第十六話 船の限界と待ち伏せる刺客
アイリスの可愛い木彫りのウサギを握りしめた翌朝、私は船室で厳しい現実に直面した。
夜を徹したアイリスの応急処置にもかかわらず、船底のアトラスが暴走させた空間固定の痕は、潮の流れによるわずかな衝撃で拡大していた。
「リリ様、ダメです……これ以上、船体が持ちません。浸水が始まっています」
船長が顔面蒼白で駆け込んできた。
私の鑑定でも、船体ステータスに【損傷(極大)】【浸水(進行中)】という最悪の情報が表示されている。このまま海を航行し続ければ、確実に沈没する。
「すぐに、上陸できる場所を探します!」
私は急いで地図と鑑定を照らし合わせた。幸い、私たちの航路から数時間の場所に、「孤島エメラルド」と呼ばれる無人島が存在する。そこで船を修理するしかない。
「エリオット王子!航路を孤島エメラルドに変更します!アトラス様はまだ動けませんか?」
エリオット王子は、まだ青白い顔のアトラスを指差した。
「魔力は回復してきているようだが、船酔いは治っていない。まるで抜け殻だ」
【船酔い体質(極大)】は、いまだに彼の最強のステータスとして君臨していた。最強の空間魔術師は、ただの重病人だ。
船は、全速力で孤島エメラルドを目指した。船長とエリオット王子、そしてアイリスが協力し、浸水を食い止める。
そして、島影が見え始めた、その時。
私の鑑定が、非常に危険な魔力反応を、その孤島エメラルドの周辺で捉えた。
対象: シエナ・ラングレイ 状態: 【魔力探知(集中)】【潜伏(成功)】【待ち伏せ】
対象: クロード・ザンダー 状態: 【警戒(高)】【潜伏(成功)】【刺客】
対象: オズウェル・ハインツ 状態: 【追跡(停止)】【潜伏(失敗:島周囲警戒)】
「まずい!孤島エメラルドは待ち伏せされています!」
シエナは、アトラスの魔力暴走による混乱から、私たちがあえて無人島へ向かうであろうと予測し、先回りしていたのだ。彼女の「千里眼」は、船の損傷を察知しなくても、私たちの行動パターンを読み切った。
「シエナの魔術探知は、島の周囲の海域全体を覆っています。そして、島の内部には、クロードが潜んでいる。おそらく、彼らが『刺客』です」
エリオット王子が剣を握りしめ、表情を硬くした。
「王の忠犬オズウェル隊長は島の周囲の海域を警戒している。上陸すれば、シエナの魔術に捕捉され、クロードの奇襲を受ける」
逃げ場はない。船は沈みかけている。目の前の島は、追手の罠だった。
「リリ様、どうしましょう。このまま進めば、私たちは包囲されます!」アイリスが恐怖に声を震わせた。
しかし、この状況で引き返すことは、沈没を意味する。
私は、覚悟を決めた。
「罠だと分かっていても、進むしかありません。船が限界です。ただし、罠を利用します」
私は操舵輪を握る船長に、全速力で島に向かうよう指示を出した。そして、エリオット王子に最後の作戦を伝えた。
「エリオット王子。貴方が囮となり、クロードを引きつけてください。そして、アイリスは……最後の砲弾を準備してください」
アイリスは、昼間のガトリングカノン砲で、ほとんどの砲弾を使い果たしていた。残されたのは、一発だけ。
そして、私は船底へ向かい、まだ意識の戻らないアトラスの前に立った。
「アトラス様。この航海で、貴方は何度も私たちを救ってくれました。今、最後の助けをお願いします」
私は、彼のローブの袖を掴み、彼の脳が処理しやすいように、できる限りシンプルで正確な言葉で、魔術を依頼した。
「アトラス様。この船が島に衝突する瞬間、『船の進行方向だけを、一瞬だけ別の座標に移動させてください』。船の進行方向だけを、です」
最悪の状況。船の沈没と、追手の待ち伏せ。私たちは、この絶体絶命の窮地を、船酔いの天才の最後の魔術と、一発の砲弾に賭けることにした。
やあ、シリウスです!
第十六話、まさに危機一髪ですね!船の損傷という物理的な問題と、シエナの「先の先を読む戦略」による待ち伏せ。シエナはただの魔術師ではなく、優秀な戦略家でもあったわけです。彼女の【潜伏(成功)】が、リリたちを絶体絶命の状況に追い込みました。
しかし、リリちゃんもさすがです!「罠だと分かっていても、進むしかない」という判断と、「罠を利用する」という逆転の発想!そして、極めつけは、船酔いで意識のないアトラスに、シンプルで限定的な魔術を依頼したことです。彼の脳が処理しやすいように、魔術の内容を細かく指定した。これは、アトラスの弱点を知り尽くしたリリちゃんならではの機転です。
そして、残された最後の砲弾。これがクロードとシエナの待ち伏せをどう打ち破るのか?そして、アトラスの意識のない状態での魔術発動は成功するのか?
次回は、リリたちの脱出計画における、最大のクライマックスになるでしょう!お楽しみに!またね!




