26
滞在して2週間たっただろうか。
スマホも見れず時計もないため正確には分からないが、ボス部屋の天井に掲げられているあの光の玉が14回消えてついた。
このままで良いわけがない。
真鈴は白を基調としたお姫様らしいデザインのドレッサーに座り、備え付けになっている大きな鏡を見る。
鏡には、生気を失ったような女と、お姫様天蓋ベッドとフワッフワの白いラグマットが映っていた。
あれから何故か隣の部屋に移されたのだ。
こちらの部屋の方が女の子らしいから気を使ってくれたのだろうか。
それなりに愛着が湧いてきたというのは本当らしい。
多分大事にはされている――が、このままではまずい。
「ハァ……」
真鈴は両手を頬に当て肘を着く。
以前よりもふっくらとした頬の感触を確かめるように何度かふにふにと触る。
タカハタが持ってくる肉の量も増え、出された分をもりもりと食べているからか最近太ってきた。
真鈴の脳裏に一つの恐怖が宿る。
「……もしかして私を太らせてから食べようとしてる?」
タカハタは超肉食。
滅多に来ない人間を最大限味わうべく、可食部を増やしてから食べるつもりなのだろうか。
童話のヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女のように。
タカハタは、普通の魔物と違って自我もあり頭も冴えるようだ。
行動も自由だし、295層から真鈴を連れてきたという話だったから、ボス部屋から出ることも出来るようだ。
人が全然来ないからあまりにも暇で出歩いてしまうのだろうか。
そんなのありかよ……と机に突っ伏して項垂れる。
今のところタカハタは真鈴を攻撃してこないが、いつ殺されるか分からない。
まさかタカハタのような強者が不意打ちのような卑怯な手を使ってくるとは思えないが――
「不意打ち……」
(そうだ、私も今不意打ちはできる状況にいる!)
勇者よりも暗殺者が強いラノベもあるじゃないか。
油断されている今、それなりの武器で心臓をひとつき出来たら――
もしかしてもしかするかもしれない。
「こんにちは〜」
(うわ……来たよ……)
まずは今までよりも愛想良くして、従順なイメージを植え付けよう。
いい加減オドオドしていられない。
覚悟を決めて媚びるのだ真鈴!と自分を奮い立たせ、ドアを開けた。
「いただきます」
タカハタはいつも律儀にいただきますを言っては、美味しいやら、流石やら褒めてくる。
そして世間話を1つ2つ交わして、帰っていくのだ。
今日もタカハタは話題をふってきた。
「そういえば、彩元さんどうしてあぁも怪我してたんですか?」
「ど、どうしてって?」と真鈴は困惑しつつも返す。
「いや、思い返してみると結構危なかったですよね?もしかして寝てた時に急にやられたとか?」
真鈴は眉を上げそうになるのを抑える。
どうやらタカハタは真鈴が295層まで自力で来たと思っているらしい。
真鈴の実力はせいぜい1層ソロでいけるかどうかなので、買いかぶりもいいところだ。
真鈴は油断してもらいたいのだ。
とにかく自分がなんの脅威にもならないちっぽけな存在だと最大限アピールをしなくてはならない。
「私本来は2層までしか攻略出来ません。って言っても2層も突破出来てないから2層の途中なんですけど……」
「2層の隠し通路の奥に転移ワープがあるんです」
真鈴は、自分が探索者専門学校で最弱だったこと、逃げる際に班員から攻撃されゴブリンの方へ放り投げられたこと、ワープで下層に来たこと、班員は権力者の娘なのでおそらく自分は事故死したことになっているだろうこと、などを大まかに説明した。
弱い事を伝えるついでに同情を誘うように身の上も聞かせてやった。
魔物に同情心があるのかは知らないがやらないよりかはやってみた方がいい。
そして「だから全然、戦う気はありません」と真鈴はしっかり目を見て宣言した。
タカハタの目を見れたのはこれが初めてだった。
「大変でしたね……」
タカハタは既に食べ終わっているのに律儀に聞いてくれていた。
思ったよりもしんみりとした声を出すので、真鈴の作戦は成功だろう。
魔物にも人の心が分かるのかもしれない。
「じゃあ暫くは休養してください。ここ結構景色いいですよ。公園をぬけた先に展望台があるから行ってみてください!展望台の先は商業街になってるから良かったらお土産に好きな物も持ってってください」
それじゃあ、と言ってタカハタは去っていった。
真鈴は終始俯き気味だったので気づかなかった。
頭上に浮遊するドローンに、そしてそのランプが赤く光っているということに――
「あ、配信つけっぱなしだった。まぁ誰も見てない……よね?」
慌てて仮面をつけ、ひとしきり慌てた後開き直った高畑は他に配信で何が映ったか思い出す。
彩元さんと食事してただけなので、大丈夫かと思ったが、今日話した内容がデリケートな問題だった。
「……いやーまずいかな?結構込み入ったこと聞いちゃったもんなぁ……」
彩元さんがいつでも帰れるのに帰らないのは、おそらく帰ったとて居場所がないからなのだろう。
心の傷、と一言で表せないほどの色んな葛藤があるのだ。
彩元さんの様子がおかしかったのはそういうことだろう。
今でも具合が悪そうで心配だ。
いつか勇気をだして帰還するのなら、しっかり見守って応援してあげようと、自分のことを棚に上げて高畑は決意した。
「配信って取り消せないのかな……」
〈無理だよ〉
〈怒涛の神回ww〉
〈これだからスミさんはやめられない〉
〈顔出し2回目〉
〈供給過多(吐血)〉
〈顔ファンネキ死亡のお知らせ〉
〈結局女の人いるんじゃんw〉
〈彼女ではない!!保護してるだけ!〉
〈助けたスミ氏めっちゃヒーローじゃね?〉
〈あった、小さいけどニュースになってる。探索者専門学校演習中の事故かURL:gfchijbhuhttps://syosetu.com/〉
〈彩元って名前同じだしビンゴだよ〉
〈今の本当だったらエグイな〉
〈須藤ホールディングスの会長の娘〉
〈てかあのニュース、演習の体制の見直しが必要だとかいってたけど配信は残ってないわけ?〉
〈配信映像は破損。リアルタイム監視も担当教師のサボり〉
〈ファwwwwゴブリンの集団アタックにやられるカメラさんwww〉
〈よく考えたら花鳥風月の97総ボス戦ででっけえ蛇の張り倒し食らった時の映像は残ってたのに、ゴブリンにはやられるっておかしいよな〉
〈まぁ当たり所とか運とかもあるとは思うけど、今の話聞いたあとじゃ、ねぇ?〉
この配信をきっかけに、世間は荒れることとなるが、ダンジョンのすみっこで暮らしている高畑は知る由もなかった。
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