プロローグ
ルディは不機嫌だった。
この不機嫌を何かで示せと言われれば、地団駄を踏んで、その表情で、全身を使って示したことだろう。とても、とてつもなく不機嫌だった。
八つ年の離れた兄が帰宅した。
それが原因では勿論無い。
むしろ兄が帰宅したのはとても喜ばしいことだ。
十四で全寮制の士官学校に入った兄ティナンは、季節ごとの長期休暇しか自宅に戻ることがない。
その待ちに待った休みで、ルディはティナンからはじめて貰った手紙を握り締めて心から兄の帰還を今か今かと願っていたのだ。
毎日毎日、侍女のマーティアに「今日は何にち?」「兄さまは、あといくつ寝れば帰ってくる?」とせがむように言って、最終的にマーティアに苦笑と共に「もう堪忍して下さいませ」とまで言われてしまった。
彼女には彼女の仕事があるのだが、それを邪魔する程の勢いだったのだ。
それに呆れて、マーティアの弟であるセイムが手作りの「若様帰宅カレンダー」を作ってくれた。単純に木板に数字を書いてあり、数字がカウントダウンされているものだ。
それを毎日セイムと二人、ナイフで削る――削り取られたそれは、とうとうもう残りもなくなったのは昨日。
――そう、兄であるティナンは帰宅した。
彼の友人であり、そして主人を連れて。
「なんだ、このちび」
兄さま―っっっ、と元気に声をあげて玄関から飛び出したルディはびしっと固まった。兄一人が帰宅すると思っていたというのに、そこには馬車が二つ、馬に乗った騎兵が数名。明らかに兄の帰宅というには物々しい様相だ。そして馬車からおりた兄は馬車の中に話しかけていたのだが、その後に続いて降り立ったのは艶やかな金髪の青年だった。
「兄……さま?」
ルディは怖くなってたたらを踏んだ。
――母代わりである長兄が苦笑しながらルディを招こうとするが、それすらルディには見えない。
おりたった金髪の少年は尊大な様子で「なんだ、このちび」と言いながら口の端をあげた。
兄が苦笑する。
「ルディ、おいで」
「……兄さま」
「こちらの方は第三王子殿下、キリシュエータ様だよ」
きちんと挨拶して。とティナンは言うが、挨拶するより先に、その第三王子殿下はぐしりと手を伸ばし、ルディのお日様のような赤みの強い金髪の頭に手をおき、ぐしぐしとかき混ぜたあげく、
「にんじんみたいだな」
と言った。
兄達とは違う色が小さなルディにとって気になるその髪を。
けれど兄達が綺麗だと言ってくれる髪を。
よりにもよって大嫌いなにんじん!?
ルディはその瞬間、力いっぱい王子殿下の綺麗なブーツの先を踏みつけた。