第4章 影なる私
> 森は、夜の底で息づいていた。
黒く濡れた土の匂い、ざわめく枝葉、遠くで鳴く梟の声。
どれも、リナにはもう懐かしく感じられた。
彼女の居場所は、もはや村ではなく、この森の中にあった。
右腕の紋様が、静かに光を放つ。
それはまるで、森が呼んでいるようだった。
「……ここに、戻ってこいって言うの?」
森の奥へ進むにつれ、空気が冷たくなっていく。
木々の間に白い霧が立ち込め、足元の影が奇妙に歪んだ。
まるで、影が意志を持って動いているように。
ふと、リナは立ち止まった。
足元の影が、自分と違う形をしていた。
「……誰?」
影が、ゆっくりと立ち上がる。
輪郭が、リナ自身の姿を形づくっていく。
だがその瞳は冷たく、唇には微笑が浮かんでいた。
「あなた……私?」
影のリナは答えない。
ただ、同じ仕草で胸に手を当て、囁くように唇を動かす。
『正義は、誰のためにあるの?』
その声は、リナ自身のものだった。
だが、どこか歪んでいた。
「私は……人を救うために……」
『救う? それは、罪を犯した誰かのため?
それとも、自分が“正しくありたい”から?』
「違う! 私は……!」
影が微笑む。
胸元に同じ因果の光が灯り、森全体がざわめいた。
『私たちは一つ。
光は闇を生み、闇は光を映す。
人があなたを拒むのは、あなたの中に“私”がいるから。』
影がリナに手を伸ばす。
触れた瞬間、彼女の視界が白く染まった。
走馬灯のように、村の人々の恐怖、怒り、妬みが脳裏に流れ込む。
それは、彼女が守りたかった人々の“因果”だった。
「やめて……! 見たくない!」
『見るのだ、リナ。
人を救いたいなら、憎しみの底まで覗け。
それが“因果の器”の務めだ。』
光が弾け、影が霧のように消えた。
森は再び静まり返り、リナの胸の光だけが残った。
彼女の中に、確かにもう一つの声が芽吹いていた。
それは“影のリナ”の声。
彼女の正義を見つめ返す、もう一人の自分。
そしてその日を境に、リナの右目が赤く染まった。
それは――因果を見る目の証だった。




