第2章 囁く森
> 静寂が訪れた。
森が、まるで呼吸を止めたかのように。
風も、虫の声も、すべてが消えていた。
リナは胸に手を当てた。
因果の実が沈んだ場所――そこから微かな鼓動が伝わってくる。
それは自分の心臓ではなかった。
何か、もっと古くて、重いもの。
「……誰?」
そのとき、森が囁いた。
声ではない。音でもない。
直接、頭の奥に響くような“思念”だった。
『名を問うのか。面白い子だ。人は皆、名を持つが、我らは名を捨てた。』
リナの背筋が凍る。
言葉に形はないのに、森の全てが語っているようだった。
枝が軋む音、葉が擦れる音、遠くの水音までもが一つの声となり、彼女の心に流れ込む。
「あなたは……因果の森、なの?」
『我らは因果。人が生み、棄てた想いの果て。
おまえの中に眠る“正義”もまた、誰かの因果だ。』
「……誰かの、因果?」
『人は善を語り、悪を裁く。だがそれは誰のためだ?
救われぬ者の怨嗟も、救われた者の涙も、等しく我の糧となる。』
リナは首を振った。
「いいえ……私は、そんなものに負けない。
正しいことをしたい。たとえこの身体がどうなっても!」
森がざわめく。
木々が一斉に震え、地面の根が蠢いた。
彼女の足元から蔦が伸び、光の粒をまとって彼女の周囲を巡る。
それはまるで、祝福のようでもあり――契約の印のようでもあった。
『ならば歩め、人の子よ。
正義の名のもとに因果を背負う者よ。
おまえが選んだ光が、誰かの闇を生むことを忘れるな。』
その声が消えたとき、リナは静かに涙をこぼしていた。
胸の因果の実が淡く脈打ち、彼女の右腕の模様が新たな形を描く。
それはまるで、森が刻んだ契約の印。
こうして――
リナは、因果を“斬る”力を授かった。
けれどそれは、誰かの未来を断ち切る力でもあった。




