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白瀬レイン、高校1年生、春。1

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白瀬玲音(しらせ れいん)の実家は本屋を営んでいる。レインの暮らす街は映画館や全国展開するチェーン店舗の大きな本屋や商業施設に行くには電車、バスといった交通機関を使うか、親などに車を出してもらうしか行ける範囲になかった。

大きなスーパーが国道沿いにある為、日用品や食材を買うには不便ではなかったが、運良く、その大きなスーパーには本屋が無く、この街の本屋はレインの実家だけだった。令和の今、本だけで生活できるわけではななく、レインの実家である白瀬書店は、街の文化発信や交流の場としてレインが生まれる前からあの手この手で商売している。しかし、内心、レインは今どき本屋なんて流行らない商売。電子書籍やサブスクがあるのに、どうして本屋にわざわざ行って、わざわざ高値で部屋の場所を取る本を買うのかが分からなかった。

しかし、そんな、レインが自分の家が本屋で良かったと思うことが一つだけあった。月初めに発売される麻雀漫画雑誌があることだ。厳密にはレインは麻雀漫画雑誌の愛読者ではない。この雑誌を毎月、買いに来る客がいることが嬉しいことで、それを口実にその客と会えることがレインの生きる喜びだった。

その月は夜に待ち人ならぬ待ち客が現れた。

「レインちゃん。こんばんは。今月の近代麻雀を取りに来たよ」

「ソーヤくん、こんばんは。いま準備する!」

不二宗谷(ふじ そうや)は、レインの4つ年上の大学生1年生である。今どき古風に銀縁眼鏡をかけた青年で身なりや仕草から頭の良さや落ち着いた雰囲気が滲み出ていた。

長年、白瀬レインは、不二ソーヤに片想いしていた。これは誰にも言えない秘密であり、親にも親友にも言っていないが、何故だが皆にバレているようだった。それって!ソーヤくんに私の恋心がバレている!?でも、それなら、こんな風に毎月、雑誌を買いに来ることはないだろう。この近代麻雀という漫画雑誌の取り置きと、それをレインがソーヤに渡す作業は小学生の頃から始まっている。

元々はソーヤの父親が愛読者であるが、風邪で寝込み、取りに行けないときに、まだ子供だったソーヤに本屋で雑誌を買いに行くというおつかいをした。律儀にソーヤ少年は、父親が白瀬書店で毎月注文している、近代麻雀を取りに来た。その日は、たまたま白瀬書店に初店員は誰もいなかった、はずなのだが。

「いらっしゃいませ!きょうは、れいんがてんいんだよ!」

子供のレインは元気にソーヤをもてなした。本来は子供のレインが商品である本に携わることは禁止されていた。しかし、この日に限って、書店にいるはレインとソーヤだけだった。ソーヤは子供のレインが店番していることを、この書店は自分より年下の子も働くんだくらいにしか思わかなった。

「今日、発売した近代麻雀という漫画雑誌の新刊を取りに来た不二です」

レインはサッと予約した雑誌を持ってきて、レジで基本情報を記入し、ソーヤに雑誌を渡した。

「ありがとうございました!また、おこしください!バイバイ」

「バイバイ。ありがとう」

このあと、レインは親から物凄く怒られ、それは不二家にも伝わってきた。そのことを知ったソーヤは慌てて、白瀬書店に行き、レインの両親に謝った。

「レインちゃんは悪くないです!僕が不注意に取り引きしたことが悪い。だから、これ以上、レインちゃんを怒らないでください。」

元から、白瀬家と不二家は交流があったので、ソーヤがわざわざ詫びる必用はないと話は収まった。

しかし、それ以降、毎月、律儀に麻雀漫画雑誌を取りに来るソーヤと、その雑誌の受け渡しだけをするレインという習慣が完成してしまった。二人が会って話すことは他愛もない。学校のこと、部活のこと、友達や先生の話など。他愛もないからこそ不思議と続いた。小学生を過ぎて、中学生になって、高校1年生になってまで続いた。だからこそだ。今月のことは一生、忘れない。忘れられない。そんな、まさか、ソーヤくんが、来月から、この街から出て、大学近くに引っ越し、一人暮らしをすることを告げられた。レインはその場で硬直した。

「な、なな、なんで!普通、そういうのって、大学が始まる前からするよね?!」

「そうしたかったけど、引っ越し代が予算を超えたから、今になってね。まいったよ」

「大学からソーヤ君の家って、そんなに遠くないじゃん!」

「その内、都内の大学に転入するつもりでいるから、早いか遅いかの話かな。あと、やりたいこともある」

「都内!??」

確かに、この街から都内ならば、電車で2時間以上はかかる。でも、実家住まいで都内の大学に通う人も大勢いる。なぜ!?なぜ、都会に行ってしまうの?大きな本屋が沢山あるから?なんで?なんで?

「ここだけの話。今は、レインちゃんだけにしか言わないけど、僕、本格的に麻雀プロになる勉強をしようと思う。都内だと融通が利くから、この街を出ないと成長できない気がしてさ」

「ばか」

「どうしたの?レインちゃん?」

「何、麻雀プロだなんて、眠たいこと言ってんのよ!ばか!ソーヤ君のばか!大学生は勉強だけに集中しなさいよ!ばか!!」

そう言って、レインはソーヤの前を過ぎ去った。ソーヤは1人、その場に置いてけぼりにされた。


2

「バカじゃない?バカじゃない?!プロになるから、都内に行くって。ソーヤ君のばか!もう毎月、会えないじゃない!都会には近代麻雀が売っているところなんて沢山あるから、白瀬書店は用済みだってこと!」

「夜に呼び出した理由がそれかよ。レイン。その件は、ウチでも大変なことになっている」

レインは自室の明かりを付け、スマートフォンを睨む。スマートフォンの向こう側には、不二宗谷の弟で、白瀬玲音の幼なじみである不二飛龍(ふじ ひりゅう)が写っていた。

「まさか、大人しい兄貴が、麻雀プロを目指すだって、さ。受験はフェイクで本命は都内の大学への転入。なんか、兄貴の行っていた高校の進路担任もグルみたいで、てんやわんやだよ」

「麻雀って。ソーヤ君って、そんなに麻雀のことが好きだったの?ヒリューは知っていた?」

「オンライン麻雀やアプリもしていたっかな?確かに、休みの日には麻雀プロに会いに行くイベントにも行っていった。親父とも打つし、ヴァルハラ麻雀にも参加していたし、高校の麻雀部は首席だったというか、兄貴がいたから全国1位だし、まあ、人より好きなんじゃないの?」

「ヴァルハラ麻雀って言ったからエリーが怒るよ」

「ん?春原の親父のこととか知らん」

「ヒリューって、なんかエリーと仲悪いよね?なんで?」

「俺と春原には因縁があるんだよ。レインは詳しくなくていい!今は!」

「今は?なんで?」

「へー!兄貴、雀魂は雀天で、天鳳は九段なんだー。へー。麻雀界隈じゃ有名人じゃん!有名Vチューバーとコラボした経歴あるってさー」

「え、誰?誰?どのVチューバー?」

「リンク先、送った。あの、大人しい兄貴が、ここまで野心家だったとは。親は反対しているけど、形だけって感じがする。兄貴って、麻雀の才能があるよ。たぶん」

「わたし、ソーヤ君のこと、何も知らなかったんだなーって。雑誌の受け渡しと雑談するだけの店員とお客さんの間だったなんて。なんかさ。さみしいじゃん。そんなに麻雀が好きなら私に教えてくれたってよかったのに」

「いまからでも、遅くないんじゃねぇか?」

「え?」

「麻雀。はじめてみろよ。レイン」


3

レインはヒリューから送ってもらったリンク先を飛んだ。そして、スマートフォンに映ったユーチューブの画面を睨む。アニメキャラっぽい人が麻雀が強くて有名なVチューバーさんで、このメガネアイコンがソーヤ君らしい。確かに、声はソーヤ君だ。あと、二人、アニメかゲームのキャラっぽい人がオンラインで通話しながら麻雀をしている。

レインは、全くの麻雀初心者ではない。ソーヤに憧れて、近代麻雀を意味が分からなくともパラパラ読むし、父親が本好きで、有名な麻雀作品ならば家にある。しかし、真面目に読むことはなかった。Kindleセールだったからいくつか麻雀漫画もインストールしたが、最後まで読めたのはオバカミーコだけである。それも、読んだのは、だいぶ前の話で、最後まで読めた理由は女の子キャラが可愛かったからだった。だから、レインは麻雀のルールをあまり知らない。4人で遊ぶゲームであることしか知らない。どうやら、囲碁、将棋とは違うらしい。昔の本は賭け事の物語が多い気がする。生活の隣にあったのに、存在していたことは知っていたのに、今まで麻雀のことをあまり知ろうとしなかった。

ソーヤ君が高校時代に麻雀部を作って、全国大会に優勝した話も、いまは、もう昔。ソーヤ君が卒業したら、直ぐに廃部した。

画面に映る麻雀のルールも言葉の意味も何も分からなった。いつも大人びたソーヤ君が私の前とは違って子供っぽいというかイライラしたコメントをしていて面白かった。毎月、会っていたのに、好きだったのに、私は麻雀が好きなソーヤ君を知らなかったし、長い間、知ろうとしなかったことが分かってツラかった。

私、私の話ばかりしてソーヤ君の話を聞いてなかったな。

麻雀を始めたら、この画面に映るソーヤ君が言っている意味がわかるかな。

麻雀を始めたら、ソーヤ君に置いていかれないかな。

麻雀を始めたら、私は。

麻雀を始めたら、ソーヤ君は、私を好きになるかな。


「麻雀、はじめてみよ」


早速、麻雀アプリをいくつかインストールしてみる。

ユーチューブで配信していたのは、雀魂?すずめたましい?だっけ?これでいいかな?ユーザー登録をして。このゲームって、あのゲームの会社じゃん。いま、イベント中だから、後からデイリーミッションをクリアしよ。ユーザー名って、あのゲームと同じでいいかな。

「よし!登録できた!明日、ヒリューに色々、聞こう!」

何とも言えない高揚感に包まれ、レインは就寝した。


4

ソーヤが最後に白瀬書店に来る月初めである。

「レインちゃん。本、取りに来たよ」

「はい。いつもの。いつも、ありがとう」

「こちらこそ、いつも、ありがとう」

「あのね!ソーヤ君!私、麻雀を始めたんだ!」

ソーヤは静かに驚いた。

「まだ、全然、ルールがわからないけど、ヒリューにルールを教えてもらうつもり。ソーヤ君、あのね。この前は、ばかって言ってゴメン。私、ソーヤ君の夢を応援する。がんばってね」

ソーヤは受け取った雑誌を強く握る。

「そっか。レインちゃんが、麻雀をはじめるんだ」

「よかったら、雀魂のフレンドになってほしいな!いま、ヒリューしかいないから、さみしいし!」

「いいよ」

ソーヤとレインは互いのフレンドコードを交換した。

「そういえば、毎月、会うから、ラインの交換すらしてなかったね。ヒリューから、僕のラインは教えてもらった?」

「ゼンゼンゼンゼン」

「じゃ、ついでにラインも交換しよう。麻雀でわからないところがあれば教えることもできるし」

「マジデスカアリガトウ」

こうして、レインとソーヤは書店員と客という関係から卒業できた。


ソーヤが街を出た後も、月初めは白瀬書店にソーヤがいつ来るかソワソワしている自分が嫌になる。ラインも交換しただけで、まだ、一度も連絡していないし、連絡は来ない。

連絡するなら麻雀のことがいいかな。新しい生活はどうですか?とか、無難な雑談がいいかな。スマートフォンとニラメッコしながら、レインは何も出来ないまま、春は過ぎて行った。

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