初めての見る表情
☆おさらい
入学から一週間、佐野の強引な「佐野ペース」に振り回され、とうとう「うるさい」と怒った小桜。その言葉に佐野は一瞬寂しそうな顔を見せる。そして、彼が置いていったレモン牛乳は小桜の心に小さな変化をもたらした。佐野の不器用な優しさに、小桜は**初めて彼のことを「ちゃんと見よう」**と思う。今、小桜は、これまでの平穏を壊すことを恐れながらも、佐野に感謝を伝えるという行動を起こそうとしていた。
♪キーンコーンカーンコーン
授業の終わりを告げる鈴が鳴る。
佐野にお礼をすべく、席を立つ。
僕はただ、もらった恩を返さないのは性に合わないだけなのだ。佐野ペースとやらに流されたなんてことは決してない。
(あっ佐野く……)
声をかけようとした。
____でもだめだった。
佐野の周りにはいつも人がいる。特に女子が多い。
美の基準がいまいちわからない僕からみても、かっこよく見えるのだからきっと容姿は優れているのだろう。
(サラサラの茶髪と整った顔、よく似合うピアスに目元のほくろ。いつも僕をどきりとさせるその身長も…うん、やっぱりかっこいい。)
(僕には佐野くんしかいないのに佐野くんには僕以外にもたくさん話せる人がいる。そういえば自分から声を掛けたことすらないかもしれない。
変に緊張して、勝手に壁を作ってし、自分から声を掛けることすら、ままならない。____あれ?僕ってもしかして佐野くんにとって、必要ない?)
それは小桜樹の支配する足枷のようなものであった。
『お前には存在価値なんてないから』
『きたねぇなぁ!さっさと消えればいいのに』
底冷えのするどこまでも冷たい声、僕を見下ろす複数の目はニタニタと笑っていてカメラのレンズがキラリと光るそこに写るのは情け無い格好の僕……。
あぁ嫌だ。こんなことを思い出すなんて__
さぁっと血の気が引いていく。
その瞬間バチリと佐野と目が合った。
以外にも目線はすぐに逸らされて他の人たちとの会話に戻る。
(あれ…?おかしい。いつもなら大声で絡まれるはずなのに…。もしかして避けられてる…?「また話そう」って言ってくれていたのに)
今日室に佐野の大きな笑い声が響く。
妙な寂しさを感じた。それを誤魔化すように心で悪態をつく。
(………いつも無駄に付きまとって来るくせに、いつも異常なほどしつこいのに、なんで今日にかぎって潔いんだよ、佐野くんのばーか)
笑いに震える佐野の肩を見つめる。あいわらず佐野の周りは人で溢れていた。
********
やばいって、いま、絶対に目ぇ合った。思いっきり視線反らしちゃったけどまずったか?
肩で笑うフリをしながら、佐野は悶々としていた。
「しょーたぁ?話聞いてるの〜?ちゃんときいてよぉ!」
「…聞いてるって!」
「もぉ!無反応かなしいって前言ったじゃんか!!」
あ〜もう、うざったいなぁ!
佐野は心のなかで声を荒らげた。
俺を取り巻くこの子達のことは嫌いなわけじゃない。でも悪いけれど今は邪魔だなって。
今はただ、小桜のことで手一杯なんだ。
さっき咄嗟に目を逸らしてしまったことを後悔する。
(うわっ俺マジでさいてーだ。小桜きっと話しかけようとしてくれてた…。)
**やっと、やっと警戒心が解けてきて、近づいても逃げなくなったのに…。**俺の言葉のせいで小桜のこと傷つけた。
「………うるさい、あっちいけ」
あれは完全な拒絶だった。声も震えていて、俺のせいでまた、壁を作ってしまった。
きっと小桜の中では身長の話はタブーなのだ。もっと早く察するべきだった。
(小桜を前にすると冷静でいられなくなる。もっと踏み込みたいと思ってしまう。
だめだ。俺の自制心が利かないせいで小桜との関係を壊した。)
でも、頭から離れないんだ。さっき見た小桜の顔が本当に可愛らしくて、愛らしい。
少し長い襟足に白くてきめ細かい肌に差し込む紅色。細く華奢な首は俺の手で簡単に包み隠せるほどだった。
多分小桜が見せたくないであろう無防備な姿を俺だけがみた。**俺がそうさせたんだ。**
____その事実が俺を興奮させた。
ちょっとやばいかも…?これ以上はだめだ。そもそも小桜は男だし、親も許してくれるはずがない。小桜はただの友達だ。そう、友達。それ以下でもそれ以上でもないんだ。変な勘違いをするな。しっかりしろ俺!
「ごめんごめん(笑)ちゃんと聞くからもっかい話して!」
佐野翔太は思考を放棄した。
そうやって、周りの女子の相手をしながら無駄な時間を過ごす。ほんとは今すぐにでも小桜と話したいのに…。
チラリと小桜の席をみる。どうやら小説を読んでいるようだ。
「さの〜なにみてんの?あっまた小桜くん?最近よく絡んでるよね〜」
「それなぁ!まぁ小桜くんかぁいいし〜?しょーたも絡みたくなっちゃうよね〜」
「まぁ?そんな感じ(笑)」
佐野は愛想笑いを浮かべながらもすこし苛立っていた。
「あとちょっとで授業始まるし席戻れば?」
「えぇ〜佐野ともっと一緒にいたい」
女子の一人に腕を組まれる。最近、無駄にボディータッチが多くてうざい。
笑いながら腕を解こうとしたその時…
_____「さっ佐野くん!」
気づかなかった。小桜くんが近づいてきていたのに。
「放課後、空いてる?話したい、ことあって…。あっでも部活あるか、ごめん忘れてなんでもない」
小桜は自分の心臓を抑えつけるように胸元の布地を強く引き寄せた。
目は合わせず、泣きそうになりながらもつっかえつっかえに、言葉を話す一生懸命な姿に心が撃ち抜かれた。
ドクンと心臓が音を立てる。
____今すぐ抱きしめて隠してしまいたい。こんなかわいい生き物がいたら誰かにとられてしまう。
衝動的に小桜に手を伸ばす。
しかし、その手は届くことがなく…
♪キーンコーンカーンコーン
チャイムに遮られた。
(あっぶない!!俺は今何をしようとした?もしそうしたとして後に何が残る?
だめだ、冷静になれ!!だから**友達**なんだってば!)
小桜がパタパタと席に戻っていくのを見送る。
またバチリと目が合う。
しかし今度はもう逸らさない。
「一緒に帰れるよ(口パクで)」
小桜は驚いたように目を見開き、すこししてからニコリと嬉しそうに、はにかんだ。
初めてみる表情だった。
心臓が強く脈つくのを感じた。
これはただの不整脈だから。この関係を壊したくないと酷く願った。
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お・ま・け ギャルたちの小話
―――一生懸命なその姿に心を撃ち抜かれた。ギャルたちも撃ち抜かれた。
「樹ちゃんめっちゃ可愛くね?」
「それな!まじキュン死するかとおもた」
組んでいた腕をスルッと解き、邪魔しないようにとギャルはその場を離れた。
「てか、ウチら割と忘れられてね?」
「それな〜マジ二人の世界って感じ」




