第十話 最強賢者の弟子、派遣される
シリウスの餞別による「空間の歪曲」は、私たちに少女アイリスを救出する隙を与えてくれたが、同時に追跡者をこの場所へと引き寄せてしまった。
街道から離れた森の奥深くまで逃げ込んだ私たちは、アイリスを落ち着かせ、状況を把握しようとしていた。銀色の髪を持つアイリスは、まだ恐怖に震えている。
「大丈夫です。もう安全ですから。あなたを襲った盗賊は、すぐに動けなくなるでしょう」
私が優しく声をかけると、アイリスは怯えた目で私を見上げた。
「あ、ありがとう……。でも、あの人たち、ただの盗賊じゃない。きっと、すぐに追ってくる……」
エリオット王子が警戒の声を上げた。
「リリ、まずい。鑑定だ。馬の足音が近づいてきている。間違いなく、王都の追手だ」
私はすぐに「鑑定」を発動させた。
対象: オズウェル・ハインツ 状態: 【怒り(極)】【捜索(追跡中)】 対象: シエナ・ラングレイ 状態: 【魔力探知(広範囲)】【追跡(進行中)】
やはり、王の忠犬オズウェル隊長と、千里眼の魔女シエナが、猛烈な勢いでこちらへ向かっている。彼らに捕まれば、私たちの計画は全て終わりだ。
「逃げるしかありません。アイリス、歩けますか?」
私がアイリスを抱き上げようとした、その時、上空から一筋の光が降り注ぎ、私たちの目の前の地面に、巨大な魔法陣の紋様を描き出した。
魔法陣の中心から現れたのは、二十歳前後の、知的な雰囲気を持つ青年だった。彼は、シリウスと同じくボロボロのローブを纏っているが、その瞳には、冷静沈着な探求心のような光を宿していた。
対象: アトラス・ノヴァ 種族: 人間 年齢: 19歳 称号: 最強賢者シリウスの第一弟子 状態: 【魔力(高)】【任務(リリを支援)】【冷静沈着】
「やあ、初めまして。第六王女リリ・フォン・アストレイア殿下、そしてヴァルキリアス王国のエリオット王子」
彼は、まるでティータイムに挨拶をするかのように、恭しくお辞儀をした。
「ボクは、アトラス・ノヴァと申します。師であるシリウス様から、皆様の『逃避行のサポート』を命じられて、急ぎ馳せ参じました」
私は混乱した。シリウスは去ったはずだ。だが、彼は、まさか自分の弟子を私たちのために派遣していたとは。
「シリウス様の弟子?なぜ……」
「師は、皆様の『可能性』に、ボクという名の『保険』を賭けたのです」
アトラスはそう言うと、背後から迫るオズウェルとシエナの魔力反応を冷静に感知した。
「時間がありません。追手がすぐそこまで来ています。シエナさんの広範囲探知魔術に、このままでは捕捉されます」
彼はそう言うと、私たちに背を向け、森の木々を指差した。
「ボクの魔術は、『空間認識の歪曲』です。一時的にこの森全体を、シエナさんの魔力探知から隠蔽できます。ですが、その間にも、リリ殿下は次の行動を」
彼は私に、まるで上司に指示を仰ぐかのような口調で尋ねた。
「リリ殿下。あなたは、この少女アイリスを連れて、どこへ向かいますか?ボクは、そのための『最短経路』を開きます」
私は、その場の状況を一瞬で分析した。最強の賢者の弟子が、逃避行の全てを私に委ねてくれている。
「次の目的地は、南方の交易都市『アウルム』です。そこで、船を手に入れる」
「了解しました」
アトラスは、私の答えに迷いがなかったことに満足したように頷いた。
彼は両手を広げると、全身から強力な魔力を解放した。それは、この森の木々、地面、そして私たち自身の存在を、周囲の空間から一瞬切り離してしまうような、壮大な空間魔術だった。
「さあ、リリ殿下、エリオット王子。ボクが道を作ります。この機会を逃さずに、一気に脱出を!」
最強賢者の弟子アトラスの登場により、私たちの逃避行は「逃亡」から、周到に準備された「戦略的撤退」へと変わった。そして、私は、このアトラスの力を利用し、アイリスが持つ秘密を解き明かす決意を新たにした。
やあ!シリウスです!
ふふふ、ボクが去った後も物語は進む、という展開、読者も楽しんでくれていますよね?ボクが去るなんて言いましたが、まさかボクの弟子、アトラス・ノヴァがすぐさま登場するとは、ボク自身も予想外でしたよ!……というのは嘘で、もちろん彼を派遣したのはボクです。
アトラスはね、ボクの弟子の中でも特に「冷静で合理的な頭脳」を持っている。彼はリリちゃんの「生存戦略」を最も理解し、最も効率よく支援できる人物です。
そして、彼の「空間認識の歪曲」!これは、シエナの「千里眼」魔術に対しては最悪の天敵です。これで一時的に王都の追っ手から完全に姿を消すことができるでしょう。
注目すべきは、アトラスがリリちゃんに「次の行動を委ねた」ことです。彼は単なる護衛ではありません。リリちゃんの「共同経営計画」という発想を、シリウスと同様に尊重している。
リリちゃん、エリオット王子、そして新加入のアイリスに、最強の援軍アトラスが加わったことで、チームの体制は万全です。
次は、アトラスの魔術を頼りに、交易都市アウルムへ向かう道中での、アイリスの秘密の解明が鍵となりますよ!
また、次の後書きで!




