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『「お姉ちゃんなんだから」はもうおしまい――灼熱の辺境で極上アイスを売っていたら、実家と元婚約者が干涸びて土下座しに来ました』

掲載日:2026/11/02

「くぅぅっ! 生き返るぜ!」


気温四十五度。陽炎が赤土の道を揺らす灼熱の街、エル・サハラ。


冷菓店『スノー・ベル』には、今日も長蛇の列ができていた。


「シアちゃん! マンゴーをダブルで!」


「はい! 今日もお仕事お疲れさま!」


シアが指を鳴らすと、硝子ケースに白い冷気が舞う。


氷魔法で冷やされたアイスは、絹のように滑らか。黄金色の果肉が甘い香りを放った。


「うめえ! この一口のために働いてるようなもんだ!」


「ふふっ。嬉しい!」


シアは心から笑った。


半年前まで、笑うことさえ忘れていたのに。


『お姉ちゃんなんだから、マイアに譲りなさい』


母の口癖だった。


玩具も、ドレスも、誕生日の贈り物も。妹が欲しがれば、すべて奪われた。


それでもシアは、傾いた伯爵家を支えるため、帳簿を整え、領地の結界を維持し、必死に働いた。


役立たずと蔑まれた氷魔法も、寝る間を惜しんで磨いた。


けれど、婚約者まで奪われた。


『僕はマイアと結婚する。君は可愛げがないんだ』


『お姉様、お姉ちゃんなんだから祝福してくださるわよね?』


母まで冷たく告げた。


『シアは修道院へ入りなさい。家のために我慢するのよ』


その瞬間、心の奥で何かが切れた。


(……もう、いいわ)


翌朝、シアは自分の貯金だけを持って家を出た。


向かったのは、氷が宝石より高価な南の辺境。


そこで初めて、役立たずだった魔法が人々を笑顔にした。


「シアさん、山羊乳を持ってきましたよ」


振り返ると、自警団長のレオンが立っていた。


褐色の肌に、優しい琥珀色の瞳。


行き倒れかけたシアを救ってくれた恩人だ。


「ありがとう! 新作の試食もお願いね」


「あなたのアイスなら、何杯でも」


「もう。褒めてもおまけはしませんよ?」


「では、笑顔だけください」


「……レオンさんったら!」


頬を染めた、そのときだった。


「シアァァ! ようやく見つけたぞ!」


客の列を押しのけ、三人が転がり込んできた。


埃まみれの母。化粧の崩れたマイア。そして、唇のひび割れた元婚約者ルファス。


「……まあ。お久しぶりです」


「水を! 氷をくれ!」


ルファスがカウンターにすがりつく。


「お客様、列の最後尾へどうぞ」


「ふざけるな! 僕は公爵家の人間だぞ!」


「ここでは皆様、同じお客様です」


周囲から冷たい視線が集まった。


母が金切り声を上げる。


「シア! 今すぐ帰っておくれ! 領地が滅茶苦茶なのよ!」


「そうですか」


「帳簿も税金も分からない! 結界まで壊れかけているの!」


「まあ、大変ですね」


「他人事みたいに!」


「他人事ですもの」


母が絶句した。


ルファスが慌てて前に出る。


「僕も悪かった! マイアとの婚約は解消する。君をもう一度婚約者にしてやる!」


「まあ」


シアは目を丸くした。


「マイアを選んだのは、あなたでしょう?」


「彼女のほうが可愛らしかったから……」


「今は?」


「君のほうが有能だったと分かった!」


店先が静まり返った。


シアは思わず笑った。


「ふふっ。正直でいらっしゃるのね」


「だったら!」


「お断りします」


「な、なぜだ!」


「私は、あなたの便利な帳簿係ではありませんから」


「お姉様!」


マイアが地団駄を踏んだ。


「ひどいわ! 私だって苦労したのよ! お母様は怒鳴るし、ルファス様は私を役立たずって言うし!」


「そう」


「お姉ちゃんなんだから、早く帰って助けてよ!」


その言葉に、シアの笑顔が消えた。


レオンが一歩踏み出す。


「シアさん。俺が追い返しましょうか」


「ありがとう。でも、私に言わせて」


シアは三人の前に立った。


「母様。私はずっと、お姉ちゃんだから我慢しろと言われてきました」


「それが長女の務めでしょう!」


「ええ。だから最後に、全部譲って差し上げたんです」


「……何?」


「家も、領地の仕事も、婚約者も。マイアが欲しがったものは、すべて」


マイアの顔が青ざめた。


「でも、そんなの……!」


「欲しかったのでしょう? なら、自分で大切になさい」


「できるわけないじゃない!」


「私には、できて当然と言ったのに?」


誰も答えなかった。


シアは静かに息を吸った。


「私はもう、誰かの犠牲になるために生きません」


母の唇が震える。


「……シア。母親を見捨てるの?」


「母様は、私を娘として見てくださいましたか?」


母は目を逸らした。


「私はずっと、褒めてほしかった。たった一度でいいから、頑張ったねって……」


声が震えた。


「でも、もう待ちません」


熱風が白いエプロンを揺らす。


「ここには、私を必要としてくれる人たちがいます。そして、私もこの街が大好きです」


「シア……!」


「さようなら。もう、お姉ちゃんの役目はおしまいです」


ルファスが赤土に膝をついた。


「頼む! 帰ってくれ!」


母もマイアも額を擦りつける。


「お願いよ!」


「お姉様、助けて!」


シアは首を横に振った。


「お帰りください」


レオンが自警団員を呼び、三人を店先から退かせた。


泣き叫ぶ声が遠ざかる。


シアは、もう振り返らなかった。


「シアちゃん!」


常連の港湾労働者が叫ぶ。


「よく言った! 今日は俺がトリプルを買うぞ!」


「俺もだ!」


温かな笑い声が広がった。


シアは目元を拭い、銀のスクープを握り直した。


「はい! お待たせしました!」


夕暮れ。


客足が途絶えた店先で、シアはレオンに小さなカップを差し出した。


「新作の蜂蜜ミルク。食べてみて」


レオンが一口含む。


「……甘いな」


「甘すぎた?」


「いや。幸せな味がする」


「大げさね」


「本当ですよ」


レオンは真剣な瞳でシアを見つめた。


「あなたが笑っていると、俺まで幸せになる」


「……え?」


「だから、これからも隣で笑っていてほしい」


シアの頬が熱くなった。


四十五度の暑さのせいではない。


「……それって、告白?」


「そう聞こえませんでした?」


「聞こえたけど……!」


二人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。


「じゃあ、明日も一緒にアイスを食べましょう」


「明後日も?」


「ええ」


「来年も?」


シアは彼の手をそっと握った。


「……ずっと、でもいいわよ」


夕映えに染まる赤土の道。


熱い風が、椰子の梢を揺らしていた。


銀の匙ですくった白いアイスが、二人の舌の上でふわりとほどける。


「冷たいね」


「ええ。でも、心は温かいわ」


遠い日の、かじかんだ記憶。


誰かのために我慢し続けた日々。


そのすべてが、甘く優しく溶けていく。


南の宵空に、一番星がともった。


かつて役立たずと呼ばれた氷魔法は、今や街の宝物。


そして、誰かに譲り続けた少女は、ようやく自分の幸せを手に入れた。


もう、我慢しなくていい。


この人生も、この恋も、この笑顔も。


二度と、誰にも譲らない。



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― 新着の感想 ―
僕は次男なんで、よく兄のお古を着たり使ってましたね。 勉強机を買ってもらったのは、中学生になってからでした。      シア、いや花守様の笑顔を守る事だけが、僕の生きがいなんです。 なんてね
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