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王道で行こう!  作者: たまさ。
見習い奮闘記
15/101

その4

 頭の中で「大嫌い」という言葉が幾度も幾度も木霊する。

くわんくわんっと果てしなく。

しかも泣きはらした真っ赤な瞳で自分を上目遣いでみあげてくるルディエラの顔。

 呆然自失しているティナンの横、キリシュエータは行くあてを失った手を幼馴染の肩にぽんっとおろした。


「なんだ、その、つまり。生きてるか?」

「……殿下の、殿下のせいです」

 ゆっくりと視線をさげてうつむいた彼の副官は、まるで呪いの言葉のように低く恐ろしい言葉を呟くと、ぎぎぎっと酷くゆっくりとした動きで自分の主を睨みつけた。

「殿下のせ・い・ですっ」

「だから、自分のせいだろうが」

 そんな二人のぼそぼそとしたやりとりなど知らぬ他の騎士達ときたら、相変わらず酒をすき放題に飲みながら騒いでいたが、深い溜息と共にキリシュエータは気付いた。


「誰がここの代金もつんだ?」


***


 頭から酒を掛けられたルディエラを第三騎士団の宿舎に連れ戻ったベイゼルは、まるでモノのようにどさりと浴場にルディエラを放り込んだ。

「酒臭い! きちんと洗い流せよ」

「ふぁーい……」

 ルディエラは曖昧な返答を返し、酒で張り付いた自分の髪を引っ張った。

頭がくらくらとするのは酒が過ぎたのだろう。自分の行動もどこかあやふやだ。大泣きしてしまった為に目元もばりばりとする感じだし、どこかはれぼったい。

 隊服のまま浴室へと放り込まれた為、はめ込まれた石タイルの上でもそもそと衣類を剥ぎ取り、夕方以降であればいつでも入ることができるようになっている湯船の中に入り込んだ。

 確かに「湯船に入る前に体を洗え!」といわれていたが、失念した為に酒まみれのまま入り込んでしまった為なのか、浴室全体がふわりと酒臭い。

 ほわほわと漂う湯気と酒気。

 縁の辺りに顎を乗せてぼんやりとしながらルディエラはまたしてもじんわりと眦があつくなるのを感じた。

「――にぃーさまー」

 最近のティナンは怒ってばかりだ。

以前のように優しく頭を撫でてもくれない。瞼にキスもしてくれない。抱きしめてもくれない。

 兄のことを考えるとせつなくて涙腺が緩んでしまうが、もともとこんなに泣き上戸な性質ではない。こんな自分は嫌いだ。


「嫌い……嫌いだ」

 こんな自分大嫌いだ。

ほわんとした空気が、酒気が体にまとわりつく。くったりとしたままルディエラは瞼を閉じた。

 自分はいったい何をしているのだろう。

兄さまはきっと今も怒っているに違いない。あの優しい兄さまをこんなに怒らせるなんて自分は凄く最低だ。

 とりとめもない思考がぐちゃぐちゃと巡る中、ぐったりと湯船の淵に腕を預け、その上に顎を乗せてルディエラは思考を弱めていった。

 暖かくて、ほこほこして、とても……眠かった。


「アイギール、おいっ、どんだけ長風呂なんだよ」

 ベイゼルは困惑していた。

放置してやっても良かったが、結構な酒量を飲んでいたのを知っている為にうかつに放置できない。だからといって浴場を覗く訳にもいかず、どうにも困った現状だった。


――俺が好きなのはガキじゃなくて、出るとこは出て締まるとこは締まったイイオンナだ。


 具体的に言えば、王宮を挟んで反対側にある警備隊所属の事務補佐官、心の恋人ナシュリー・ヘイワーズ中尉のように、巨乳だ。

 たとえ先日、酔いに任せてその中尉の胸をちょっとだけ、ほんのちょっとだけ親愛の情を込めて撫でた――鷲づかみした――だけでそのまま情け容赦なくボコボコにされてしまったとしても、心の恋人の地位は微塵もゆるんではいない。

 オレは決して教育途上のガキなんぞに用はない。

 三度程頭の中で唱え、よしっと呟くと思い切って浴室の扉をひらいて怒鳴ってみたが返事が無い。

 嫌な予感がして覚悟を決めると、はたしてそこで見たものといえば湯船の中で寝ているルディエラだった。


「ばーかーやーろぉぉぉ」

 湯船から伸びた両腕組むようにして、その上に顎を乗せてくーくーと寝ている。これを引き上げて着替えさせろって?


 これは据え膳?

いやいや、これに手を出したらどんな恐ろしいことがあるか知れない。なんといってもあのティナンの妹で、そしてエリックの愛娘なのだ。

「おまえは悪魔か!」

 ののしりながら、それでも誰か呼ぶ訳にもいかないベイゼルは仕方なくルディエラを浴室から引き上げた。


 白い肌が湯中りの為か、それとも酒の為にかほの赤く染まっている。見てはいけないと思いつつ、それでも「これくらいは役得がないと」などと抱き上げた少女の体をちらりと眺め、絶望に呻いた。


「……おまえ、第二次成長くらいしとけよ」


 立派なまな板だった。

体を鍛えた為だろう。胸というよりは胸筋(きょうきん)と湛えてやりたい。

もめば育つだろうか……

――うわ、なんだろ。泣きたい。

 確かにこれでは女とばれないだろう。なんだかいたたまれない気持ちになって、片手で器用にその体にタオルを掛けてやった。

さて――着替え、着替えね……


「なんだろね、この楽しいようで楽しくないの」

何だか可笑しくて、ぶふりと噴出した。


 おとーとがいたら、こんなかもしれない。

とりあえずコレを見て欲情するような事態にならなかったことにホッとした立派な成人男性ベイゼルだった。


***


「私はタダ酒を飲みに来ただけなのになー」

 嘆息交じりに皮の財布からコインを出す軍事将軍に、しかし名高き【アビオンの絶叫】の主人ドラッケン・ファウブロはあっさりいった。


「足りやせん」

「……まけろ」

「まかりませんなぁ! うちは安全安心、明朗会計。お上御用達ですぜ」

「私がお上だ」

 第三王子殿下が口元を引きつらせても、ドラッケンはふふふんっと鼻を鳴らした。


「まかりませんなぁ!」

ドラッケン・ファウブロは殿下といえども負けません!

 


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