第十四話 船酔いの天才、大暴れ
アイリスのガトリングカノン砲のおかげで、私たちは追尾船との距離を大きく引き離すことができた。しかし、船の被害は限定的だったとはいえ、オズウェル隊長とシエナは追跡を諦めていない。
私は操舵輪を握り続け、エリオット王子はアイリスと共に、船の修理と砲弾の補充に取り掛かっていた。
問題は、依然として船底で動けないアトラスだった。
「リリ。アトラス様の様子が少しおかしい」エリオット王子が不安そうに報告してきた。
私は操舵を船長に任せ、急いで船底へ向かった。アトラスは全身を青ざめさせ、船の不規則な揺れに耐えかねて、意識が朦朧としている。
「ううう……空間が……空間が歪む……!」
彼がそう呻くたびに、彼の体から制御不能な微弱な魔力が漏れ出ていた。
「鑑定」で確認すると、彼のステータスは【船酔い体質(極大)】に加え、【魔力制御不能(危機)】という最悪の状態になっていた。彼の脳が空間の変位に耐えられず、魔術を暴発させようとしているのだ。
「エリオット王子!すぐに彼から離れて!このままだと、彼が意図しない空間魔術を発動させてしまう!」
私の警告が間に合わなかった。
アトラスは、激しい吐き気に襲われ、堪えきれずに両手を床につけた。
「空間……固定……安定を……!」
彼が求めたのは、脳が処理できる「空間の安定」。だが、魔術制御不能な状態では、その願望が最悪の形で具現化してしまった。
ドォォン!!
船底から、巨大な衝撃波が発生した。それは、音や炎を伴うものではなく、「空間の固定」によって引き起こされた、物理的な歪みだった。
ゴオオオオオ……
私たちの乗る小型船の船底の一部が、突然、空間に固定されてしまった。船全体が進行方向へ動こうとしているにもかかわらず、固定された船底部分だけがその場に留まろうとする。
船は、二つの空間に引き裂かれるような、異様な軋みを上げ始めた。
「まずい!船体が空間固定で破壊される!」エリオット王子が叫んだ。
このままでは、船体は真っ二つに裂け、私たちは海に投げ出されてしまう。そして、アトラスは船酔いで、自分の起こした事態に気づいていない。
「アイリス!すぐに彼から魔力を奪う魔道具を!」
「な、ない!そんな魔道具は作ってない!」アイリスがパニックになる。
私は即座に頭を回転させた。この空間固定を破壊するには、アトラスの魔力と同等か、それ以上の魔力で「空間の上書き」をするしかない。
だが、私一人の魔力では足りない。
「エリオット王子!私の体に触れて!魔力を一時的に共有します!」
エリオットは躊躇なく私の背中に触れた。私は、二人の魔力を一つに合わせ、その全てをアトラスが固定した船底に叩き込んだ。
「――『空間上書きオーバーライト』!」
私の「空間収納」の魔力は、「空間の定義」を変える力だ。私たちは固定された空間に対し、「ここは動く船の一部である」という新たな定義を強制的に上書きした。
バキィン!
ガラスが割れるような音と共に、船底の空間固定が解除された。船体は大きく揺れたが、なんとか破壊は免れた。
「はぁ……はぁ……なんとか、成功したようですね」
私は息を切らしながら、船底でぐったりと倒れ込んだアトラスを見た。彼のステータスは【魔力枯渇(極)】になり、船酔いどころではなくなっていた。
そして、この騒動は、海上で静かに追跡を続けていた追手にも影響を与えた。
遠く、後方。追尾船に乗るシエナ・ラングレイの表情が、鑑定を通して鮮明に伝わってきた。
対象: シエナ・ラングレイ 状態: 【驚愕(極)】【魔術(探知不能)】【恐怖(アトラスに対して)】
アトラスの「空間の固定」という暴走魔術は、シエナの「千里眼」の魔術探知の範囲内にある空間そのものを、一瞬にして完全に混乱させた。これにより、シエナは、私たちの船はおろか、周囲の海域全体の魔力探知が不可能になってしまった。
「……最強の賢者の弟子は、船酔いでさえ、最強の『魔力撹乱兵器』となるわけね」
私たちは、アトラスの意図せぬ大暴れによって、最大の危機を乗り越えたのだった。
ワッハッハ!シリウスです!まさか、アトラスがこんな形で最強の力を発揮するとはね!
第十四話、手に汗握る展開でした!アトラスの船酔いが引き起こした「空間固定」の暴走!リリちゃんたちの船を破壊しかけたのはヒヤッとしましたが、その副産物としての「魔力撹乱」効果は、追手のシエナにとっては致命的でした。
シエナの【恐怖(アトラスに対して)】というステータスが全てを物語っています。彼女は、「船酔いで制御不能な魔術師が、自律的に空間を破壊しかけた」という事実に、底知れない恐怖を感じたはずです。これで、彼女は追跡を一時中断せざるを得ないでしょう。
そして、リリちゃんの機転も見事でした!エリオット王子との「魔力共有」による「空間上書きオーバーライト」。放置少女の魔力が、暴走した最強賢者の弟子を救ったわけです。この二人三脚の連携が、彼らのチームの強さですね。
これで、リリたちは追手の脅威から一時的に解放されました。次回は、船酔いから立ち直れないアトラスをどう扱い、アイリスの秘密にさらに踏み込んでいくのか。そして、ヴァルキリアス王国までの航路には、まだ見ぬ危険が待ち受けているはずです。
また次の後書きで!




