第30話 サラル討伐
ノード政府とカナク評議会は、カナクの南に続く山岳地帯に警備隊を派遣し、ドローンを飛ばしてサラルの生息調査を開始した。そして、カナクの南20キロの山間部にサラルの群れが数百匹生息している事を確認した。その報告を受けたノード政府は、山間部に潜むサラルへの対策について協議を始めた。
カナクの戦闘では、警備ロボットの赤外線センサーにより自動発射される機銃が有効だったが、サラル達は警備ロボットの追跡よりも速く山間部に逃亡し、殲滅に至らなかった。そこでノードの技術者たちは、山間部のサラルの群れを追撃するために、攻撃用ドローンを製作する事を提案した。サラルの生息する山間部の上空を攻撃用ドローンに飛行させ、下部に備えた機銃を隊員が遠隔操作しサラルを仕留めるという計画だった。NASFには数百年前に作られた攻撃用ドローンの実物と設計図が保存されていた。一か月後、技術者により従来の偵察用ドローンの縦横とも幅が2倍以上、重量が10倍以上の攻撃用ドローンが試作され、飛行・射撃テストに成功した。ドローンを操縦する警備隊員が搭乗する装甲車も試作された。この装甲車は数百年前にアメリカで使用されていた軍用自動車ジープを基本モデルとして、サラルの投石による被害を防ぐため全体を金網で覆い、機銃の自動発射装置を上部に取り付けた新型ジープだった。
そしてノードの工業力を総動員し、攻撃用ドローンと新型ジープの本格生産が始まった。一年をかけ、二百台の攻撃用ドローンと百台の新型ジープが完成し、この島に侵入したサラルの群れに対する本格的な掃討作戦が開始されることになった。ノード政府は選抜された警備隊の精鋭を「サラル討伐隊」と命名し、ノード方面とカナク方面の二つの部隊に分け、山間部に潜むサラルの群れを挟撃し包囲殲滅する作戦を立てた。
ノード政府はまず10隻の船で、カナクに100名の警備隊員と20台の新型ジープ、多数の攻撃用ドローンを含む機材を輸送した。部隊はカナクに上陸後、ラルフ隊長の指揮下に入り、対サラルの戦闘訓練を行った。ノードから来た警備隊員達は、ショッピングドーム近くの檻に収監されている2匹のサラルの実物を見て驚きの声を上げた。隊員達は、カナクでサラルと戦ってきた警備隊員達の説明を聞き、対応を理解した。
一週間後、数少なくなったカナクの人々と警備隊員達が見送る中、ラルフ隊長に率いられた100名の警備隊は20台の新型ジープを先頭に、カナクの南に広がる山間部に向けて出発していった。
一方、ノードからも300名を超える警備隊の本隊が、多くの人々の見送りの中ノードを出発した。隊長のメイソンはノードに派遣されているラルフ隊長とは旧知の同僚だった。警備隊の本隊は攻撃用ドローンを搭載した50台の新型ジープを先頭に、工作隊・輸送隊と続く大部隊だった。ノードを出発した部隊は南へ抜ける街道からカナクの南に続く山岳地帯に入り、切り立った山、深い谷、湖が入り組んだ高低差のある氷河地形の中を進んで行った。
数日後、山間部を進むノードからの部隊がカナクの南20キロの目標地点に近づくと、先行する偵察用ドローンがサラルの群れを捉え始めた。サラルの群れは山と湖に囲まれた地域に数百匹確認され、「小さな個体」つまり子供のサラルも相当数発見された。子供のサラルは角もなくぬいぐるみ人形の様に可愛い姿をしていた。サラル達はドローンに反応したが恐れる様子もなかった。
ノード部隊は、サラルの群れの数キロ手前の地点でカナク部隊の到着を待つことになり、防御態勢を整え南北に横長の隊列で停止した。2日後にカナク部隊が到着し、北東方面から縦長の隊列で近づき、ノード部隊と連結した。ここでノード部隊のメイソン隊長とカナク部隊のラルフ隊長が翌日からの作戦の協議を開始した。
「サラルはとにかく動きが速い。カナクでは警備ロボットの赤外線センサーによる自動射撃が有効だったが、隊員の通常射撃でサラルを仕留めるのは困難だ」
「上空からのドローンでも、動き回るサラルに弾を命中させるのは簡単ではない」
「ドローンを効率よく配置し、慎重に目標を割り当てて一斉射撃すべきだな」
「東方向や南北にサラルを逃すと、これからの包囲作戦に支障が出る。倒せなくとも西に追い立てる事が必要だ」
「東に逃したらまた東方向に戻り包囲作戦をやり直す事になる。西方向に逃げるサラルは、さらに追い詰めて包囲殲滅できる」
「とにかく、サラルを殺傷するよりも、サラルを東へ逃がさないように、ドローンの網を張る事が肝要だ」
こうして400名の「サラル討伐隊」の態勢が整い、翌朝辺りが明るくなる時刻を待って、南北方向に並んだノード隊・カナク隊の70台の新型ジープが進撃を開始し、攻撃用ドローンが一斉に飛び立った。サラルの群れを捉えた攻撃用ドローンは、サラルの群れを東方向から取り囲み、時刻を合わせて一斉射撃を開始した。たちまち多くのサラルに命中し、サラル達は子供を抱えて蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。ドローンは速度を上げ、うなりを上げる機銃が正確な射撃で逃げ回るサラルを一匹一匹倒していく。ドローンの東方向からの攻撃から逃れるため、サラル達は西の方向へ逃げていく。攻撃は夕刻まで続き、数十匹のサラルを倒した事が確認された。
ラルフ隊長は「サラルは夜間に報復攻撃に出てくる」とメイソン隊長に伝えた。討伐隊は、サラルの夜間の攻撃に備えるため、辺りを見渡せる湖の岸で円型の陣を張った。夜営する隊員達のテントを囲むように外側に70台の新型ジープが整列した。その夜、ラルフ隊長が予告した通り暗闇に紛れて数十匹のサラルが襲ってきたが、夜営テントを守る新型ジープの機銃が自動発砲を開始し、サラルは逃げ去っていった。翌朝、辺りが明るくなり、ドローンを飛ばしてみたがサラルの姿はなかった。サラルは西方向へ飛び去ったようだった。
翌日もその翌日もサラル討伐隊は、高低差のある急峻な山あり谷ありの氷河地形に難渋しながら、サラルの群れを追って慎重に西へ西へと進撃を続ける。サラルは反撃する事もなく、ドローンがその姿を捉える前に素早く逃亡して行くようになった。
討伐隊が数十キロ西へ進んだ時、ひときわ高い山の中腹に百匹近いサラルの群れが発見された。討伐隊が攻撃用ドローンを飛ばすと、サラルの群れが崖付近で待受け、ドローンの上から石を投げつけてきた。この攻撃で3台のドローンが破壊された。これ以降ドローンは山から距離をとり、高度を上げてサラルを攻撃したが、この山に潜む約百匹のサラルを掃討するのに十数日を要した。