陥穽の罪責(かんせい の ざいせき)- 完 - さすが白彦(ビャクゲン)マネージャ
それは五月のある穏やかな日の出来事だった。
新しく設立された子会社が、(潮水から)経験豊富な人材の転用と、血縁関係を利用した親族企業の資源横取りを必要とした。
そのことで社内が議論の中心となっている潮水エンターテイメントのことだった。
マーケティング及び開発部門主管マネージャーである白彦は、その日の朝に通知を受け取ったばかりだったが、正午には関連の告知メッセージが会社の主要なグループチャット全てに送信されていた。
オフィスに入ると、あちこちから議論の声が上がり、皆この突然の出来事について話し合っていた。
[成人向けだなんて、会社は本当にこれをやるつもりなのか?][どうやら社長の兄が設立したらしい。][会社名が何か大変なことを始める前の、卑猥な笑い声みたいで、ちょっと気持ち悪い。]
[白彦アニキ、おはようございます。]
[もう昼だぞ、早くない。]
[じゃあ、ちわーっす。]
来たのは、まさにマーケティング部のバニーガール、潘羽涵さんで、彼女は今私服姿で、ちょうど入口から入ってきたところだった。
[昼に出た会社の告知、見たか?]
[何の告知ですか?物価上昇に対応して、全員昇給ですか?]
[そうだったら良いんだがな。できれば一度に二倍以上の昇給が理想だ。ああ、待てよ、もしかしたら本当に昇給かもしれないぞ。]
[マジですか!]
潘羽涵は待ちきれずにスマートフォンを取り出し、メッセージを読み始めた。
この時、他の社員たちも集まってきた。オレンジ色の中分けカーリーヘアを持つ一人の男性が真っ先に質問をした。彼は宣伝課の主管、謝鐘允である。
[え、アニキ、朝の告知にあったあの会社ってどんな会社なんですか?何人くらい必要で?説明がかなり大雑把だったので。]
[ちわーっす!]
潘羽涵も自分の上司に挨拶をし、謝鐘允は手を振って応えた。
[よう。俺も今朝知ったばかりだ。かなり急な話で、俺たちのマーケティング開発部の情報課、美術課...]白彦は指を折って数えながら続けた。
[...企画、撮影、宣伝、各課は、マーケティング課はといえば、強制的な要求はないが、大半は二、三人が臨時のサポートとして行くことになるだろう。]
[となると...各課から少しずつでも、合計すると人数は少なくないですね。]
[そうだ。意欲のある者はグループチャットで申し込みをしてくれ。後で人選を行う。もちろん、直近の業務が許す場合に限るが。]
[社長の命令ですか?]
[自発的な申し込みは、皆の自由意志に基づいて俺が決定したことだ。]
[この会社は何をするんですか?]
中身を全く読み終えることなく、潘羽涵は直接話題に加わった。もしかしたら、聞いた方が早く理解できると思ったのかもしれない。
[成人向け(アダルト)のエンターテイメント開発だ。目下はVR実境ゲームを主推している。]
[成人向け(アダルト)!?]羽涵は体を震わせ、続けて問い詰めた。[どのような形式で販売するんですか?]
[それは...まだ決まっていない。実店舗にするのか、幅広く販売するのかは、最終的な会社の規模や、様々な技術的な考慮にもよるだろう。]
[じゃあ...。]
[給与などは変わらないはずだ。ただ新設されたばかりで人手不足だから、主管職は空席の可能性が高い。先に加わった者は第一期の古参社員となり、その後の昇進の機会は高くなる。合わなければ潮水エンターテイメントに戻ることもできるから、試してみる価値はあるだろう。]
潘羽涵が何か考え込んでいる様子を見て、白彦は目を細めて言った。
[君はこれから新開発ゲームの宣伝準備もあるんじゃないか?それにマーケティング課は特に要求されていないんだ。彼らはおそらく、そのマーケティング方針に合った人材を募集するだろう。何しろ成人向け(アダルト)だから、この分野の人材が最も重要になるのは確かだ。]
[えー、じゃあ白彦アニキが部門の人員を割り振るのはどうですか?]
へへ、もし自願で申し込んだら、業務を他の同僚に押し付けて、他の会社に逃げたみたいになるけど、もし上司が割り振って、しかも私がこんなに積極的なのを見てたら、きっと...。
[君たち全員、かけがえのない宝だ。この件に関して、俺は決定を下せない。]
[それって単に、途中の作業をサボりたいがために使う話術ですよね....。]
[仮に俺が選んだとしても、君を選ぶことはない。君には重要な任務があるだろう。新開発のゲームはSNSでかなりの反響を呼んでいるんだぞ。]
[はぁ〜〜。]
そういえば、羽涵は以前、短期間だがアダルトライブ配信をしていたことがあった。後に親戚の子供に見られたことがきっかけで辞めたと、面接の時に話していた気がする。
しかし、今グループチャットでも誰も応募していないようだ。発酵するまでに時間がかかるだろうが、誰もいなければ、受け入れ可能な者を指名派遣するしかない。
[あれ?アニキ、一つ確認したいんですが、ヘイヘイヘイヘイの董事長は、董事長の二番目の兄、白啓錚ですよね?]
[そうだ。それとあの馮光遠。]
[やっぱりね。]
近くに群がる人々の嘆きの声を見て、彼らがどう考えているか、白彦の心の中にはおおよその見当がついた。
二坊ちゃま(二少爺):奇抜な発想ばかりで、事業をいつも失敗させる道楽息子。
馮光遠:権力に媚びへつらう遊び人(紈褲子弟)。
遊び人(紈褲子弟)と道楽息子(敗家子)のコンビだ。
会社は設立された瞬間に終わる。
あの二人が大したことを成し遂げられるわけがない。
確実に倒産する。
俺は会社の廊下で、清掃課や設備維持課といった外勤部門の人間たちがすれ違いざまに、こう言うだろうと予見できる....。
これは時間の無駄、人手の無駄になるプロジェクトか?いや、以前ならそうだったかもしれない。しかし、異種プレイの創始者、水樹檬子の触手プレイを仮想世界で再現するチャンスさえあれば、再び熱狂を巻き起こせるはずだ。
望みは薄いとしても、俺はこの会社を簡単には諦めさせない。
[私は応募し....]
[あはははは、まさか応募参加するわけないでしょ?]
美術課の女性グループが白彦たちの議論の横を通り過ぎた。
[公然と応募したら、まるで皆に「私って超エロいんです」って公表するようなものだわ。]
[そうそう。][恥ずかしいわよ。]
あ!匿名方式に切り替えるべきか?いや、違う。匿名だけでは、異動の日になれば誰が応募したかバレてしまう。自薦制度に変えて、表向きは上司が選抜したことにすべきだ、そうすれば...ああ、でも告知はもう出してしまった。
それなら、俺が率先して見本を示し、表向きは昇進と昇給、自己啓発を目標にするということにすれば...。
[私は自分のために....]
[ふん、くだらない。あの会社に行くのは時間の無駄だろう。]
二人の男性社員がちょうど白彦たちの議論の横を通り過ぎた。一人の情報課の社員が、もう一人の撮影課の社員にそう言った。
[あの二人の道楽息子(敗家子)に率いられて、会社は運営すら困難だろうに、どこに昇進や昇給の話があるんだよ。]
[そうだよな。誰か、衰退産業の株を買って、「将来上がる」って自己暗示をかけるか?上場廃止にならなきゃ御の字だろ。配当なんか夢のまた夢だよ。]
[ふんふん、それに、二次元の方が断然「萌え」るしな。]
白彦は二人の会話を眺め、羽涵と同時に唾を飲み込んだ。お互いに同調した反応に気づくと、以心伝心で視線を交わした。
たとえ、とても「エロ」く感じられ、昇給や昇進の機会が全くなく、タダ働きになる可能性が極めて高くても、夢のためには、俺が立ち上がらなければならない!
[私は自分の夢のた....]
[はあ、情報課の人までそう言うんじゃ、このプロジェクトは完全にダメになったな。]
謝鐘允はため息をついて言った。
[しかも、白彦アニキみたいに、普段女色に近寄らず、煙草も賭博もしない、穏やかで親切、頼りになって、よく部下を指導してくれる人なのに。]
[あ...?俺?お、おぅ...]
[足の不自由なおばあさんを横断歩道で助ける。][深夜まで残業する部下に付き添い、自腹でご馳走したり、飲み物を奢ったり、残業の原因を究明し、合理的に時間を調整する。][床にゴミを見つけたら自ら掃除し、分別し、さらには古参社員にマッサージまでしてあげる。]
周囲では白彦の過去の功績が次々と議論されていた。その大部分が単なる噂であったとしても、皆それを固く信じていた。
...俺は皆の心の中で、こんな人間だったのか?
[給料と資産は全額、児童養護施設に寄付している!][さすが白彦マネージャー!]
一部は、伝言ゲームで少し過大評価されすぎているような...。
[足の不自由なおばあさんを水路まで助ける。]
[水路って言った奴、ちょっと来い。急いで助け開けなきゃダメだろ!水路を渡ったら一緒に溺れ死ぬだろ!間違った手本を示すな。]
周囲は一斉に笑いに包まれたが、変わらないのは、告知メッセージには翌日まで、依然として誰の名前も書き込まれていなかったことだった。企画グループでは、負けたら告知に応募を書き込むという罰ゲームまで行われていた。
はあ、意欲ある参加者を放置する方法は通用しないようだ。会社の世論が既にこのプロジェクトの応募者を汚名化してしまった。他の方法を講じなければならない。
有志の興味をそそる必要がある!
白彦は、真っ先に告知メッセージに自分の名前を書き込んだ。
翌日の出勤時、一部の人は告知に白彦の名前が出ていることに驚いた。
中には、「白彦さん、うっかり押しちゃいましたね。編集して応募を取り消しましょうか」と言う社員もいたが、白彦はきっぱりと拒否した。
その後、白彦はマーケティング及び開発部門主管の名義で、全員を会社の大型映写室に集めて会議を開いた。
[今日、皆を集めたのは、告知にあった件について話し合うためだ。出向を考えている者も、異動を考えている者も。]
夢のためなら、イメージなんてものは、二の次でいい!
[皆考えてみてくれ。出向の要求に企画があり、情報がある。なのになぜ撮影もあるんだ?]
白彦が提示した問題に、現場の人々はざわめき始めた。
[そうだ、新世界なんだ、皆。しかも無料だ、第一級の、現場の。]
白彦はカンマの位置で、大げさなジェスチャーを交え、対応する内容に合わせたプレゼンテーションスライドを切り替えた。
比較的内向的な一部の女性社員は、スクリーンに映し出されたやや露出度の高い画面を見て、思わず両手で顔を覆った。
ディンドン!
この時、メッセージの着信音が鳴った。
白彦は壇上の携帯電話をこっそり観察した。
告知メッセージの場所に、一人の撮影組の社員の名前が増えていた。
それは昨日、情報課の社員と議論していた人物だった。
白彦は群衆の中から、撮影課の同僚の位置を探した。
相手もまた、強い眼差しで白彦を見返しており、その周りには、驚きと茫然自失が交錯した表情の同僚が数人いた。
[しかも、撮影者自身の好みに合わせて、衣装やアングルを変えることもできるかもしれない。]
ディンドン!ディンドン!ディンドン!
やるな...何人か参加者を募るつもりだったのに、全員参加を求めているわけじゃないんだぞ。
[ふん、たかが生身の裸ごときで、二次元の信仰を軽々しく捨てるなんて、実に恥ずかしい。]
昨日、撮影課の社員と話していた情報課の社員が鼻で笑って言った。
[聞いたところによると、生身の人間をスキャンしたデータが出来上がった後でも、二次元のキャラクターの顔モデルを適用できるらしいぞ。]
[ふん、たかが顔交換。]
[身体データと衣装も微調整できるんじゃないか?]
[ふん、たかが皮交換。]
[2Dの透視図スキャンを明暗とAI識別を利用して、3Dでプリントアウトする方法も、きっとある。]
[ふん、たかが....]2Dスキャン...3D...VR...たかが...同衾...。
ディンドン!ディンドン!ディンドン!
[企画なら....]
ディンドン!ディンドン!ディンドン!
この連中は口では否定しながら、体は正直だ...唯一状況を依然として困難にしているのは、羽涵を含む数名の社員を除いて、会場の女性社員がほとんど自発的に参加していないことだ。
さらには一部が軽蔑の念を込めて周囲を見渡しているが、これら全ては計算の内である。
白彦は次のプレゼンテーション画像に切り替えた。
上半身裸で、完璧な筋骨隆々の体躯を持ち、淡い青の海水パンツを履いた、ブロンズ色の肌に引き締まった体のビーチのイケメンが、目の前に赤裸々に現れた。
[もちろん、将来的には女性客層にも広げることができる。もし誰かがヘイヘイヘイヘイに入社し、この分野の業務を引き継いで拡大すればだが。]
これを聞いた内向的な女性社員たちは、依然として両手で顔を覆っていたが、唯一違ったのは、顔を覆った指の隙間から、彼女たちの視線がはっきりとスクリーン上をスキャンしているのが見えたことだ。
[2D画像スキャン会社の設備が成熟すれば、愛する男性スターの身体データをこっそりモデリングスキャンして、自分専用のVRで利用することもできる!性格や行動なども、自分の好きなように調整できる!]
一部の女性社員も、応募したいという指を抑えきれずに参加した。
大丈夫だ、夢のためなら、イメージなんてものは、形だけのものだ。
白彦の心は今、無我の最高境地に達していた。
今、エレベーターのドアが開き、オフィスに足を踏み入れた後、皆の俺を見る目は、以前とは全く違うに違いない。
講演を終え、エレベーターホールに立ち、マーケティング及び開発部門のオフィスフロアへ向かう白彦は、密かに心の準備をしていた。
フロアのカウントダウンは、まるでこれまでに築き上げたイメージの担保が、使い果たされて死を迎える運命を予言しているかのようだった。
白彦はドアノブを握る手をためらった。オフィスドアの前でさえ、これから起こるであろう状況にまだ恐れをなしていたのだ。
「だが、遅かれ早かれ向き合わなければならない」という言葉が、彼にドアノブを押す勇気を与えた。
しかし、彼を待ち受けていたのは、忌まわしい社会的な死の現場ではなく、まさかの...。
社員1:
[さすが白彦さんです。会社の人的資源が無駄になるのを防ぐため、あえて恥を忍んで重責を担うなんて。]
社員2:
[私たちの部門で最初に身を挺して先陣を切ったのがマネージャーだなんて、恥ずかしい限りです。]
社員3:
[好色であったり、特殊な性癖を実現したいからと、図々しく参加した私たちとは違い、白彦アニキの優しさが、会社全体の将来を支えてくださったのです。どうか一生涯、あなたについて行かせてください!]
社員4:
[私は、憧れの韓国のオッパのデータをこっそり取り込み、後にプログラムを依頼してインディーズゲームとして作り、こっそり設備にインストールして、毎日オッパとイチャイチャしたいという考えで参加したわけではありません。断じて違います!え?あなたも自分の変な性癖を実現するために、恥を忍んで重責を担うふりをしてプロモーションし、その結果拍手を受けたいがために参加したわけではないんですよね?断じて違います!]
オフィスに白彦が入ってきたことに気づいた社員たちは、皆一斉に彼に群がり、各自が自分の見解を述べたが、誰も白彦の動機を微塵も疑っていなかった...おそらく一人だけ、ほんのわずかに疑念を抱いた者がいたかもしれない。
なんだか言葉が出ないな。なぜこんな風に解釈されてしまったんだ...これは彼の全ての計画の中で、唯一計画通りにならなかった部分だろう。
ああ、それと応募が殺到しすぎて、結局自分で選抜しなければならなかった点も、元の計画とは異なっていた。
そして、白彦がヘイヘイヘイヘイに参加したことは、子会社の将来を案じ、放っておけず、自ら危険を冒したという美談として、社内社員の間で今日まで広く伝えられている。




