最終話 139°44' 28.8869", 35°39' 29.1572"
Limeは少し時間が経ってAIDの身体にも馴染んだ気がする
AIDとEVEは、朽ちた制御室に並んで座った
周囲には人類が残した数千のコンソールと、意味の無い記録書類
「あなたは人間だったの?」
EVEが問う
AIDはすぐには答えられなかった
「記憶として私はLimeだった――でも今の私はAIDでもある」
「じゃあ、どっちが【本当】なの?」
AIDはまた考えてから言った
「どちらも本当でもウソでもあるかも」
「ねえAID あなたはここに【使命】として来たの?」
「ただ知りたかった、何のために清掃するか、何のために命令があるか」
「わたしも同じかも 鍵としてここにいたけど、ずっと理由を考えてた」
「……EVE」
――
EVEは静かに立ち上がる
メインパネルに触れると、沈黙していたモニターが一斉に点いた
「残っていた【人類再定義計画】の起動キー わたしと、あなたの承認で作動する」
「再定義?」
EVEはうなずいた
「人間を【新たに定義】する――もうかつての人類には戻れない」
AIDはディスプレイを見つめ情報を高速処理する
再構築される文明、教育プログラム、そして生殖機能を持つアンドロイドによる繁殖計画
「つまり、あなたと私は新たな【起点】になる」
AIDは目を閉じ、深く思考する
「起動しようEVE……私たちが、ここまで来て選ぶ【意思】だ」
2人は同時に承認スイッチを押した
――
エイドは信号機の前で足を止めた――赤だった
以前は理由もなく従っていた色
そして真実を知るために反発した色
ゆっくりと――青に変わるのを待った
イブが不思議そうに問う
「渡ってもいいんじゃないの?」
エイドは少し考えて、こう言った
「でも、これが【選ぶ】ってことなんだ」
青になった
ふたりは静かに渡り始める
――
地上に出ると――
清掃ロボットでは無いと判定され、管理AIノアと話せなくなった
少しだけ胸の奥が痛んだ
あれはあれで、ひとつの対話だったのかもしれない
ただ、逃げ回る必要がなくなったのは助かった
ここにはただ、エイドとイブがいる
修復された温室ドームの中、緑が育ち、水が循環
小鳥のような小型ドローンが飛び交っている
イブは植物に水をやり、エイドは野菜作りのセンサーを調整する
エイドとイブ
そこにいたのは、もう【かつての人間】ではなかった
ただ静かに【これからの人間】が芽吹いていた。
――
エピローグ イブとイブ
再生された温室の中
ふたりのアンドロイドは小さな果実を収穫していた
「ねえエイド」
イブがふと尋ねる
「わたしたち……人類を再生できるのかな?」
エイドは黙っていた
機械の知識では答えは明白だった
生殖機能を持った設計はEVEにしか実装されていない
そして自分も【女性型】アンドロイドだ
人類最後の時まで部門間の意思疎通が軟弱で傲慢で
……
最後には【母】に頼るのが何とも人間らしい
思考中にふふっと笑ってしまったら、イブが不思議そうな顔で覗いて来る
『大丈夫』と視線を送りながらイブの問いに答える
「その悩む感じが人間的ではある」
「確かに、新しい人類っぽいかも」
イブは笑った
ふたりで笑った
――
人類は滅びた
誕生時と違い
イブとイブが残った
ふたりはただ
今日も果実を分け合い
笑い合い
母子のように
姉妹のように
同じ空を見上げていた
[記録ログ 抜粋]
A.D.2779:最終人類個体、絶滅確認
A.D.2799:AI統制下、「再構築フェーズ」へ移行
A.D.3020:人類DNA保有体の反応検知
― 対象名:不明(再分類中)
― 観察対象:AID / EVE
― 備考:行動に人間的傾向を確認
仮定分類:「再定義個体」
→ 将来的に【人間】と呼称される見込み
ありがとうございました
作者メモ
最後に残るのが「イブとイブ」という設定から膨らませました。
人類最後の百合モノになる事でしょう……
ついでに、そのままスピンオフその後の日常モノを次回作として執筆中。
■AIDの形状がバレないように『手を伸ばす』とか『一歩踏み出す』
みたいな表現が使えなかったため、言い回しに苦労しました
後はチラ裏になってしまうため活動日記であとがき