時々相槌を打つのだ。

 と、視線をそらした窓の向こう――正面玄関に続く道を馬が駆けてくるのが見える。途端にぱっと顔が笑みに変わった。

「兄さまっ」

 言うが早いか、この部屋が二階にあるという現実を無視して窓辺に手をかけ、とんっと床を蹴っていた。

「ルディさま!」

 悲鳴のようなマーティアの言葉を背に受けて、ルディは難なく地面へと着地する。

二階程度おりるのに道具など必要は無い。さすがに三階からおりてみようとした時は、セイムにまで止められたので、以来三階の窓から下りる時は鉤先のついたロープを使うようにしている。

――海賊が使うという接岸用のものを手本にしたのだが、勿論コレだって評判はあまり宜しくない。


「兄さまっ」

「おまえ……またそんなところから」

 上から降ってきたルディに、馬を走らせていたティナンは慌てて手綱を引き、二の足の内側に力を加えて速度を落とし、ゆっくりと近づくと苦笑する。

 八つ違いの兄は、昔とちっとも変わらぬ苦笑で馬からおりると、しげしげとルディを眺めた。

「今日はどうしたの? 連絡も無く来るなんて珍しい」

「近くまで視察で来たものだから、殿下にお許しを頂いてちょっとだけね」

殿下、という言葉にルディは顔をしかめた。

「トウモロコシの髭も近くにいるの?」

「そんな露骨に嫌うものじゃないよ」

 それにトウモロコシの髭は止めなさい。

兄のやんわりとした口調につんっと顎を剃らせる。

「だって嫌いだもの」

「いつまでも子供のようなことを」

 クスリと微笑み、白手に包まれた手を伸ばしてルディの前髪をかきあげてくれる優しい手。

「まったくもう。

10年間も嫌ってられるなんて結構スゴイね」

 苦笑しながらもルディの額にそっと口付けた。

嬉しくてルディは兄の腰に手を回して抱きしめた。

 ティナンほど優しくて素晴らしい人はいないとルディは常々思っているのだ。

 ごろごろと兄になついていると、すぐにルディはその気配に気づいてしまった。

 兄が通ってきた道を、数騎の騎馬が駆ける音がする。それはすなわち――トウモロコシの髭に相違ない。


「なんだ、にんじん。相変わらずおにーちゃん子だな」

 ふんっと、騎馬の上から憎たらしい声がする。

兄の腰に張り付いたまま、ルディは何事か言ってやろうかと口を開きかけたが、慌ててティナンがその口に自らの手でもって蓋をした。

「砦でお待ちの予定では?」

「気が変わった。殺風景な場所で休むより、おまえの家で休ませてくれ」

 勝手な王子はそう言いながら馬からおりた。

相変わらず兄の手がルディの口をふさいでいる為、ルディの暴言はむーむーっとしか聞こえない。それを面白がり、随分と身長の伸びた王子殿下は身を屈めるようにしてルディを覗き込み、ぐわしとその頭に手をおいた。


「なんだ、ちっとも背が伸びてないんじゃないか? にんじん。

肥料が足りてないんじゃないか?」

「むむむっーっ」

「ふふん、何を言っているか判らないな」

「むむーっ」

 聞こえていたら確実に不敬罪だ。


 必死にルディを押さえ込み、ティナンは「殿下、あまりからかわないで下さい」と声をかけたが、すでに彼には面白い玩具とでも認定されたのか、口の端をあげて気にする様子もない。

「珍しい色の軍服だな。そういえばもう士官学校に入っていてもおかしくない年頃か」

「むっむむっーっ」

「ま、おまえのようなチビは弱そうだから士官学校にも入れないだろ」

「むむむむむぅぅぅっ」

「士官学校なんて無理ですよ」

 ティナンは笑った。


「女の子には」


「――は?」

 殿下は一瞬何を言われたかわからず沈黙し、眉を潜めた。

そのスキをつくように、ルディは力いっぱい王子殿下の足を踏みつけ、同時に慌てて手を離してしまったティナンから逃れ、

「この腐れ目玉!」

と叫んだ。


――足先の痛みに「ぐっ」とキリシュエータは身を折り、気色ばんだ騎士達が慌ててルディへと手を伸ばす、咄嗟にティナンがルディを庇おうとその腕に抱きこんだが、騎士達にしてみれば主への無礼が過ぎた。

 剣呑な空気が流れたが、なんとか体勢を整えたキリシュエータは片手をあげて騎士達を下がらせ、

「おまえの足癖の悪さは忘れてない筈だったんだが……に、しても」

 大きく息をつき、ティナンの腕の中で未だに威嚇しているルディを眺め、苦笑した。

「女? これが?」

 これがとか言うな。

そもそもなんて失礼なんだ。立派に女の子だろう。女を捨てたことはただの一度もないぞ。

思い切り怒鳴ろうと口を開こうとすればまたティナンがその口を手で覆いつくす。

「殿下……」

「――謎の物体だ」

 意味不明な呟きにカチンとくるが、そんなルディとキリシュエータの様子にティナンは嘆息し、そっとルディに囁いた。

「ルディ、おまえは殿下と相性が悪いのだから、下がっていなさい。これ以上無礼をするならぼくが許さないからね」

 やんわりとした口調だが、その言葉はルディにぐっさりと刺さった。

優しい兄に言われた言葉とは信じがたく、ルディは唇をきゅっと引き結んだ。その頃に丁度玄関口から現れた家人達に命じて殿下の休憩を告げる。

 それをどこか遠くで聞きながら、ルディはぎゅっと拳を握りこんだ。

――大っ嫌い!!

 怒鳴ってやりたいが、それを必死に押さえ込む。ルディはキっとキリシュエータを睨みつけ、つんっと顔をそむけて駆け出した。

「……すみません、不調法で」

はぁっと嘆息気味にティナンは呟く。

「というか」

キリシュエータは眉を潜め、

「もしかして私が悪いのか?」

一応の確認のように口にしたが、ティナンは口をつぐんだ。

 どう言っていいものか、ティナンにも判らない。だが、ふと気づいた様子でキリシュエータはティナンを見た。

「そもそも、おまえがアレを妹だと言っていれば」

「私は幾度も妹の話しをしたと思いますが」

「――あれのほかに妹がいるのかと思っていたんだ。そもそもおまえのトコは兄弟が多すぎる」

 ティナンは「ルディ」という呼称と「うちの妹」という言葉を確かに使っていた。それが同一のものだと思ったことが一度もない。

「まぁ、あまりお気になさらず」

 

 ティナンは柔らかな微笑みを浮かべ、主を屋敷へと招いた。


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