19
『本日夕方5時頃、新宿のショッピングモールがダンジョン化し、買い物客、従業員合わせた推定400名がダンジョンに取り込まれたままになっております』
『ダンジョン協会は捜査隊を編成し救助に向かいましたが、未だに合流は出来ていない様子で、現場は緊迫した雰囲気です』
『ショッピングモール前には、被害者の家族や友人が大勢詰めかけ、無事を祈っています』
『たった今情報が入って参りました!救助隊の中には、あのS級パーティー花鳥風月がおり、現在30層を突破したとのこと!』
椎名は報道を見ながら、コーヒー休憩をとる。
今日は帰れなさそうだ。
ダンジョン発生災害ーー
2022年にあった、秀江高校ダンジョン発生時巻き込み事故と同じ災害だ。
椎名は重いため息を吐き、スマホのロック画面に映る制服姿の少女を指でなぞる。
「美希……」
あの災害は、椎名の妹ーー美希も犠牲になった。
だからだろうか。
椎名はいつも以上に根を詰めて動いていた。
発生時の巻き込まれ災害は助かる可能性が非常に低い。
ただ、高校には教師と生徒しかいなかったが、ショッピングモールには探索者もいる。
もしかしたら救援まで持ち堪えてくれるかもしれない、と希望を捨てることなく、救急車や病院、回復魔術師の手配を行なっていた。
『速報です!!!なんとダンジョンが制覇されました!!発生してから三時間ほどでしょうか!!奇跡の生還です!』
「ブゥーーー!?」
椎名はコーヒーを吹き出して驚いていると、会議室の外からドタドタと走る足音が迫ってくる。
「椎名!現場に向かうぞ!ダンジョン制覇だ」
「い、今見ました……本当に?」
救助隊は30層を過ぎたあたりのはずだ。
ショッピングモールに新しく出来たダンジョンは幸いにもそこまで難易度が高くなかったのだろうか。
急いで駐車場へ向かう先輩の後を追いながら、椎名はあれこれ考えた。
椎名は先輩が運転する車の助手席に乗り込んで、シートベルトを締める。
「救助隊が制覇したんですか?」
「いや、おそらく現地の探索者だろうってことらしいんだが……誰が制覇したか分からないんだ」
「うん?分からない?」
「現地には五人の探索者がいたんだが、全員その場で戦闘していたらしく、誰もボス討伐に向かってないんだ」
「あと、確認された魔物は赤布のミノタウロス、マッドブラッディウルフ、トロールだ」
「へ!?」
椎名は驚きの声をあげる。
「ちょっと待ってください。30層程度の低級ダンジョンではなかったのですか?」
「誰がそんなこと言ったかよ。まだ詳しく調べる前だが、おそらくA級ダンジョンで推定100階層ほどのそれなりにヤバイダンジョンだ」
「……」
椎名の勘が騒ぎ出す。
このレベルのダンジョン制覇ができるとしたら、花鳥風月の矢野進次郎だが、彼は救助隊にいるのだから、無理だ。
だとしたら――
椎名の脳裏に狐面の男がよぎる。
(いやいやいやないない。高畑優成は新宿中央ダンジョン300層に居るんだから)
新宿――二つのダンジョンが妙に近い距離だから高畑が浮かんだのだろうか。
「先輩!ここで降ろしてください」
「え!現場は?」
「ちょっと調べ物してから行きます!」
椎名はダンジョン協会新宿支部へ向かって走り出した。
「ハアハア……あのすみません。探索者入退場記録照会をお願いします」
椎名は協会本部の局員であることを示す局員証を提示しながら、受付スタッフへ声かける。
目的はもちろん、高畑優成のダンジョン入退場記録の確認だ。
六年前に新宿中央ダンジョンに入場した記録があるだけで後はまっさらな、高畑の入退場記録。
それを念の為見たいのだ。
高畑優成の名を告げ、照会手続きをしてもらう。
高畑優成がスミさんとは知らない一般スタッフは、特に何も言わず淡々と手続きをしていた。
2018 1月 新宿中央ダンジョン 入場
2024 8月 新宿中央ダンジョン 入場
「入場が増えてる!?退場記録はないんですか!?」
「退場は……確認できませんね」
退場記録はないが、入場が増えているということは外に一度出たということ。
しかも入場日は今日――
「昨日と今日の退場時簡易署名リストを出してください!!あ、後、時間も出してください!」
「は、はい」
受付スタッフは、この人何をしたんだろう、と犯罪者と決めつけて高畑優成を調べているようだが、気にしていられない。
椎名が高畑を追って、早三年ほど。
ようやく捕まえることが出来るのかと、脳汁が溢れ出す。
荒くなる鼻息を抑えて、固唾を飲んで結果を待つ。
「リストです」
椎名はリストに目を滑らせ、高畑優成の名を確認する。
(あった!)
「入場時刻は一時間前ですね」
椎名は目を見開く。
――いける!
照会してくれたスタッフにお礼を言い、急いで支部を出て先輩に電話をかける。
プルルル
(早く繋がって!)
この数秒がもどかしい。
こうしている間にも高畑はどんどん潜っていっているのではないかと思うと、気が気でない。
『ん?椎名かどうし――』
先輩の言葉を遮って話し出す。
「今すぐそこにいる救助隊を新宿中央ダンジョンに向かわせてください!!100層は潜る前提で!最高戦力を!私はすぐに新宿中央ダンジョンに向かいます!」
『お、おい。何があった?』
「高畑優成の入退場記録が更新されています!新宿中央ダンジョンに一時間前入場!今から追えば間に合います!!」
『なんだと!?』
音割れするほどの大声で先輩が叫ぶ。
電話越しで慌ただしく指示を出している声が聞こえ、椎名は電話を切った。
ダンジョンの入退場は電車と同じような改札機に探索証をかざすだけで出来る。
高畑のは古いタイプの探索証であるが、あの頃の探索証もICチップは搭載されていたので入場に問題はなかったようだ。
高畑の探索証をしっかりスタッフが確認していたらもっと早く気づくことができたかもしれないのに、と椎名は深いため息をついた。
「ハイテクなのは良いけれど穴だらけね……」
今はもうほとんど古い探索証を持っている人はいないはずだが、高畑対策のために見直しておけばよかったと椎名は悔やむ。
(悔やんでも仕方がない!絶対今、高畑を見つける!!)
椎名は両頬を叩いて気合を入れる。
あのレベルのダンジョンがたったの三時間で制覇されたタイミングでの高畑の入場記録――
椎名は確信していた。
あの場に高畑はいたのだと。
地上編終了です!
面白いと思ったら、ブックマークと下の⭐︎から評価をよろしくお願いいたします!