8.雪のほかにネクロマンサーも降るようです
『パキパキ――イゼルダ、彼女は魔法使いだ』桑の木の樹人桑田さんが警告を発する。
「そりゃそうでしょうよ、いきなり空から降ってくる一般人がいたら驚きだわ!」
ヒュ――何処から取り出したのか、4フィート(1m)を超える大腿骨を一振りする。彼女はそれを肩に担いだ。
『豚骨ラーメン職人でしょうか』ウーズは意味不明なワードを呟くと蠢いた。
「豚、大きすぎでしょ」
「……あのさー。さっきから、あーしを置いて、独りツッコミ、キモイんですけど」空から降って来たサメ歯少女は心底イラついたように、大腿骨で自分を肩たたきした。
『肩が凝っているのでしょうか』ウーズの訳の分からないボケはスルーだ。……独り言? 桑田さんとウーズが見えないのだろうか。
「ほら、隣にトレントとウーズがいるでしょ」
「なんも居ないけど」サメ歯少女はうんちょこピーした。長い赤髪がドクロフードから零れる。
「もしかして、≪樹≫リージョンの外の人?」
≪樹≫リージョン内で生まれ育ったものの多くは、トレントやウーズなど森に属する存在を感じ取れる。
「あー、そういうことか。≪樹≫のモンスターが居んのか」
「モンスターじゃないんだけど」
ブン――ブン――
サメ歯少女はその場で大腿骨の素振りを始めた。
「ムシュシュギョー的なヤツ。つおいやつに会いにくい、みたいな」
「それを言うなら、『武者修行』に『強い奴に会いに行く』でしょ」
「それそれ、ちゃんと伝わってんだから、いーじゃん」
尚も大腿骨を振り回すサメ歯少女。
「えーと、私はイゼルダ。ドルイドやってるんだけど、あなたは?」
「あーし? あーしはネクロマンサーのアルプスってーの」
大腿骨を振るサメ歯少女はそう名乗った。
ネクロマンサー――それは死者を冒涜する忌むべき異端の魔法使いのことだが……。
「筋肉があーしの魔法だから」そういってぷにぷにな二の腕で力コブを作った。カンテラに照らされ白く細い腕が浮かび上がる。
「ネクロマンサーじゃ無いんかい!」
「バッター、ビビってる!」ブン――素振りを止める気配はない。
「あなた、空から降って来たように見えたんだけど」私はアルプスの足元に残るクレーターに目をやった。
「跳んできたから。マジヨユー。高いとこに登ればわかるかなって」
「何処かを目指してるの?」
「はぐれて、マジピンチ」
「ピンチなら素振りとかやってる場合じゃ無いんじゃ……」
「それな!」
「それなて」
ここでこうしていても始まらない。さっさと進まないと夜が明けて、キノコを採り逃してしまう。ここまで跳んできたのなら帰れるだろう。
「私、用事があるから、行っていい?」
「え? 一発バトらないの?」
素振りは止まらない。見るからに重たい大腿骨の勢いは衰えることを知らない。スタミナの底が見えない。
「バトる訳無いでしょ、どういう流れよ!」
「なにそれ、つまんねーし」大腿骨に顎を置くと、ようやく素振りを止めた。
「じゃあ、行くからね」
私が進むと、サメ歯少女のアルプスはあっさり道を開けてくれた。
――木の幹を手掛かりに岩場を登って行く。
私は彼女が明かりを持っていなかったことに気が付いた。振り返るとアルプスは斜面を見上げていた。闇の中に溶け込むように大腿骨に顎を乗せ、こちらに小さく手を振っている。それはネクロマンサーという忌み名を想起させる異様な光景に思えた。