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第27話 サラルの出現

 カナクの若者達がノードに去って十数年の年月が過ぎた。孫娘たちがひ孫を連れて帰って来るのを待ちわびていたビリーも、評議会議長としての職を全うしたアイダも既に亡くなっていた。リッチとアリスとルーシーは娘たちがノードに行ってしまった後、もう一度昔の様に3人が一つのドームで暮らす事になった。


 一人息子のコナーは、カナクに取り残されることになった。リッチたちが心配して「お前ノードに行かないのか?私達の事は心配しなくていいよ」と言ったが、コナーはカナクに残る事を選択した。コナーは耳が不自由だったが、介護技術者として住宅ドームを訪問し、身振りや筆談で老人たちの依頼に応えていた。その中で老夫婦とひとり娘の居るある家庭を担当し毎日のように訪問するうちに、そのクリスティーンという名の娘と親しくなった。そして老夫婦の許可も得てクリスティーンと結婚する事になった。リッチもアリスもルーシーも結婚の報告に小躍りして喜んだ。家族友人の見守る中、ショッピングドームでささやかな結婚式が開かれた。コナーとクリスティーンの結婚はカナクの人々にとって久しぶりの慶事となった。

 コナーは耳が聞こえず、クリスティーンは目が見えなかった。クリスティーンにとってコナーはいつも優しくしてくれる存在であり、コナーにとってクリスティーンを助ける事は幸福感を満たすものだった。二人の間には子供は生まれなかったが、互いに助け合う暮らしが穏やかに過ぎて行った。


 このころのカナクの人口は150人を切り、成人学校に在籍する者も50人程となっていた。成人学校ドームの外の一般住宅ドームに居住する人々のほとんどが老夫婦か独居老人で、子供のいる家庭はほんの数軒だった。コナーとクリスティーンは介護技術者として、これらの一般住宅ドームを訪問し老人たちの話し相手となり、困り事があったら助けるという生活を続けていた。


 そんなある日、コナーとクリスティーンがいつものように老人達のドームを訪問しようと、手を取り合って歩いていると、近くで必死に吠えている犬がいることにクリスティーンが気付いた。それを手話で伝えられたコナーが何事かとその方角を見ると、数十メートル離れたドームの上に、見た事のない大きな生き物がいるのを見つけた。その生き物は大きな猿のようで、頭に(つの)があり、背中に羽が生えていた。その生き物は、コナー達を見つけると、背中の羽をばたつかせ近くに飛んできて、牙を剥き出しにし恐ろしい顔で威嚇をはじめた。


 コナーはクリスティーンの手を引き近くのドームに逃げ込んだ。追いかけてきたサラルはドームの中に入ろうとしたが、コナーが何とか防いだ。その間、クリスティーンがカナクの警備隊に電話で「大きなはげ猿が襲ってきた」と通報した。まもなく銃を持った警備隊が駆け付けると、その生き物は逃げ出しドームの上から羽を広げて南へ飛び去った。


 コナーから、その「見た事のない生き物」の様子を聞いた警備隊は、その生き物が飛び去った南の方向にドローンを飛ばし探索を開始した。警備隊は、ドローンからの映像で南の森地区に十数匹の羽の生えた生き物がいる事を確認した。ドローン操縦の電気技師として駆けつけたリッチは、この映像を見て「この生き物にはつのが有り羽が生えている。これは、父のビリーが言っていた旧大陸のサラルではないか?だとすれば大事件だ」と警備隊に話し、警備隊はすぐに評議会に連絡した。

 連絡を受けたカナクの評議会は警備隊に、直ちにはげ猿襲来の際に取り決めた厳戒態勢を取るように命令した。命令を受けたカナク警備隊は、周辺の一般住宅ドームに住む数十戸の家族と単身者を成人学校ドームに避難させ、その周辺を警備隊員や成人学校の男女が武器を取って警戒する事になった。


 同時にカナクの評議会は、ノード政府に「サラルらしき生き物」が発見されたと連絡し、ドローンからの映像を送り、応援を要請した。

 カナクから連絡を受けたノード政府は、直ちに大統領を中心とする緊急会議を開催し、カナクから送られてきた映像を見た専門家達は、その生き物がノスロ族が旧大陸を追われる原因となった「サラル」であると結論付けた。大統領はサラルの出現はすべての人類に対する脅威であるとのメッセージをカナクに伝え、緊急に必要な人員と装備を含むすべての支援をする事を約束した。


 カナクでは、警備隊員約20名が銃を持ってドーム周辺で警戒態勢を取っていた。電気技師のリッチも、介護技術者のコナーも警備隊員に加わった。アリス、ルーシー、クリスティーンは避難した成人学校ドーム内で、他の人々と共に心配で眠れぬ夜を過ごした。

「サラルらしき生き物」の映像を見せられたカナクの人達は、「はげ猿か何かの間違いではないか?そうあってほしい」と願っていた。


 しかしその夜遅く、オーロラの光が薄れドームの辺りが暗闇になった頃、恐れていたサラルが現れた。十数匹のサラルが出現し、無人になった一般住宅ドームの扉を次々と金属棒で叩き壊し、中の食料を荒らした。サラル達はさらに集団でショッピングドームを襲い始めた。警備隊員が銃を発砲して応戦したが、サラル達は巧みに姿を隠して照明を壊し、暗闇の見えない場所から警備隊員めがけて強烈な投石攻撃を開始した。サラルの投石で警備隊員の空調スーツが破損し、負傷者が続出した。警備隊の一員として戦っていたコナーは背後からサラルに襲撃され命を落とした。サラルの襲撃は明け方まで続き、夜明けになるとサラルたちは去って行った。警備隊は、この夜の戦闘で五名の犠牲者を出した。


 リッチはコナーの死をクリスティーンや母親のアリスに伝える辛い役目をした。最愛の夫コナーを失ったクリスティーンの嘆きは誰も慰めようもないものだった。コナーの母親のアリスも悲しみと怒りが抑えようもなく、警備隊に加わりサラルと戦う事を決意した。ルーシーも車椅子で戦うアリスを放っておけないと一緒に警備隊に志願した。実際にサラルを見たカナクの人々は老人達でさえ警備隊に志願し、銃を取って戦うと言い始めた。


 この間、カナク評議会はサラルとの戦闘状況をノード政府に伝え、ノード政府からは90人の警備隊と医療班を乗せた高速船が全速で向かっている。明日か明後日にはカナクに到着する予定だという連絡があった。


 サラルが去った後、カナクの警備隊は成人学校ドームとショッピングドーム周辺に防御陣地を作り始めた。住宅ドームから机・テーブル・椅子・ソファーなどを集め、バリケード陣地を作り、隊員がその中で投石被害を防ぎつつ銃を撃つ事が出来るようにした。

 そして夜になり、ドームの辺りが暗闇になった頃、再びサラルが現れた。昨日より多くなった二十匹以上のサラルがバリケード陣地に立て籠もる警備隊員に、大量の石を投げつけた。警備隊員達もバリケード陣地から銃を撃って反撃した。アリスもルーシーも銃を持ってサラルと戦った。

その中で不運にもアリスがサラルの投石にやられ重傷を負い、ルーシーが成人学校ドームの救護室に運びこんだが、手当ての甲斐もなく亡くなった。

 この夜カナクの警備隊は、サラルとの戦闘で八名の犠牲者を出した。数匹のサラルを倒したものの、倒れたサラルは仲間に助けられ連れ去られたのか、翌朝には姿がなかった。


 この深刻な事態にカナクの評議会は、これ以上犠牲者を出すべきではないと考え、昼間のうちにカナクの人々全員を船に乗せてノードに避難する事を提案した。

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