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人形は感情を持つ  作者: 吸-Sui
始動編
4/4

情報遮断という支配


─── あなたを、すきになったら、連れて行って。


彼にそう伝えてから、なんだか様子がおかしい気がする。遊裏は日に日に強く思うようになっていった。

実際、彼女の感覚は大半の者が正しいと感じるだろう。

食事の時間に遊裏が残したものを食べるため共にいるようになったはずが、今度は突然食事を彼女に差し出すとそそくさと部屋を出ていってしまうのだ。

その時の態度も何か質問した時の態度も、なんだか焦っているような、隠しているような。


───もしかして、やっぱり嘘なのかな。


突然距離を置かれたような感覚だ。こう思うのは無理もない…と、思う。

あの時の『好き』は嘘だったのだろうか。そう考えると途端に疲れが押し寄せた気がした。こんな無価値な人生にやっと意味を持たせられるのかと期待したのに、その希望がなくなりつつあるのだから。

遊裏は布団に潜った。こんなに暖かい布団を用意してくれて、食事も作ってくれていることには感謝している。その他にも感謝したいことは山ほどある。


でも、もしすべてが何かの目的のためだったなら。


また、利用される人生。

結局自分は何かの、誰かの踏み台にしかなれない。

───結局、そういう運命なんだ。



──────バンッ!



大きな音だった。あまりにも突然だったので体が震え上がった。

彼が来たのか。

怒っているのだろうか。それとも、その『何かの目的』のために───……


「……遊裏。僕の態度が、行動が、キミを不安にさせた。ごめん、ごめんね」


……ごめん?

耳を疑った。確かに彼の声、彼の喋り方だ。本人だと思う。でもどうして、何故謝る?

彼は続けた。


「許されると思ってない。言い訳なんて愚かなことはしない。だけど、だけど嘘じゃない。キミを好きなのは、愛してるのは嘘じゃない!!」


布団の中に潜っているおかげで姿は見えないが、彼が必死に弁解してるのが目に浮かんだ。

足音がする。すぐそこまで近付いたのだろう。彼は何度も何度も謝罪を続けた。

突然の大きな音や、弁解内容も驚くものはあったけど。それよりも大きな違和感を抱いていた。


───どうして彼は、『"ぼく"が彼の好きという言葉を嘘だと思っている』ということを知っているのだろう?


一度も口にしていない。そんな態度を見せた覚えもない。そもそも、先程出してくれた食事の時も、すぐにどこか行ってしまったじゃないか。

膨れ上がる違和感。許すとか許さないとかより、どうして彼は、知っているの?

そう考えた瞬間、怒涛の謝罪が止まった。静寂が戻った。

その中でぽつりと、彼は呟いた。


「やっぱりキミは、頭がよく回る」


どこか諦めたような声。褒めているようにも聞こえた。


「……布団から出てほしい。嫌なら、そのままで大丈夫。キミに隠してたことを言う」


わざわざ布団から出るように促すのは何故なのだろう、とか考えたけど。もし何か酷いことをするならば、彼の『影』というものを使えば抵抗できずに一瞬のはずだ。この短期間で見た限り、無数の影を生み出しては操れるらしい。なら、たぶん、目を見て話したいのだろう。

恐怖がないとは言えない。違和感と同時に恐怖が膨れ上がっていたのも事実だ。だけど、大丈夫だと直感で感じた。


視界に光が差した。


目的の人物は、床に座ってこちらを見ていた。

優しい瞳。純粋な、瞳。

今まで抱えていた恐怖が、馬鹿馬鹿しくなるほどに。


「………ありがとう。きっと知ったら気味悪がると思って、隠しておこうと思ったんだ」


沈黙のまま、言葉を待った。



「───僕は、人の心の声が、聞こえるんだ」



無意識に、戸惑いの声が漏れていた。

あまりにも非現実的で、疑わしい現象だった。

確かによく考えてみれば、辻褄が合う。合ってしまう。

考えた瞬間にまるで聞こえていたかのように謝罪が止まるのも、突然態度が変わって考えたことを訂正しに来るのも、全部。

だとしたら、だとしたら───。


「キミが、今まで考えたことも思ったことも何もかも、わかるんだ」


思考を、把握されている。

最初から、ずっと。

そう考えたら、そう考えてしまったら───。


───きっと知ったら気味悪がると思って、隠しておこうと思ったんだ


…………あ。

思い出さなかったら、"その人たち"と、同じになっていた。

積極的なようで、肝心なところが消極的なのも、そういうことなのかな。


「………え、あ、ゆう、り?」


手を握った。それだけじゃ足りないと思った。

少し怖い、けど。震える手で、腕で抱きしめた。

心臓が跳ねている。飛び出しそうなくらい、息も規則正しいわけじゃない。

でも、それでも、こうした方がいいと思った。彼の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


「ゆう、り、え、と、えと」


慌てている。なんとなく照れが混じっているような。

難しいけど、言葉にした方がいい。そうじゃないと、この人はずっと独りなんだと思う。

ぼくと同じなんだ。


「こわいと、思った。なんで、わかるんだろって、怖かった。怖いけど、あなたは気味悪がるかもしれないって言った。それって、そういうことがほんとにあったから、なんだ、よね」


彼の呼吸がほんの少し乱れた。


「じゃあ、ぼくはそう思っちゃいけない…ご飯も作ってくれて、布団も本も用意してくれて、こんなに良くしてくれてるのに、そんなこと思ってしまったら」

「キミが何を思うかなんて自由だ!僕のことなんて考える必要ない!僕の、ことなんて…!!」

「…………ひどいやつに、なりたくない、です」


たくさんたくさん世話をしてくれた彼に対して仇で返すのは人としてどうかしている。そんな、かつてのクラスメイトみたいなこと、両親がしてきたことと同じようなことをしたくない。

思いかけてしまったなら、正そう。もう今後、同じような思いをしてほしくない。

ぼくみたいな悲惨な人生を送る必要はない。


「……キミは、優しすぎるよ。僕はキミを誘拐した誘拐犯なんだ、犯罪者なんだよ。これからキミに酷いことをするかもしれないのに、どうしてそこまで僕に情けをかけられるの?」

「…………いままで見た中で、一番優しい人だから」


そう言うと、彼は衝撃を受けた顔をして俯いた。

カタカタ、と物音がする。ガタガタ、と大きくなる。

地面が揺れている。地震が来たのかと彼の方を見れば、無数の影が彼を纏っていた。

普段の比じゃない。いくつもいくつも、まるでこちらにまで伸びて呑み込まれそうなほどに。


───怒っている。


何か、何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。彼に優しいという言葉はかけてはいけなかったのだろうか。思考を巡らせるうちに、地鳴りは止まり影は落ち着いていた。


「キミに怒ってるんじゃない……キミをこんな目に合わせた人間どもを、ただ殺してやりたいと、絶滅させてやりたいと思っただけだ……」


いままでに聞いたことのない低い声に怯えた。彼の矛先がぼくではなかったとしても、不機嫌にさせてしまったのは事実だ。

ごめんなさい、と一言述べようとした。


「触るよ」


返事もしないうちに抱き寄せられた。大きな手で髪を梳かすように撫でられる。

先程の威圧感からは考えられないほど、温もりに包まれていた。ずっとこの腕の中にいたいと思うほどに安心できる。やっぱりこの感覚は慣れないけど、嫌じゃない。

───誰かと一緒にいたいと思う日が来るなんて、予想だにしてなかった。





─────────


『いままで見た中で、一番優しい人』。

そんな言葉に嬉しいような、悔しいような。

この世界は何故、これほどまでに腐っているのだろう。良心というものが殆ど存在しない死間。道理で、メディアも偏向報道しかしないわけだ。

都会にあるデジタルサイネージを水晶玉越しで観察するが、視聴者を誘導するような報道にコメンテーター。どこの世界でも偏向報道はあるが、ここは特に見るに堪えない。

彼女を誘拐してからしばらくこの光景を目にしているが、一向に行方不明のニュースは出ない。育児放棄など当然だとも言うような面の両親だ。学校側が動かなければニュースにならないのだろう。

こんな世界、さっさと抜け出して屋敷に連れて行きたいのに。だけど約束だ。キミが僕を好きになるビジョンなんて想像できないけど、どうにか努力するしかない。

キミが今後僕を好かなくても、僕はずっとキミを見続ける。僕の目に狂いはなかった。こんなに優しくて愛しい子を、どうして離せるだろうか。益々この子の両親に怒りが湧く。


それにしても───。

イルネスは醜く歪んだ手を見つめた。革手袋越しとはいえ、まさか触れるなんて。しかも2回目は彼女から。

焦って心臓が飛び出るかと思ったほどに、危なっかしい。革手袋を着けていなかったら、今頃彼女の身体に傷がついていたのは間違いないだろう。

黒く、尖った指。指先で軽く紙をなぞれば簡単に真っ二つ。勿論人間の皮膚など当たり前に裂くことができる。更に見た目通りに握力は人間の比じゃない。加減を間違えて握れば骨など一瞬で砕ける。特に、少し触れればボロボロに崩れてしまいそうな愛しいあの子の身体なんかそうだ。


正直、触れるのが怖い。


いつか壊してしまうかもしれない恐怖、焦り。水晶玉から覗いたあの悲しみの底に落ちた顔など見たくもない。

少しずつだが、彼女は以前よりも血色が良くなって来た。喋るようにもなった。信頼度が上がっている証拠なのだろうか。だが未だに震えた様子でいるのは変わらない。もっと、もっと何か、彼女が安心して暮らせる環境を作らないと。

時刻は日付が変わってから43分。ノートとペンを取り出し、ひたすらに案を書き連ねていくことにした。





─────────


数日後。

彼が調理する音で目が覚めた。相変わらず鎖は繋がっているけれどある程度自由は効くので、毎日必ず置かれているひんやりと冷たい水を、麦茶を入れるようなポットからコップに適量分移す。それが日課になっていた。

そんな小さな物音一つで、彼はすぐにこちらに気付く。


「おはよう遊裏!よく眠れた?」


頷く。

以前は起きた直後に質問攻めをして来て恐怖を感じていたが、今はそんなことはない。ただ今の状態を知りたいだけなのだと理解している。


「よかった!お腹は空いてる?今日は魚を焼いてるんだけど」

「魚?」


聞き返したのには理由がある。

今までずっとお粥やスープだったから、ちゃんとした固形物を食べるのは久しぶりだったのだ。


「うん。そろそろお腹の調子も良くなって来たからいいかなと思って。でも一応白身魚だよ。んーと、鱈?だっけ」


たら?聞いたことあるような。もちろん食べたことはない。

食べる。そう言うと、彼は小さなテーブルを用意し、影を駆使して着々と準備を進めた。

あれから彼は、すぐさまどこかへ行くことはなくなった。理由を聞けば、『近くにいるようになってから、こんな僕がキミの側にいるなんていいのだろうか』という罪悪感、さらには『キミがあまりにもかわいくて暴走しそうだったから』と頬を赤らめていた。

暴走、というのはよくわからないが、罪悪感に関しては…いや、そちらの方もよくわからない。彼の中で彼自身をどれだけ下に見ているのだろう。

色々と考えるうちに、目の前に食事が差し出された。艶のある魚にほかほかのご飯。どれも熱そうだとわかるくらい湯気が立っている。

置かれた箸で魚を小さく切り分け、口の中に運ぶ。相変わらず味はない。だが空腹感はおさまるはずもないのでひたすら食べる。

ふと、視線を向けられていることに気付いた。正面を向くと、とてもニコニコした顔でこちらを向いている彼の姿。側から見ると何か企んでいるような笑顔。最近このような笑顔をするようになったので、今更驚くこともなかった。

無心でひたすらに食べる。すごく幸せそうな顔をした目の前の彼。食べる度に何かしら微妙に反応がある。言いたいことでもあるのだろうか。聞いてみるのも気が引けるし、機嫌を悪くしてしまったらと思うと怖い。

彼の能力のおかげでこの思考もバレているのだが。


「遊裏のご飯食べてるところがかわいいなぁって思って……ずっと見てられる」

「………何か、おもしろい、んですか?」

「面白いんじゃないよ〜、僕の作ったご飯を食べてくれるの、僕はすごい幸せだなぁって思いつつ、しっかりご飯食べられて偉いよーってすごい撫でたい……」


思ってた以上に悪いことはなかったみたいだ。こんなことを言われてどう反応をしていいのかわからない。……というか、彼から花が出ているような、幸せオーラのようなものが見える気がする。

彼の返答に安心していると、影がこちらへゆっくり伸びてきた。何をされるのだろうと身構えたが、ただ頭に乗っただけだった。影は前後に、左右に往復する。撫でられているのかもしれない。

不思議な感覚に戸惑いつつも、箸を進めた。しばらく食べたところで満腹感が増し、いつものように彼に残りを食べてもらう。毎回何故か嬉しそうに食べる。そんなに美味しいのだろうか。


そんな風にしばらく過ごす中、段々と一つの疑問が大きくなっていった。

心がざわざわする時がある。だが今までに感じたことのないざわつき。

それはいつも、彼が笑うと起こる。

ただ悪い気はしなかった。辛いだとか怖いなんて負の感情からは遠い、そんな感覚だ。

このような感覚、彼は知っているだろうか。それともぼくだけが感じるものなのか。よくわからない。

考えていても答えは出ない。いつか聞いてみようと思いつつ、沢山置かれている本の山から適当に一つを手に取った。

題名は『こいするしょうねん1』。

『こい』とは、恋、だろうか?よくわからないので読んでも理解できるか怪しい。それでも彼がせっかく用意してくれたのだから本を開く。


『どこかのせかい。

 かみさまにつかえていた

 しょうねんがいました。

 しょうねんには、すきなひとがいます。

 おなじかみさまにつかえる

 おんなのこでした。

 おんなのこは、とてもゆうかんで

 みんなからたくさん

 ほめられたり、たよられたりしていました。


 しょうねんは、ひそかにあこがれを

 もっていました。

 ぼくも、みんなとはなしたい。

 ぼくも、あのことはなしたい。

 しょうねんは、おんなのこにおいつくために

 たくさん どりょくをしました。


 あるとき、かみさまは

 しょうねんをよびだしました。

 かみさまは、しょうねんを

 おんなのこといっしょのグループに

 いれてあげたのです。

 「どりょくが みのったんだ!」

 しょうねんはおおよろこび。

 それからも、しょうねんは

 どりょくをしつづけました。』


次のページはなかった。どうやら続きがどこかにあるようだ。

本の山を漁ったが特にそれらしきものは見当たらなかった。

続きが気になる。呼んでみたらくれるだろうか。でも、何か忙しかったりしたら。

そう思った途端にガチャ、と扉が開いた。


「呼んだー?」


何も口に出していないのに。やっぱり何もかも見透かされている。悪いことを考えたわけではないからきっと大丈夫。


「あ、の…これの、続きって」


持っていた本を見せた途端。

目の色を変えて彼は貸してと迫ってきた。怖くて震えた手で差し出す。彼は普段からは考えられないほど少し強めの力で受け取り、中身を確認し始めた。

徐々に彼の顔が青くなっていく。何か問題でもあったのだろうか。内容は何もおかしいものではないと思ったけれど。

彼は本を閉じた。するとそれを脇に置き、本の山を漁り始める。すると何冊かを『こいするしょうねん1』に重ね始め、終わったかと思えば数冊を影で包み彼は言った。


「……………今の本の内容は、忘れて。キミは知らなくていい」


彼に恐怖を感じていた。その筈なのに、その俯く顔にはどこか辛さを感じているようで、手を伸ばしたくなった。


「………怖がらせてごめんね。今のだけは、本当に、譲れない。他の本は読んでも大丈夫だから」


見たこともないような顔に圧倒され、少し上がっていた手は行き場を無くした。彼は、去っていった。





─────────


…………まさか。

適当に図書館から持ってきた本の中に、こんなものが紛れているなんて。

彼女は本が好きらしい。部屋に行く度に数冊の本が綺麗に積まれて置かれている。

ならば尚更───彼女を、屋敷に連れていくわけにはいかなくなった。

以前も同じような本があった。それについては中身を知っていたし、彼女が読んでも問題ないと判断したから良かった。


だが、今回は、この本だけは───。


影で切り刻んで処分しようかとも考えたが、どうせ同じような内容の本が現れる。その行為が意味を為さなくなる。

1巻目の内容は問題ない。問題は2巻目にある。

あの子が読んでいい内容じゃない。あんな、"嫌な事件"のことなんて。

溜息を一つ吐き、部屋を後にした。


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