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「ダンジョン協会本部の椎名と言います。ある男を追ってます」
名刺を差し出しながらもう本題に入る様子の女性に押されつつ、真鈴は「はぁ」と情けない返事を返す。
てっきり、須藤達のことや事件のことなどを色々聞かれると思っていたが、目の前の女性は大真面目に真鈴ヘ“ある男”の話をしようとしているようだった。
そもそも一体今のこの状況はどういうことなのか――
帰還した真鈴が、念の為転移ワープの存在を伝えようと入口ゲートの局員に話しかけたら、尋常じゃない様子で名前を確認され、あれよあれよと協会に保護された。
怒涛の展開に真鈴の情緒はもう不安定もいいところで、まるで情緒が地上74mの電流鉄骨を歩いているかのようだった。
勝手に死亡者扱いされているとばかり思っていたが、一応行方不明者として救助対象になっていたのかもしれない。
母もすぐに駆けつけ、医者に診察され、もう大丈夫と判断されてからやっと設けられた尋問のような場に、真鈴は一応緊張していたのだ。
だから、須藤達の事を聞かれないのは正直拍子抜けだった。
「この男性ご存知ですよね」
真鈴に労りの言葉を掛けることなく本題に入った女性が取りだしたのは、タカハタの懸賞金の乗った手配書――
「あっ……タカハタ――高畑さん」
彼がモンスターではないと理解した今でも、心の中で呼んでいたように、モンスター名として口に出してしまい、言い直した。
目の前の女性は真鈴の言葉を今か今かと待っている。
真鈴の事件よりも高畑さんの事の方がよっぽど重要なのだろうかと、不思議に思いながらも手配書のようなものを受け取り、書かれている情報に目を通す。
(スミさん?懸賞金?……1億円!?)
真鈴は驚愕に目を見開く。
「高畑さん、通称スミさんは協会が指定する不法探索者です」
「ええー!?!?あの伝説の!?」
真鈴の行方不明歴を圧倒的に上回る伝説の行方不明者で、6年間も不法にダンジョンに滞在し続けている伝説のダンジョン探索者。
真鈴も風の噂で聞いたことはあったので、300層で暮らしている人といえば、スミさんが思い浮かんでもいいのに、自身の生存に必死になっていて全然頭が回らなかった。
もっと広い視野で怯えることなく高畑さんを見ていれば、あんな行動もしなかっただろう、後悔してもしきれない。
真鈴が驚いたり落ち込んだりしていると、「高畑を連れ帰らなかった理由は何となく察しました」と声掛けられる。
「すみません……」
「いいんです。それより高畑について知っていることを教えてください」
たんたんとそう返す椎名に連れ帰らなかったことを責められているように感じた真鈴は、質問に大人しく答えていった。
「ご協力ありがとうございます。大変参考になりました」
椎名は立ち上がり、礼をすると真鈴を見送る為に外まで案内する。
ダンジョン協会本部の一般人立ち入り禁止の建物内を見れるのが物珍しくキョロキョロしながら真鈴も続いた。
「彩元さんはまた専門学校へ復学されるのですか?」
「い、いや……事故もあってもうダンジョンは懲り懲りといいますか……」
真鈴は脳裏に浮かぶ須藤の顔に顔を顰める。
このままノコノコと復学したら確実にあの時の真実を語るなと脅されるだろう。
もしかしたら次の実習で再度消されるかもしれない。
いのちだいじに。
母がどうとか言ってられない。
椎名は「事故?」と不思議な顔をした後、「それにしても大変でしたね。犯人が捕まって良かったです」と言葉を続けた。
「へ?」
真鈴は大きな目を更に大きく開け目をしばたたかせる。
「あれ?ご存知なかったのですか?須藤美香とその取り巻きは逮捕され、担当教員と学長は処分されましたよ」
なんと。まさかあの須藤至上主義の学校が、須藤美香を見棄てたというのか。
流石に学校も殺人という凶悪犯罪は庇いきれなかったのだろうか。
「……えっと?配信に映ってたんですか?」
「ええ、バッチリと」
椎名は満足気に頷く。
演習の配信がちゃんと機能していたのが不思議で考え込んでいると、椎名が立ち止まって「ほら」とノートパコソンをこちらへ向けてきた。
真鈴が殺されそうになったシーンを見せてくるとは何事だとギョッとしたのもつかの間、流れ込んでくる情報に本日二度目の絶叫をする。
「ええーーー!?!?なにこれ!?再生数100万越え!?」
そこには真鈴と高畑が仲良く食卓を囲み、身の上話をする姿が。
しかも話している内容的に『同情引き出せ!お涙ちょうだい作戦』の日だ。ぶりっ子している自分を見るのは辛いが、何より辛いのはこれが多くの人に見られているという事実――
「し、しにたひ……」
「切り抜き動画もこんなに」
「もうやめて……」
真鈴は両手のひらで顔面を覆う。
追い討ちをかける椎名に、真鈴のライフはゼロだ。
スムーズに高畑さんの動画を紹介する椎名さんは、実は高畑さんのファンなのではなかろうかと真鈴はジト目で見つめた。
「つ、つまりこれがバズって須藤美香達も言い逃れ出来なくなった?」
「正解です。初動捜査では事故として処理されておりました」
「「高畑さんのおかげ」です」
二人は声をハモらせて見つめ合う。
「また助けられた……」
真鈴は高畑を思い出しながら、ナイフとスキルブックを取り出す。
「それは?」
「高畑さんにお土産と言われていただきました」
「え゛!?メイドインスミ!?」
「し、椎名さん?」
「コホン、失礼。これは鑑定に出しても良いですか?」
パーソナルスペースをガン無視して詰め寄ってくる椎名はすごい圧で、はいとしか答えようがない。
たんたんと仕事をする美人のイメージがだんだんと崩れていくが、先程より遥かに話しやすい。
「ありがとうございます。鑑定後ナイフは返却しますのでまたお越しください。スキルブックはご自身で使われますか?売ることも可能です」
真鈴は迷う。
もう探索者は辞めるつもりだった。
そもそもやりたいことではなかったし、その上死にそうな目にあったのだ。
母とて自身を投影する娘が居なくなれば困るわけで、今回の事件で死と隣り合わせな職業という実感が湧き、辞めても良いというはずだ。
いや、辞めさせてくるはずだ。
だから、スキルブックはもちろん、ナイフでさえも売りに出して問題ないはずだった。
それなのに即答できないのは、真鈴の中にひとつの目標が芽生え始めたから。
いつか高畑さんに恩返しがしたい――
勘違いして討伐しそうになった為、罪滅ぼしと言っても良いのだが、真鈴は助けられた恩義に報いたい気持ちの方が大きかった。
ダンジョンでも地上でも助けられたのに、怯えて勘違いしていたなんて、ありえない。
思い返せば謝ってばかりでお礼をちゃんと言えていなかった気がする。
(私はもう一度高畑さんに会ってちゃんとお礼が言いたい)
真鈴の瞳に決意の炎がゆらめく。
椎名にスキルブックは自分で使うことを宣言し、ナイフだけ預けて、ダンジョン協会を後にした。
「真鈴!!心配したのよ!もう探索者なんて辞めていいから!」
近くで待っていた母に抱きしめられ、案の定誘導のセリフを吐かれたが、真鈴は一度大きく息を吸い込むと、吐き出す息に乗せてひと思いに自身の気持ちを口にする。
「お母さん、私――探索者続けるよ」
「なんで!?お母さんこんなに心配したのに!」
車に乗ってからも「真鈴が怪我したらお母さんも困るのよ」だとか、「今は意地になってるだけよ?優しい真鈴には探索者なんて向いてなかったのよ」だとかわめいているが、驚くことに、全然気にならなかった。
何十年ぶりに本音を口に出した真鈴の心は清々しい気持ちで満たされていて、本当に自分が芯を持って決めたことは他者の口出しに影響されないことを知った。
今まで母に誘導されるがままに進路を決めてきたが、こうなってしまったのは真鈴に本当にやりたいことがなかったからなのかもしれない。
本当は母のせいにして、全てを諦め、自分の気持ちと向き合うことを蔑ろにしてきたことが原因だったのだ。
そんなことを考えながら、母を無視して窓の外を見続けた。
自室に閉じこもり、緊張して使用したスキルブックで得たのは、『栄養摂取』というスキルだった。
「えぇ……このスキルブック私に合うやつしか出してこないやつ?」
見事な料理人系スキル。
もしかしたら、時空魔術や固有スキルのような凄いスキルが手に入るのでは、と胸を高鳴らせていたので拍子抜けだ。
このレアを主張する色合いは何だったんだと思いながら、真鈴は緊張の糸が切れたように寝っ転がった。
真鈴には分からなかった――
その人に最適なスキルを与えるスキルブックの凄さが、そして自身のスキルに秘められた可能性が――
真鈴の『食材鑑定』スキルが、すみっこタウンで食べた魔物を鑑定できるようになっていて、食べた魔物は食材判定になることを知るのはもう少し先の話。
『栄養摂取』スキルで魔物のスキルをランダムで取得できるようになるのはもっと先の話――
次から新章!




