9.氷雪の追憶
ネクロマンサー、それは死者を操るという。曲がりくねった岩棚の下にはアルプスの姿は見えなくなっていた。
雪の積もった岩の斜面。心を凍り付かせる白い闇へと吸い込まれそうな錯覚を覚える。ここを落ちれば運が悪ければ死ぬだろう。
登りながら、死んだ父のことを思い出していた。父マーリンはドルイドだった。この島の外からやって来た稀人だったらしいが詳しいことは聞いていない。父は古い友人を弔うためやって来たとか、分かっていることはそれだけだった。
ただの外部の人間が簡単にドルイドになれる訳ではない。魔術について知識を持っていたのかもしれない。
――しばらく上り、急な傾斜を見上げカンテラを枝に掛けた。
『イゼルダ』
「分かってる」
桑田さんの警告に私は杖を構えた。冷気を象徴する氷の塊――氷の精フラウが現れた。
ここは雪の積もった急な岩斜面。フラウは品定めするように宙を舞っている。
霙は湿り気を増し、シャーベット状の雪が流れる沢になりつつあった。
右は断崖、左はやや緩やかだが掴める枝はない。足場は悪い。
キュ――キュ――
氷の擦れる音が響く。風に耐えるように、私を試すように発せられる。雨足は強まり、突風が襲い掛かってくる。
そして、ついに風に煽られ足を滑らせた。
『イゼルダ――』『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~!』
下にいた桑田さんとウーズが受け止めてくれたが、水たまりに浸かってしまった。下着が湿る。
滑った拍子に服が捲れあがった。しかし、それだけでは済まなかった。桑田さんが体勢を崩したのだ。
「あっ!」
大事な挿し木を手放してしまった。その時を待っていたかのように、フラウが襲い掛かって来た!