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瞬き  作者: アズキ


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2/5

2,青森県

2025年4月2日。

青森県のとあるスーパーで働く主婦の江橋杏梨えばしあんりは常に憂鬱だった。

年齢32歳、バツイチで子持ちではない。


離婚したのは去年。

子どもは元旦那に連れられて今はどこにいるのか、連絡すらも取らせてくれない状況にある。

原因は江橋が主婦として向いていなかったということだ。


教育方針が昭和と言われてしまう育て方。

旦那が帰ってくれば子どもの体には痣ができている。

そんな状況を見かねた旦那に離婚を迫られ、子どももそっちについて行った。


今はスーパーの店員として何とか生活を食いつないでいるという状況だ。

別に、バツイチが問題という訳では無い。

すぐに立ち直ろうとしてはいたし、実際は時間が経てばすぐに忘れられることだった。

自分に非があったことは認めているし、立ち直り、直そうとも思っていたのだが、状況はそうもいかない。


今日も今日とてスーパーのレジでお客様の対応をする。

今となっては袋に商品をお客が入れるようになって「その入れ方したら下が潰れるだろうが!」などのクレームをされなくなったのは嬉しいこと。

まぁ「袋入れてくんないのかよ…」と、今の摂理に慣れない老人も何人かいるが…


自分たちが子どもの頃のスーパーで働くよりはずっといい環境になったと思われる。

ではなぜ、この仕事をしている最中が憂鬱なのか、その悩みの種が今日もやってきた。


黒髪のボブヘアーにかなり濃い化粧、男でも寄り付かせたいのかと思えるほどのスカートを履いて、上着も少し露出を感じさせる服装の彼女は黒澤美香くろさわみか

彼女が江橋にとって、最大の悩みだ。


黒澤はこぞって江橋のレジに来る。

他のレジが空いていても、そっちには行こうとしない。

そしてレジに来るなり、江橋に話しかける。


「ねぇ、これ、レジ通さないでくれる?」


ボソッとそんなことを言われる。

江橋はその通りに、レジを通さないように他のものに商品を重ねてスキャンするのだ。

こんなことをしなければいけないことが憂鬱。

いつかバレてしまうのではないかという恐怖。


黒澤に従わなければならない理由は、ただ1つ。

ママ友界隈で、彼女は絶対的な地位を確立しているからだ。

まだ子どもが小学校に通っている時に入ることができたママ友界隈。

そのトップが黒澤なのだ。


運よくその黒澤と江橋は仲良しになった。

それが今となっては1番の後悔となっている。


離婚した時、その理由を江橋は誰にも明かさなかった。

ただ1人、黒澤を除いて。

彼女は信用できる友達だと、親友のように感じていたのに、この秘密を握ったことをいいことに、レジで商品を通さないように要求してくるようになった。


離婚したあともママ友は自分に優しくしてくれている。

旦那が周りに暴露するタイプではなかったし、そもそもバツイチになる理由を周りに知られたくなかったのだろう。

ママ友のおかげで精神を病まずにここまでこれたというのに、黒澤に逆らってしまえばそれも終わり。


元々、人との関わりがそんなに得意ではなかった江橋にとってそんなことができるわけもなかった。

だから仕方なく、彼女の要望を毎回飲むのだ。


彼女がスーパーに来ない日は幸せとも言える。

仕事のやりがいを見つけ、給料を貰い、家に帰って1日を終える。

前まで、心の拠り所だった黒澤が今では悪魔に思えてしまうのだ。


今の状況を崩したくない、その1つの思いだけで、黒澤の行動に目を瞑るようになった。

例え、彼女がしていることを公にしたって、誰も信じやしない。

証拠だって、江橋自身が消してしまっているし、彼女は街ではいい顔をしているのだから。


証拠を作るようにレジを通して見たとしても、これまでの罪が自分に降りかかるし、スキャンする時は鋭く黒澤に監視されているのだ。


状況を悪化させない為には見ないふりをする他なかった。


黒澤が帰ったあとは、嵐が去ったかのように心が穏やかになる。

職場の人とも仲が悪い訳ではないし、自身が家庭を持っていた時に後悔したためか、人よりも仕事をこなすようになったし、人に優しくするようになっていた。

職場の人たちも優しいし、自分も嫌われている訳ではなかったのだ。


そしてあっという間に閉店の時間になる。

江橋はいつも、閉店作業で人一倍動く。

これが罪滅ぼしにでもなるなら、なって欲しいと願っている。


1人1人が帰っていく。

残りの作業が1人で十分になると、江橋は他の人を帰らせる。

「残りは自分がやりますから」と。


全ての作業が終わり、自分の自転車の場所に行き、鍵を開ける。

サドルに乗ろうとした時、横からとある視線を感じた。

横を向くと、暗がりに誰かが立っていることに気がつく。


ガタイ的に男だ。

何のようなのか、なぜこちらを見ているのか分からなかった。


パチッ…


瞬きを1回した。

何かがおかしい。

その男が少し自分の方向に近ずいたように見える。

男はいかんせん何も言わずに、その場に留まっている。


パチッ…


もう一度瞬きをした。

さらに男がこちらに近ずいた。

暗がりの中に男の顔が見える。

中年ぐらいの男で、髪は少し薄くなりかけていて、目は死んでいる。

表情は真顔だった。


その時、風が江橋の目を乾燥させる。


パチッ…

パチッ…

パチッ…


一気にこちらに男が迫ってきた。

そして次は口元がピクピク動いている、笑顔になろうとしているがなれないといったような動き。


怖くなり、自転車に跨った時、とあることに気がついた。

自転車に跨り、前を向いたはずなのに男は目の前にいるのだ。

瞬きをした回数分近ずいていることは何となく分かっていた。


しかし、簡単に瞬きを封じることはできない。


パチッ…


男はもう目の前まで迫ってきてしまっている。

蛇に睨まれた蛙のように体が動かなくなってしまい、その場で凍りつく。

そして…


パチッ…


瞬きをすると、男は自分の鼻と鼻がくっつくぐらいの距離まで来ていた。

江橋は悲鳴を上げる。

暗くなったスーパーの外で女性の悲鳴が木霊する。


その時の江橋の顔は恐怖を体現したような表情だ。

顎が外れてしまうほど開き、彼女は最後に自分の眼球が飛び出てしまいそうな感覚を感じたあと、こと切れてしまった。

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