3,長野県
2025年4月6日。
長野県のとある植物園にて。
この場所で働く24歳の男、杉村匠海は浮かれている。
髪はきちんとセットしてある短髪。
少し垂れた目、身長は170ちょいぐらい。
植物園に就職してから、そこそこの生活を送っていた。
職場の人との関係も良好、やりがいのある仕事。
けれど、それだけでは何かが足りなかったのだ。
なんと言えばいいのか、娯楽?みたいなものを求めて探していたような。
杉村には彼女はいない、夜のベットでお決まりの行為で自身を癒してくれる人はいないのだ。
生活が上手くいっているだけでは満足できなくなっていた。いわゆる刺激不足だ。
休憩時間に吸うタバコだけでは何かが物足りなかった。
そんな日々に終止符を打ってくれたのは…
「たくちゃーん。」
杉村の上司、小木克己だった。
もう少しで還暦を迎える年齢のおじさん。
髪の毛は少し白髪が目立ち、ほうれい線も目立つようになっている。
「どうだい?今日の調子は?」
「いつも通りですよ。
小木さんが例のものを渡してくれるならね。」
「分かってるよ。たくちゃんのおかげで俺は今もここにいられるわけだしな。」
小木は笑いながら答えた。
ここに就職した時からいた人で、よく言えばすごい気さくな人で、悪く言えば人のプライベートにズカズカ入ってくるような人だ。
職員全員をあだ名で呼び、杉村は「たくちゃん」と呼ばれている。
杉村はそんなに人との距離が近い性格ではなかった。
それなのになぜ小木と距離がとても近くなったのか?
その理由こそが、杉村に新たな刺激を与えてくれるものだったのだ。
とある日、個人的な用事で小木を尋ねなければいけない時、植物園の中を探し回った。
どこを探しても見つからず、帰ってくるのを待っていた時、人気のない細い通路で小木が何かをしているのを見かけたのだ。
何かを吸っている?
問い詰めてそれが何なのかすぐに分かった。
「麻薬。」
普通なら警察に通報するべきだろう。
だが、杉村は刺激を求めていたのだ。
その麻薬を試してみたくなってしまった。
これが彼を見逃した理由。
「この件には目を瞑るので、自分にも麻薬を分けてくれませんか?」
交渉は成立した。
そこからは、決められた日にちに小木から麻薬を受け取るようになり、その日は心が高まるのだ。
「こちらこそ、小木さんから刺激を貰うことができて感謝してますよ。」
「刺激?」
「はい、悲しいことながら自分は女経験が全くなくて心が癒えない毎日でした。
ろくに趣味もなくて。
でも、小木さんから貰うそれを吸うと心が安らぐというか。」
「ハハハ、そうかそうか。
なら良かった。でも、たくちゃんならいい彼女ができると思うけどねぇ。」
「そうだといいですけどね。
そうなった時は、この取引も終わりにしようと思ってますよ。」
そうは言ったものの、なかなか出会いはない。
職場の人間で綺麗だなとか、可愛いなと思った女性には彼氏がつきものだったし、その他はおば様方が多いのだ。
そんな職場で彼女が作れるかなんていうのは望み薄としか言いようがなかった。
仕事の時間が終わり、最初に小木を発見した所へと杉村は向かう。
そこでいつも受け取るのだ。
小さな袋を持参してその中に入れてもらう。
「ありがとうございます。」とだけ伝えて家に帰る。
この時の帰宅だけはいつもよりも足取りが少し軽くなる気がするのだ。
家に帰れば楽しみが待っていると考えると嬉しくてしょうがない。
車で家に帰り、駐車場に車を止める。
外に出た時、謎の違和感を感じ、違和感の方に顔を向けてみたが何もいない。
おそらくは浮かれていたことと、バレたらマズイものを持っている緊張から生まれた違和感だと結論づけた。
杉村のアパートは一直線に長く、手前の通路は狭いが、奥が一人暮らしにしては、かなり広い部屋になっている。
軽く夕食を済ませ、風呂にも入った。
その時も、頭の中にあるのは全て麻薬のこと。
早く吸いたい、立派な中毒になりつつある証拠だろう。
これまで虚無になる自慰行為をしていた時間が、危ない薬の時間に変化してしまっていた。
本人はそれが刺激になっていること、いつか飽きが来てしまうのではないかという不安にハラハラ感を抱いていたのだ。
全ての作業を終了し、そろそろ眠ろうとして電気を消す。
布団に横になろうとした時、ふと玄関の方から何らかの気配を感じたような気がした。
車から降りた時に感じた違和感と同じような…
そっちを見ると、暗い通路の玄関に1人の男がたっていることに気がついた。
パチッ…
瞬きをした…男が少しこちらに近ずいたように見える。
パチッ…
パチッ…
2回瞬きをして、さらに距離が縮まる。
これは一体何なのか?
明らかに人間の動きに思えない。
玄関の鍵をかけ忘れたという訳ではなさそうだ。
パチッ…
パチッ…
パチッ…
焦りから瞬きの数が増える。
その度に、男は自分に近ずいて来る。
麻薬を使ったことで幻覚を見ていると杉村は考え、布団に横になり、目をパチンと閉じた。
少しの時間が経つ。
呼吸が荒くなった杉村は恐る恐る目を開けてみる。
その光景に度肝を抜かれた。
なんと、天井と自分の間にあの男が浮いていたのだ。
こちらを見る目は死んでいるのに、目から下はものすごく不気味な笑みを浮かべている。
「ああああああああぁぁぁ!」
パチッ…
叫び声をあげたのと同時に瞬きをしてしまう。
男の顔が杉村の鼻とくっつきそうなぐらいまで近ずき、杉村の叫びはさらに過激さを増す。
その後、眼球が飛び出し、口を大きく開いたまま杉村は布団の中でこと切れた。




