第二話 秘密の取引と監視の目
私がエリオット王子を「最高の生存カード」だと認識した日から、私の放置生活は一変した。
これまで自己研鑽のために使っていた時間を、今度は彼を救うための「情報収集」と「工作」に費やすことになった。社畜時代を思い出す、効率を極めたスケジュールだ。
まずは、夜な夜な地下室に通い、彼と接触することから始めた。鉄格子の向こうのエリオット王子は、ひどく衰弱していた。
「これを食べてください。離宮の庭で採れた薬草を、少しだけ加工したものです」
空間収納から取り出した薬草と、こっそり調理場からくすねたパンを差し出す。彼は無言で受け取った。彼のステータスを鑑定すると、【衰弱(大)】が【衰弱(中)】に変わったのを確認し、私は満足した。
彼は私に対して警戒心しかなかったが、数日間の献身的な(私からすれば事務的な)サポートで、その態度も少しずつ変わっていった。
「なぜ、君のような王女が、私に構う?」
ようやく彼の口から言葉が出た。十七歳の王子とは思えないほど、その声は掠れていた。
「貴方が死なれたら困るからです」
私は正直に答えた。
「貴方はこのアストライア王国の『人質』であり、同時に『呪いの実験台』。つまり、国王陛下や、この王国の権力者たちが最も価値を置いている存在。貴方が無事でいれば、私の『放置王女』としての価値も上がるでしょう」
「...随分と、正直な王女だ」
「嘘をつくのは時間の無駄です。それよりも、本題に入りましょう、エリオット王子」
私は声をひそめた。
「私は貴方をここから脱出させます。その代わりに、私の亡命を保障してください。貴方が王位を継いだ後、私を貴方の国の公式な保護対象とし、私が生涯困らないだけの地位と財産を与える、と約束してほしいのです」
彼は驚きに見開かれた目で私を見つめた後、乾いた笑いを漏らした。
「九歳の少女が、私と取引をしようというのか?」
「九歳の放置王女だからこそ、この王宮内の誰にも気付かれずに貴方を救い出せる。この取引は、貴方にとっても『一発逆転』の最高の賭けでしょう」
エリオットは静かに頷いた。「分かった。この命にかけて、その条件を飲もう。私を信じろ、リリ」
契約成立。これで、私の生存戦略は大きく前進した。
ところが、その日の昼下がり、離宮に不審な来訪者があった。
「おや、第六王女殿下。まさか、このような辺鄙な場所で書物を読んでいらっしゃるとは」
現れたのは、第二王女派に属する貴族の息子、クロード・ザンダー。表向きは私の教育係補佐だが、その実態は私の監視役だ。彼の鑑定ステータスには、【警戒心(高)】【陰謀(中)】と表示されている。いかにも嫌な奴だ。
「何か御用でしょうか、クロード様。私は陛下から頂いた学業に励んでいるだけですが」
「いえいえ、ただ殿下の周囲に、最近、不審な魔力反応が見られると、上にご報告がありましてね。陛下や王女様方のお手を煩わせないよう、このクロードが調査をさせていただきますよ」
彼は、私を取り囲むように、ゆっくりと離宮の庭を歩き始めた。彼の目は庭の隅々、特に地下に通じるであろう場所を探している。
私は悟った。私たちの秘密の取引は、既に誰かの監視の対象になり始めているのだと。
やあ、皆さん、また会いましたね、シリウスです!
第二話、いかがでしたか?物語が一気にシリアスになりましたね!
リリちゃんの交渉術、見事でしたね。エリオット王子への率直な提案は、彼の心を動かす最高の切り口だった。「嘘をつくのは時間の無駄」という言葉に、元社畜の合理性が滲み出ています。そして、ついに二人の間で「生存を賭けた秘密の取引」が成立しました。
しかし、安堵は束の間。
新キャラ、クロード・ザンダーの登場です!ああいう慇懃無礼な監視役って、厄介なんですよね。彼はただの教育係補佐ではありません。リリちゃんの周囲の「不審な魔力反応」を感知しているというのは、王宮の「裏の権力」が動き出した証拠です。
リリちゃんの魔力訓練の成果か、それともエリオット王子の魔力の影響か...。この監視の目をどう潜り抜けて、リリちゃんが脱出計画を実行に移すのか、ボクもドキドキしています!
次回は、いよいよ具体的な脱出計画の準備と、クロードとの頭脳戦が始まる予感!お楽しみに!




