レモン&ミルク
「ねえ、小桜くん」
高校入学から1週間が立ち、クラスメイドの顔と名前や立ち位置などもだんだんと把握できたてきた。
僕の身長は周りと比べなくてもわかるほどに小さい。
この容姿と臆病な性格のせいで前の学校ではいじめの標的にされていただから、今でも人と関わる時には壁を作ってしまう。
今度こそ、荒風を立てず、静かに平穏な学校を送る。それが第一目標だ。
「おーい、小桜くん?」
この学校の治安はそこまで良くないし、またいじめに遭うのでないかと思っていたが今のところはそんなことはなく、それなりに過ごすことができている。
佐野翔太が絡んでくるという1点を除いて。
初登校日のあの日から、佐野くんは休み時間になるたびに僕の席を訪れた。
僕がお昼ご飯を食べようと空き教室に入れば、後から当然のように入ってきて、当然のように隣に座る。
おかげでお昼の時間は一緒に過ごす事が当たり前になってしまった。
彼の周りにはいつも人がいるのに、僕に話しかけるとき、人目も気にせずグイグイくる。
おかげでクラス内で僕の立ち位置は『佐野のお気にりの玩具』といったところだろうか?
始めはデカくてピアスだらけで怖かった佐野が今では、ただただ面倒くさい。
「ねー小桜くん!(クソデカボイス)」
「………なに?」
1週間、ずっとこの調子である。
何をするにも佐野翔太が付け回してくる。正直めっちゃめんどくさい。
いかにもスクールカースト上位って感じの雰囲気だし、見た目ヤンキーっぽいし、陽キャだし…。
そして僕よりもずっと背が高くて、前に立たれるだけで威圧感がある。なんで僕なんかに構うんだろうか。
____彼の視線は僕の警戒心を無視し、内側を抉るように覗き込んでくる。
居心地が悪く、思わず目を逸らす。
(明らかにつりあっていないじゃないか。)
「小桜くん、やっぱ聞いてないっしょ?」
「ごめん、全然聞いてなかった」
僕らはいつも通りの空き教室でお昼を食べていた。佐野くんはお行儀悪く使っていない机に腰をかけて少し不満げに話を続ける。
「だから〜佐藤がさぁ、至高の飲み物はイチゴオレだって言うんだけど俺的にはレモン牛乳だと思うんだよね。もう飲んだ?小桜くん的に至高の飲み物は?」
佐藤というのは新しくできた友達らしい。このコミュ強め。
「レモン牛乳か、初めて聞いた。」
手元にある小さいパックの牛乳を一口飲む。
「まじ?飲まなきゃ人生の半分損してる!」
佐野くんはそういうと、牛乳パックと僕の顔を交互にみた。その視線にどきりとした。
「もしかしてさ、身長低いの気にして牛乳飲んでる?笑」
意地が悪い笑顔でにやりと目を細める。
途端に顔が熱くなるのを感じる。
(ほんとっうに最悪だ。人が気にしていることをわざわざ……。)
僕がなにを言えずに黙っていると_____
「ははっ耳まで真っ赤かわいー笑」
佐野くんの手が耳を掠める。一瞬時が止まったような気がした。
窓から温かな春の風がさぁっと吹き込む。
「…………うるさい。あっちいけ」
僕は使っていない机に突っ伏す。少しだけホコリ臭い。
「ごめん、からかいすぎたね笑、また話そう」
そういって空き教室からでた佐野くんの声は少しだけ寂しそうだった。
****
「えっ、なにこれ?」
思わず独りごちた。
教室に戻ると僕の机にはレモン牛乳が置いてあったのだ。
(きっと、多分佐野くんだよね?)
次の授業は移動教室なので佐野くんもクラスメイトももういなかった。さっきはキツく言い過ぎたかもしれない。
佐野くんの不器用な優しさに少し頬が緩ま
る。
(ごめん、佐野くん。授業終わりに『ありがとう』って伝えないと…)
「あっ、やばい授業始まっちゃう」
急いで教室をでる。すこしふわふわとした足取りで。
____これもきっと春の陽気のせいなのだ。
****
お・ま・け
佐野は空き教室を出てすぐ、誰も見ていない廊下の壁に頭を打ちつけた。
(っ〜〜〜〜やばい。小桜くん机に伏せったときに見えたうなじがまっかっかだった!!反則だろもう!!かわいいかよ〜〜〜(クソデカ足踏み)
佐野は赤い顔を手で覆う。
(ちょっとエロくなかったか?……いやバカかよ!気の所為だ。相手は男だぞ…。しっかりしろ!俺!!もぉ〜〜)
空き教室で小桜が赤くなっているあいだ、佐野も密かに赤くなっていた。




