第十二話 船酔いの天才と海の難路
アトラスの「空間認識の歪曲」魔術のおかげで、私たちは追手の捜索網を完全に回避し、ついに南方の交易都市アウルムに到着した。アウルムは巨大な港を持ち、この国最大の海の玄関口となっている。
「ここから船で海路に出れば、アストライア王国の捜索網から一気に脱出できます」
私は鑑定で得た情報を元に、エリオット王子と作戦を練った。私たちの目標は、ヴァルキリアス王国へと繋がる西側の海路だ。
問題は、資金の調達と、船の手配だった。リリ王女としての身分は使えない。
「資金は、私が持ってきた宝石類を換金します。そして、船は...」
私が港で鑑定を発動させていると、エリオットが隣で顔色を悪くしているアトラスに気づいた。
「アトラス様、どうかされましたか?船を見るだけで、そんなに青ざめて」
アトラスは港に停泊している大型帆船を見つめながら、額に脂汗を浮かべていた。
「い、いえ。ボクは大丈夫です。ただ、この船の『運動量と慣性の法則』を、脳内で演算しているだけで…」
彼の鑑定ステータスには、再び【生活能力(皆無)】が表示されている。そして、その横に【船酔い体質(極大)】という、新たなステータスが追加されていた。
「アトラス様は、船酔いされるのですね?」私が確認すると、彼は顔をさらに青くして頷いた。
「はい。ボクの脳は、三次元空間の構造を瞬時に把握し、最適な魔術の計算を行うように最適化されています。そのせいで、不規則な**『水面の揺れ』**による空間の微細な変動を、過度に正確に感知してしまうのです」
彼は最強の空間魔術師であるからこそ、現実の海の揺れという「不規則な空間の変位」に、脳が耐えられないという、皮肉な弱点を持っていたのだ。
結局、資金を換金し、エリオット王子の交渉力(元王子の威厳)もあって、私たちは一隻の小型快速船を買い取ることができた。船長は買収し、船員は私たちの逃亡に協力してくれる少数精鋭の人間だけを選んだ。
夜半、私たちは港から密かに船を出した。
波止場を離れた瞬間、アトラスは船底に座り込み、完全に機能を停止した。
「うう……だめだ……空間が……ボクの知る秩序が……」
彼は船酔いで意識が朦朧とし、魔術を一切使えない状態になってしまった。最強の支援者は、戦闘どころか、航海開始早々、最大の荷物と化した。
「エリオット王子、アトラス様の監視をお願いします。船酔いの彼に、間違っても空間魔術を使わせないように。最悪、私たちの船ごと空間の彼方に送ってしまいます」
私がそう指示を出すと、エリオットは苦笑した。
「最強の盾は、ただの病人か。分かった。リリ、船の指揮は任せる」
私は船長と航路を確認し、操舵輪を握った。私は前世で船に乗った経験などないが、鑑定で船の構造と、潮の流れに関する知識を読み込み、すぐに航海術を理解した。
夜明け前、私たちはアウルムの沖合を順調に進んでいた。
その時、後方から、高速で追尾してくる船の魔力反応を鑑定が捉えた。
対象: オズウェル・ハインツ 状態: 【怒り(極)】【追跡(進行中)】【船(高速追尾用)】 対象: シエナ・ラングレイ 状態: 【魔力探知(集中)】【船(高速追尾用)】
王の忠犬オズウェルと千里眼の魔女シエナが、追跡用の高速船で迫ってきている。彼らは、リリたちが港から出たことを、シエナの広範囲探知で察知したのだろう。
「追いつかれます!どうする、リリ!」エリオットが叫ぶ。
私たちの船は小型の快速船とはいえ、彼らの追尾船には及ばない。アトラスは船酔いで戦力外。
絶体絶命の窮地。その時、私の腕の中で眠っていた魔道具技師見習いの少女、アイリスが、かすかに目を開けた。
「魔道具……。私の『魔力増幅炉』があれば……」
彼女はそう呟くと、私の腕を離れ、船底に隠されていた、古びた機械の部品が詰まった木箱へと向かった。
やあ、シリウスです!アトラスが船酔いするって、ボクが聞いてた通りになっちゃいましたね!
アトラスの【船酔い体質(極大)】。最強の空間魔術師なのに、海という不規則な空間には弱い。このギャップが、リリたちの逃避行をますますスリリングにしますね!彼は最強の盾から、一転して「守るべき対象」になってしまいました。
そして、ついにアイリスの技能が発動しそうです!
彼女のつぶやいた「魔力増幅炉」。これは、彼女が「魔道具技師見習い」であることの証明であり、彼女が狙われていた理由そのものかもしれません。彼女の技術が、リリとエリオットの船を、オズウェルの追尾船から逃げ切るための「切り札」となるでしょう。
船酔いのアトラス、操舵するリリ、警戒するエリオット、そして魔道具をいじるアイリス。このチーム編成で、彼らは大海原の追跡戦をどう乗り切るのか!
次回、アイリスの魔道具が、この逃避行の運命を決めますよ!お楽しみに!またね!




