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王道で行こう!  作者: たまさ。
家族狂奏曲
18/101

その2

つぅっと神経質そうな指先が机の上を走る。

埃などついてもいない筈だというのに、指先を一度確認し、その視線をひたりと弟へと向け親指の腹でこすりあわせて微笑んでいる男は、ティナンと良く似た面差しをしているがその漂わせる雰囲気はまったく違う。

 ただじっと見つめられていることが耐えられず、ティナンは喉の奥に溜まった唾液を無意識に飲み込んだ。


「三男坊、呼びつけてからしばらくたった気がするよ」

「ぼくも忙しいんです」

 固くなる声で答えると、長兄クインザムは微笑を湛え、頬に掛かる髪をかきあげた。

クインザムはティナンにとって物心ついた頃からオトナだった。

この家族の全てを取り仕切る大人。

 静謐な空気を持ち、切れ長の眼差しで淡々と事実を積み上げて「さぁ言い訳してごらん」とうながす恐怖の大魔王だ。

 本来の父親ですら萎縮させ、土下座させて「悪かった」と言わせる最強の長男、キング・オブ・家長である。

 家長である父を完全無視して。

多少の憧れを込めて、実はティナンの髪型は兄に似せてある。

肩甲骨のあたりまで指二本分ばかりを伸ばし、組み紐で一本に結わえてあるのだ。


「一人で来たのかい?」

「……何も指示はありませんでした」

「そぅ? 君には判断力がないのか。そこに気付かなかった私の落ち度だな――じゃあ、戻る時には是非とも土産をもっていっておくれ。ルディに」

指先で示された包みをちらりと見て、ティナンは内心でぶつぶつと呟いていた。


殺すなら殺せ。


こうじりじりと生殺しにするのは本当に勘弁して欲しい。

クインザムは穏やかともとれる微笑を湛えたまま、自分の弟を優しく――やさしーく、見つめている。慈愛に満ちた微笑だ。

「私のナーナが作った肌着と室内靴だよ。きっとあの子も気に入るだろうから」

 ナーナというのは、クインザムの妻だ。彼の領地に暮らしている為、父親の家であるこの邸宅には暮らしていない。

「ルディは、元気にしているかい?」

「元気ですよ。かわらず」

「そう、ならいいんだ」

 さらりと言われた言葉に、ティナンはほっと安堵の息をついた。

怒られるものと決めてかかっていたものだが、クインザムにはその気が――


「何かあったらたたじゃすまないよ」

 一旦安堵したからだが、一気に緊張でぶわりと鳥肌をたてた。

「でも丁度いい。あの子もそろそろ年頃だ――男達を良く見て、目を養うのは悪いことではない」

「はい?」

「あの子ときたら何故か趣味が悪い。だがそろそろ嫁に行くことも考えなければ。

嫁になど行かなくともいいが、おかしな男に引っかかるのも困る。

いい相手を是非とも見つけてくれるといいのだけれど」

「って、兄さんっ?」

「なんだい?」

「――騎士団にいることを怒っているのではないんですか?」

 自分から触れたくはなかったが、思わず口にしていた。

絶対に怒っていて、それを自分にぶつける為に呼び出したに違いないと思っていたが、兄の口から出た言葉はまったく違う。


「怒ってやいないよ。私はあの子が騎士団に入りたいというとは承知している。まさか本当に入り込むとは思ってはいなかったが、まぁ、さすがあの子だ。何事もがんばって欲しいものだね」

 

 さらりと言われた言葉に、今度こそ安堵した。

やんわりとティナンの口元に笑みが浮かんだところで、クインザムは口角を上げた。


「悪いのは馬鹿殿下とおまえだから。私はあの子に怒ったりしない」


 怒ってるじゃないか……


「騎士団ならばあの子の目に適うものもいるだろう。まかりまちがっておかしな男に惚れたとしても、周りにいるのは身元のはっきりとした者達だ。消すなり飛ばすなり考えようはある」

 さらりとまずそうなことを言っている気がするが、ティナンはソコは流した。

「ルディエーラはまだ十六ですよ。結婚なんて早い」

「私のナーナは十六で嫁いで来たよ。早いことはない。ルディもあの髪を結い上げて大人しくしていれば誰よりも愛らしい淑女になれる。欲しがるものは多いだろうね。良い相手が見つかるといいが」


 あの髪を結い上げて……

その結い上げる髪は、おそらく三年は待たねば伸びません。

ティナンは口の端を引きつらせ、視線をつつっとずらした。

 兄にもルディエラの髪を分けてやろうと思っていたティナンだが、とりあえずしばらくは止めておこうと胸元を押さえた。

 しかしいつまでも自分ひとりで持っていたら後々が恐ろしい。いや、だが……


「兄さんは、ルディエーラがあんな場にいて危険だと思わないんですか?

ぼくは一刻も早くあの子が家に帰るほうがいいと思うのに」

「私はずっとあの子が努力していたことを知っているからね。やりたいと願うことであれば何でもさせてあげたいと思っているよ? ただし、それはあの子の何かを損なうことであってはいけない。できればセイムをつけたいところだけれど」

 損なう……

にっこりと柔らか穏やかに積み上げられている台詞に、ティナンは兄が何を知っているのか気に掛かって仕方なかったが、表面上はそれをひたかくした。


「セイムを騎士団にいれようなんて、無茶です」

「判ってるよ。言ってみただけだから」

 クインザムは微笑し、細めていた瞳を真摯に三男へと向けた。

「うちの次兄には言わないほうがいいだろうね。あの子ときたら直情的だから――もしルディが男ばかりの場所で暮らしているなんて知れたら、暴れそうだね。あの子はルディに夢を見すぎていて、かよわい乙女だとでも思っているから……もしルディに何かあったら相手をあの大剣で八つ裂きにしてしまいそうだね。まぁちょっと楽しそうだけど」

「……」

「あの子ときたらうちに来てルディがいないっていうんでとても悲しんでいたよ。まったく面白い。まるきり繊細なお人形のように思っているのかな。あの無骨な手でルディの髪を結い上げたくて仕方ないんだろう」


 ティナンは降参した。

「――すみませんでした」

「何がだい?」

「……ルディエーラの髪を切ったこと、ご存知ですよね」


反省しているのでずくずく生殺しでいたぶるのはもう止めて下さい。

自己申告したティナンだったが、クインザムは微笑んだ。


「女の子の髪を、切ったんだ?」

へぇ? と続ける兄に、ティナンはさぁっと血の気が下がるのを感じた。


完全な墓穴(ぼけつ)……いや、もう率先して自分で墓穴(はかあな)を掘るので、今すぐ入らせてください。



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