その3
「うわ、生ゴミ?」
馬房の裏手で壁にもたれてふくらはぎをもんでいたルディエラはその気配に気付いていた。
昼の休憩時間。
今までは休憩らしい休憩もとれずにいたが、少しづつ体が慣れてきているのだろう。いつもよりも多く昼食の為の果物も食べれたし、まだ余裕がある。
馴染み深い軽やかな足取りで顔を出した幼馴染。
「セイム。どうしたの?」
「姉さんから頼まれて、着替えと菓子を届けに」
そういいながら、セイムは持ってきた包みから焼き菓子を取り出すとルディエラの口に放り込んだ。
「ルディ様ずいぶんとさっぱりしましたね」
とは髪のことだろう。
苦笑しながらうなずくと、セイムは荷物を地面におろし、自分も身を沈めるとルディエラのブーツを紐といて慣れた様子でその靴を剥ぎ取った。
ルディエラは抵抗せずに相手のするに任せる。
靴も靴下も抜かれると、冷たい外気が足に触れた。
「……くさい」
「失礼なっ」
「ああ、もぉっ。ミントの葉とかちゃんと使って下さいよ。
そういう細かいトコ本当にやらないですよねっ」
ぶつぶつと言うセイムは、すっと立ち上がると荷物からタオルと彼自身が腰につるしているケースから薬草を取り出し、馬用の水にタオルを沈めて絞ると薬草をタオルにこすり付けて丁寧にルディエラの足を清めた。
ひやりとした冷たさが足を刺激し、すーっと心地よく染み入ることにルディエラは口元を緩めた。
ついでセイムは女性の足とは思われない固い皮膚の足に、ポケットから取り出した軟膏を塗って丁寧に揉みほぐしていく。
ルディエラは慣れたマッサージの気持ちよさに目を閉じて全体重を壁に預けた。
「二週間目だけど、もう随分とずたぼろですね。楽しいですか?」
「うん……まだまわりまで目が、いかないけど……楽しい」
日々精一杯乗り切っているだけだ。
最近では騎士団の面々と会話も成立してきた。ただ意地悪な人間も確かにいたりして、いやみも耳に入るようになったのが少し残念だけれど。
――さすが縁故だよな。それともお偉いさんの足でも舐めて入れてもらった口なんじゃねぇの?
――舐めたのは足じゃなかったりして。
げらげらと吐き出された言葉には悪意のトゲで満ちていた。
最近やっとまわりまで目が向いてきたから気付いただけで、もとからもっと酷いことは言われていたのかもしれない。そう思うとやたらと切ない。
セイムの手でもみほぐされていく足が血のめぐりを良くしてほかほかと暖かい。休み時間はそれほど多くないから眠っては駄目だと思うのに、あふりと欠伸が漏れた。
「セイム……」
「なんですか」
「――しよっか」
「やですよこんなところで」
あっさりと拒絶され、ルディエラはもう一つ欠伸をかみ殺した。
「でも眠いんだ。体を、動かさないと」
「こんなにぼろぼろなのに」
「目ぇ覚めるでしょ」
目元をぐしぐしとぬぐうと、セイムは身を起こしてニヤリと口元に笑みを刻んだ。
「前回と同じで?」
「やだ、二十」
「まだ根に持ってるし」
「とーぜ」
ん――と続けようとした言葉が、ガンっと乱暴に壁を蹴られた振動でたちぎえた。
馬房の壁、その向こう――
「おまえら何の話ししてんだっっっ。って、アイギルっ、そいつは誰だっ」
突然ふってきた言葉に、ルディエラとセイムは視線を向け、不思議そうに瞳をまたたいた。
馬房の窓から顔を出したベイゼル副長は顔を真っ赤にしている。
「賭け試合」
「うちの家人です。あの、何かおかしなこと言いました? っああ! 賭けとかって駄目ですか?」
でも飲み会のときに賭けポーカーをしていた人間もいたのに。
ルディエラの不思議そうな眼差しに、ベイゼルは頭を抱えた。
「おまえなんか嫌いだーっ」
……なんで嫌われてるんだろう?
副長に好かれようと努力しているのに、なかなかルディエラの思うようにいかない。
叫び声をあげてそのまま走っていってしまった副長を見送り、ルディエラは蹴られた反動で軽く痛む背中をさすった。
「かわった人ですね」
「いい人だけどね……ちょっと怒りっぽいんだ。ぼくがすることなすことすぐに怒る」
首をかしげているルディエラをしげしげと見つめ、セイムはやがてしみじみと言った。
「ま、気持ちは良く判ります」
「――どういう意味さ?」
「ルディ様の相手はホント疲れるんですよ」
笑をこらえるように喉を鳴らし、揉み解していた足をぺしんっと最後に叩いた。
「目は覚めたようですね。訓練、がんばって」
言いながらセイムは軟膏でべたつく手をタオルで拭い、ルディエラの軽く異臭騒ぎの長靴の中にミントの葉をもんで放り込んだ。
男のなかにあって女らしさは更に退化したらしい。
――セイムはこっそりと溜息を吐き出した。
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タイトルは「にーちゃんと嫁」現在2話まで。