7.モノクロームの稜線
尾根沿いの急な岩場に差し掛かった。雨で溶け始めた雪がカンテラの光を受け輝いている。濡れた幹が圧し掛かるように見下ろしていた。
『こんな険しい場所を登ろうなんて、イゼルダさんも大概マゾですね』
「やめて、人を変態みたいに」腰に手を当てつつ、心の中でウーズを睨む。桑田さんの頭の上でふんぞり返っている。
『ハァ、ハァ……イゼルダさんに踏まれる岩が羨ましいです』ウーズはとろけた。
「うわ」
雨足が弱まり、冷たい風が斜面を過ぎていく。
『パキパキ――気を付けた方がいい、氷の精フラウの姿が見えない。峠の広場にいたはずだが何処へ行ったのか』桑田さんが注意を促す。
近くにいる可能性は高い。この先の尾根の岩場で遭遇すれば危険だ。急登であり、フラウの介在で落下すればただでは済まない。迂回路もあるが、結局は尾根を登る。滞在時間が延びるほど危険も増す。最短でキノコを採って戻る方が安全だろう。ここで粘るか、諦めるか。
――もっとも、最初から選択肢は決めていたのだが。
「忠告ありがとう、でも行くわ。まっすぐね」
『人間はせっかちだね』『まったくですね』呆れているのかもしれない。
「あなたたちだけ戻ってもいいのよ」
『パキパキ――いやいや、面白いものが見れそうだ』桑田さんは身を揺らした。
「ちょっと、見世物じゃないのよ」
『桑田さんは好奇心お化けなんだよ。とはいえ、僕もこんなイベントに参加しない手は無いけどね!』
人差し指で注意する私に、よくわからないリアクションで苔玉は返した。不定形生物の身体感覚に共感しろとか、無理な話にも程がある。
私は話もそこそこに、急な岩場を見上げた。挿し木が邪魔だ。荷物に括り付けるべく布を縄に縒り始めた。
「ねぇ、桑田さんがこの挿し木を見るには初めてだって言ってたけど」
『そもそもエルダートレントがアーティファクトを授けること自体珍しいんだ。隕石でも降るんじゃないかな』
ウーズがそんな軽口を言った時だ。
――空気の壁が森を蹂躙した。
全てがスローモーションになる。衝撃は王冠のように円形に広がり、泥と混じって白と褐色のグラデーションを巻き上げた。何者かが空から着地したのだ。遅れて軌道の衝撃で吹き飛ばされて来た枝や大木が雨あられと尾根を打ちのめす。
それは赤黒ボーダーのだらしないシャツの少女だった。ドクロのフードを目深にかぶり表情は見えない。
ジャラ――膝をついた姿勢から立ち上がると、服から垂れ下がった鎖が音を鳴らした。
「キシシ……」サメのようなギザギザの歯をむき出しにして、その小柄な少女は笑った。自分で削ったのだろうか、だとしたら象牙質が剥き出しで虫歯が心配だ。