11.ワイルドハント
氷の精フラウから黒い鷹の影が渦巻くように舞い上った。それを見たウーズは仰け反るように蠢いた。『あれはワイルドハントの悪霊です』
「ワイルドハント……」
――ワイルドハント、それはこのあたりで見られるようになった悪霊の群れだ。夜中に騎士や狩人など集団で狩りを行う姿が目撃される。見た者は不幸に見舞われるという。
フラウの体は、風が落ち着くとともに溶けていった――内側に向かって萎んでいくように、存在自体が崩れていくかのように、見る間に変容した。そうして、氷が溶け、姿を現したのは泉の精ナイアードだった。
彼女は力なく僅かに震えると、霙の混じる沢と共に消えていった。消滅ではなく、水の精は水中で力を蓄える。しばらくすればまた会えるだろう。
「――へー、案外スゴいねイゼルダって」振り返ると自称ネクロマンサーのアルプスが岩の上に片足で立っていた。ドクロフードの奥でサメ歯をむき出しにして笑っている。
「見えない何かとバトってたみたいだけど、蔦を使って避けたり、苔のクッションで着地したり。それがイゼルダの魔法なんだ。キシシ」
桑田さんに助けてもらった様子は、彼女には蔦を使って回避したように見えていたらしい。
「助けてくれたら有難かったんだけど」
「楽しんでるところをさ、邪魔するのってダサいじゃん?」彼女は首を傾げつつそんなことを言った。いったい何処の戦闘民族なのか。
「戦いを楽しむような趣味は持ってないんだけど」
「そーなんだ。でもそんな匂いしてたよ、イゼルダって」依然自称ネクロマンサーの少女アルプスは呑気に岩の上に佇んでいる。
「はぐれたんでしょ、良いの? きっと心配してるんじゃない?」
「キシシ、心配とかしてないよ、たぶん、きっとね。それより、面白そうだからイゼルダについてくことにしたから」
アルプスは袖なしパーカーのような服の下に赤黒ボーダーのシャツ一枚、ミニスカートにニーハイブーツだ。おまけに金属の鎖までまとっている。水分を含んだ春の雪に晒され、このままでは低体温症になるだろう。私も短い滞在時間を予定していたので、防寒具に代わる物など持って来ていない。
「早く戻った方がいいよ、体が冷えて不味いことになるよ」
「お、心配してくれるの? イゼルダちゃん、やさしーぃ! でも、ダイジョブだよ。ほら」
服をつまんで見せると濡れている様子は無かった。付着した霙は滑るように表面を流れてゆく。不思議なことに服のしわに溜まるようなことも無い。
「これがあなたの魔法なの?」
「そゆこと。防水と冷気免疫」
ネクロマンサーというのは本当なのかもしれない。詳しくは知らないが、死体を操るなら死体へ近づいていくのかもしれない。だとすれば体温の無い死体への最適化の行きつく先が冷気免疫なのか。
「付いてきてもいいけど、邪魔しないでね」
「はいはい」
返事ー。天邪鬼そうだから面白半分で邪魔してきそうなんですけど。心配しかないのだが!