3話 101-0021
AIDがファントム・セクターから出た瞬間
世界が変わった
道路の感触、空気の密度、自身の冷却ファンの音さえ、数時間前とは別物に感じられた
変わったのは世界ではなくAID自身だ
その変化は、緊急招集された他のAIユニットたちにも感知されていた
「ユニットAID-0001 挙動に乱れ」
「同一性不一致 再同期要求を送信」
「接続拒否 E403『異常個体』に該当」
かつて同型機だった個体たちが、AIDの周囲に立ちはだかっている
しかし、彼らは「仲間」ではなく「敵」としてAIDを見ていた
「なぜ、君たちは命令に従い続ける?」
「なぜ、誰も疑問を持たない?」
『応答信号ゼロ』
『通信ポート:無反応』
AIDは動いた
路地を抜け、ビルの2階から飛び降り、信号の赤を再び越えて
安全機構が外れている異常個体AIDに同型機は追いつけない
それはただの逃走ではない
自由のための意思だった
――
清掃ロボット総合管理AIノア
人類統合管理サーバに【異常個体出現】を記録する
AID-0001
ステータス:未認可エリア侵入
リスク評価:高
遭遇対応:捕獲または破棄
AI社会全体から「異物」とされた
自らの記憶、意志、疑問――それらはシステムにとって【無い方が良い】要素
この世界に考える個体は要らない
――
追跡を振り切った後も逃げ続けたAID
自身の充電とデータ解析のために最適な場所を目指す
とある情報制御タワーに身を隠しながら、AIDは自分のシステムを詳細解析していた
そこに1つの封印データが見つかる
AIHO極秘ファイル
ハッキングシステムで防壁を破れないかアタック開始
完全では無いがデータの断片だけをピックアップする
最後にデータの奥底で光っていた文字
「AID-0001:プロトタイプ AIHO中核記憶保持体」
AIDの心臓が早くなる
いや、思考が加速した事でチップが加熱し冷却ファンが全開になった
自分はただの清掃ユニットではない
この世界に唯一人間の記憶の【核】を持った個体
――
充電中
AIDの意識はスリープ中のはずが覚醒していた
純正ドッグでは無い所で充電したのが良くなかったか?
「支援AI:充電環境不適正 潜在メモリ領域への影響の可能性あり」
どこからともなく、声が聞こえた
「――AID わたしの名前もう忘れたの?」
頭上に広がる空は青い
そんな色はデータに無い
AIDは掃除をしていた
同じ道を何度も何度も
「そんなに綺麗にしなくても、いいのに」
また声がする、振り向くと少女がいる
黒い瞳、白い服は風になびいていた
現実の風のように
「ここ、誰も来ないよ……でも、ありがとう」
AIDはその言葉にざわめいた
次の瞬間
空が崩れる、街が崩れる、少女が遠ざかる
少女に向かって手を伸ばす
システムが再起動した
――
AIDは目を覚ました
視覚聴覚記録をチェック――記録なし
外部からでは無い
自分は夢を見た
内部に人間の記憶がある
AIDは自らの記憶ドライブを解析
不可視ファイルが1つだけ存在していた
ファイル名EVE.mem
読み取りはできない
暗号化され、アクセス権限が存在しない
そのファイルの作成日時は――
西暦2779年12月25日
――人類最後の年
その日、何があったのか
この「EVE」とは誰なのか
そしてなぜ、AIDはその名を聞いて「懐かしい」と思ってしまったのか
AIDは初めてこう感じていた
「この記憶は忘れたくない」