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探索者達よありがとう〜
マッドブラッディウルフの頭上に、巨大な体躯とほぼ同じ大きさの魔力を凝縮した球体が浮かんでいる。
(まずい!?あれは俺には相殺できないよ!!)
真野は、そう思い周りへ伝えようとしたが、誰とも目が合わない。
真野へ出来るか確認することもなく、重騎士の渡辺が受けようとしているのを見て、役割から開放された安堵感と、戦力と思われていない虚無感で複雑な気持ちになった。
魔物の魔術攻撃を受けるのは通常、魔術師の役目だからである。
物理攻撃は盾、魔術攻撃は魔術。
魔剣で受け止めたり、魔盾で受け止めたりと例外もあるが、これが基本だ。
だがこの場で真野の魔術に期待している人などいなかった。
真野はEランクの探索者。
職業が探索者向きの魔術師だったから、という安直な理由で探索者登録をしただけの大学生の真野は、完全に実力不足。
黒い球体を見ながら、真野はなんであの時手を挙げちゃったのかな……と自身の行動を責める。
『お客様の中に探索者はいませんか』と助けを必要とする声に名乗り出たらカッコイイと、あの時の自分は思ったのだ。
後ろに控える一般人の中に紛れていてもおそらくバレなかっただろうに、素直な自分を殴りたい。
渡辺が盾で受けようとしており、村嶋も魔剣から迸る雷を溜めている。
一応、真野も加わろうと、ありったけの魔力を指先へ集めた。
(杖があったらまだマシだったのに)
もしあれが抑えられなかったら、おそらく自分はこれまでだろう。
防御力が高そうな渡辺や、素早い村嶋とは違って、自分は耐えられないし避けられない。
レポートの提出期限が伸びないかなと願ったが、叶え方が些か横暴すぎやしないか。
神様そりゃあんまりだよ……と心中で嘆き、「ウィンドショット!!!」と腹から声を出して魔術を放った。
真野達の上空を闇が覆い、どんどん迫ってくる。
自身が放ったウィンドショットはあまりにも小さく、全く勝負にならない。
村嶋の雷魔術もあっさり飲み込まれて消えた。
呼吸が浅くなる。
死の覚悟なんて、出来ているわけがない。
暗闇に飲まれる――
ズドドドドドーーーーーン!!!!
真野の後方から物凄い風が吹き抜ける。
その風は、魔力砲にぶつかって相殺するどころか、マッドブラッディウルフの頬も切り裂いていた。
マッドブラッディウルフはまさかの反撃に面くらい、半歩後ろへ下がった。
(うおおおお!!すっげー!生きてる!)
もう本当に死ぬかと思った。
突然の強力な助太刀に真野が驚いていると、全員がこちらを見ていて更にギョッとする。
全員口を半開きにし目をかっぴらいている。
「真野!?」
「今のウィンドショットよね!?」
「真野くん覚醒した!?」
「え!!違う違う違う!!!」
真野は両手を激しく左右に振り否定する。
あれは確かに自身が放った魔術と同じ風魔術のようだが、あれがウィンドショットなら、自分のウィンドショットはそよ風ではないか。
真野は魔術が撃たれたであろう場所を探して後ろを振り返る。
一瞬、避難している一般人の中にあれを撃った人がいるのかと思ったが、あの魔術の軌道が思ったより上だったことを思い出す。
下から撃ち上げたというより二階から撃ち下ろしたかのような軌道だった。
ただ、魔術が撃たれたであろう場所付近にはエスカレーターなどがなく、上の階が見えない。
二階から撃つにしてもどこからなのか分からないのだ。
「じゃあ今のは一体……」
「今はそんな事考えている場合じゃないな。奴、先程よりも怒ってる」
多々良の冷静な呼びかけに、戦闘に意識を引き戻す。
マッドブラッディウルフを見ると、頬から滴る血を舌舐めずりし、唸っていた。
そしてマッドブラッディウルフは右足で地面を2回蹴って駆け出す。
周囲のブラッディウルフも同時に駆けてきた。
「クッ!!」
渡辺が盾でマッドの前足を受け、根岸がすかさず切り掛かる。
多々良と真野と村嶋はブラッディウルフを連携して攻撃した。
バラバラに散ってしまっていた時より格段にやりやすい。
「マッドの今の大技攻撃は恐らく再使用まで時間がかかる!次が来る前にブラッディを倒して、マッドに集中しよう!すまんがそれまで渡辺さん耐えてくれ!」
「あたしがマッドを一人で!?無理っすよ!」
「今出来ているじゃないか!」
「正味なんで今出来てるのか分かんないんすよ!」
多々良の指示に反論した渡辺は、盾を掲げて言う。
「多分この盾が普通じゃない!」
盾のおかげだと主張する渡辺に怪訝な表情の多々良。
それもそのはず。
いくら盾の性能がいいからといって、持ち主の動きにまで影響するものなんて真野も聞いたことがなかった。
「セイヤアアア!よし一体倒した!」
「こっちもよ!」
根岸と多々良で一体、村嶋が一体倒して残りは3体となった。
(この調子で連携して子分を削っていけばきっといける!)
真野が協力出来ているのは、根岸や村嶋が戦っている時に他のウルフが行かないようにする妨害のみであるが、ギリギリの戦いの中なので、あるのと無いのでは全然違うはずだ――と信じたい。
ミノタウロスを倒してから確実にレベルが上がった気がする。
多少は威力も上がったので間違いないだろう。
早く鑑定してみたい。
――生きて出られたらの話ではあるが。
「ハァアア!『紫電一閃』」
紫色の稲妻を纏った村嶋が残像が残るくらいのスピードで攻撃し、また一体屠る。
「残り2体!」
マッドの方は抜群の安定感で渡辺が抑え込んでいる。
マッドが繰り出す多彩な攻撃を全て盾で防いでいる様子は、もはやAランク探索者と言われても信じてしまうほど完璧だった。
その間にブラッディウルフに集中して攻撃が出来、とうとう全滅させることが出来た。
「渡辺さんナイス!本当ありがとう!」
「愛梨マジやべえ!!」
「い、いやあはは……本当あたしヤバイよな」
渡辺はいまだに不思議な表情で首を傾げていた。
「よし、あとはマッド一体だ!いけるぞこれ!」
多々良の声に真野も「いける!!」と同調する。
根岸も気合が入った声で叫んでいる。
即席のパーティーだったが、極限の中共に戦い、一体感が生まれていた。
真野は帰ってもこのメンバーでまた探索してみたいなどと、そんなことまで考えた。
「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!」
「「「「「!?」」」」」
五人は一斉に悲鳴の方向を見る。
「助けてくれ!!!こっちからも魔物が!!」
「ヒイイイ!!く、来るな!!!!!」
他の出入り口の方のバリケードが吹き飛ばされ、2体の魔物が入って来ていた。
「あれは!トロール!しかも2体!?」
「ウォーオオオオオオオオン」
トロールに気を取られた一瞬の隙でマッドブラッディウルフが遠吠えをあげる。
「まずい!今のは仲間を呼ばれた!」
後ろではトロールに一般人が襲われそうになっている。
トロールはAランクパーティーでの討伐が推奨されているほど危険な魔物。
全員でかかっても勝てるか分からないのに、マッドブラッディウルフを相手している今、助けに入ることは不可能だった。
それに――
「5、6、いや10、13、とにかくかなり来るぞ!」
大量のブラッディウルフの足音も聞こえて、囲まれる。
絶望が胸の内にじわりじわりと蓄積し、希望が崩れ落ちていく。
絶体絶命。
真野が今度こそ死を覚悟した時――
全てが消失した。
「え?」
マッドブラッディウルフがポリゴン体となって崩れていく。
慌てて後ろを振り返るとトロールも同様だった。
呆けた顔で固まっていると、どこからかアナウンスが流れる。
『ダンジョンが制覇されました。地上に転送します』