17
スミ〜!
「流れない……」
高畑は便器の前で仁王立ちして腕を組む。
漂う臭気の中、瞑想にふけり現実から逃げ続けていたが、諦めて目を開ける。
高畑は再び流すボタンを押す。
先程よりも念入りにしっかり指の腹をつけて長押しした。
頼む、いける、お前ならやれる、などと謎の激励もしてみたが、水面は揺れもしない。
「ダメだ……」
高畑はガックリと肩を落とす。
先程あった地震のせいだろうか。
何度押しても流れることはなく、確固たる質量をもってアレは鎮座していた。
カツアゲと器物損壊から逃げた高畑は、調味料を求めスーパーへ来た。
極度の緊張が続いたからだろうか、腹が猛烈に痛くなり、トイレへ直行。
気張っている最中に大きな地震があったが、意地でも下水を零すまいと、己のケツで密閉した。
ケツに下水がバシャバシャとかかる中やっとの思いで捻り出したのだが――
流れない。
地震があったのだから早く避難をしなければならないが、正直これを残したままにするのは避けたい。
これを仕方がないこととして許してしまっては、人としての尊厳を失う気がする。
これからの人生全てのことにおいて諦め癖がついてしまうのではないか。
とにかくコレはこのままには出来ない。
「待って、しんどい、なんでスッポン無いわけ?」
個室から出て、掃除用具らしきところや、水道の下の扉など開けてみたのだがスッポンは見当たらなかった。
スッポンとは、密閉して真空状態を作り一気に吸引する事で排水管の詰まりを解消することが出来る器具のこと。
「……いけるか?」
高畑は魔術で再現できないかと考える。
「風魔術っぽい感じで、こう、グッと……」
便器の底に風をグッと送り込めばスッポンみたいなことが出来るのでは、と考えた高畑は、人差し指と中指を揃えて便器へ向ける。
「ウィンドショット」
細く凝縮した風を鋭くグッと送り込む。
イメージは排水管に向けて空気を“そっと”送り込む感じだ。
イメージは、だ――
現実はイメージ通りにはいかないものである。
ズサアアアアアン!!!!
ウィンドショットは便器を突き破り地面もろとも破壊してしまう。
底が抜けて高畑自身も落ちそうになったので慌てて修復する。
「キャンセル!!」
高畑がいつも街づくりの時に使っている、“1つ前の状態に戻す”スキルだ。
白丸のリポップの度に毎度壊れる広場も、大まかにではあるがコレで治すことが出来る。
“大まかに”というもこのスキル、完全に元の状態に戻すものではなく、高畑が覚えている理想の状態へ変換しているだけなのだ。
自分で作った街ならまだしも、初めて来たトイレの作りを完全に覚えている訳では無いので、細かいところはとりあえず壊れていない状態になっただけで元通りにはなっていない。
先程までジロジロ眺めていた便器、そして立派なソレは記憶に残っており完璧に元通りだ。
「こいつは消えててくれよォォォォ!!」
高畑は頭を抱えて再び便器に座った。
「ウィンドショットって結構激しめな魔術だったんだな」
スッポンの役目はやはりスッポンにしか出来ない。
流すのがダメならアレをもう掬い上げてしまうか、と思考を方向転換する。
高畑は立ち上がり、便器を見下ろす。
イメージは、小さなブラックホールだ。
あれと同じサイズのブラックホールで吸ってしまって闇に葬り去ろう。
「ブラックホール!」
慎重にやったはずだったが、現れた漆黒の球体は高畑の想定よりもデカい。
そのまま、ブラックホールは便器を丸ごと飲み込み、闇へ葬り去ってしまった。
「あっ」
高畑は汗をダラダラかく。
ブラックホールで飲み込んだものはもう二度と帰ってこないのだ。
「当初の予定のアレを流す?ことは出来たけど……便器がないのはおかしいよな……」
いくら地震があったとはいえ便器がないのは流石に不自然だ。
壊れてるくらいならまだ何とかなったかもしれないのに、と高畑は項垂れる。
いつだったか、電車の吊り革の窃盗がニュースになっているのを見たことがある。
公共の物を持ち帰るのは窃盗だ。
地震は窃盗までは庇ってくれない。
こんな事ならクソくらい恥を忍んで置いていけばよかったのかもしれないと、高畑は後悔した。
高畑はしばらく悩みに悩み1つの結論にたどり着く。
「――作るか」
高畑の得意なこと、それは街づくり物づくりだ。
無いなら作ってしまえと、高畑は動き出す。
まずは隣の便器の観察だ。
便器の曲線、水が溜まる窪み、便座の円形とウォシュレット。
謎のセンサー、謎の配管とコード。
文系の高畑は正直見ても分からなかった。
銀のレバーを倒す形式ならまだしも、流すボタンが壁についているのに何故流れるのか全然分からない。
「……やばいかも」
高畑の家の家電類が何故、“なんちゃって”なのか――
それは仕組みがわかってないものはイメージがつかないからである。
高畑のスキルはイメージが全てなので、知らないものは作れない。
トイレ作りは難航しそうだ。
「もう、ウォシュレットとかが動かないのは地震のせいにしよう。まず見た目だけとりあえず何とかしよう」
と、高畑は腹を括る。
地震のせいで壁もヒビ入っているし、トイレの機能が動かないくらいですり替えたとはバレないはずだ。
アイテムボックスから取り出したのは、白丸の鱗と牙。
白は200種類あるというが、便器と似たような白だしこれで問題ないだろう。
見本を見ながら便器の陶器感を意識して作っていく。
便座の開閉や、ウォシュレットのボタンの文字フォントなど、細かいところも気をつけて修正した。
「まっ、見た目はいいんじゃない?」
出来上がった便器を元の個室に置いて、隣の個室と交互に見るが、見た目ではそんなに違いはないように思えた。
「とりあえずこれで、もう帰ろう」
地震から既に結構時間が経っている。
ほとんどの人が外に避難し終わっているだろう。
便器のすり替えがバレぬよう、外に出たらもうそのまま帰ってしまおうと高畑は逃亡を決意した。
せっかくアイテムボックスにあった小銭をかき集め、計300円で何が買えるか、遠足前の小学生並みにあれこれ考えていたというのに水の泡だ。
高畑はトイレを後にし、出口を目指す。
「はぁ!?」
(外がないんだが!?)
念の為他の出口も見て見たが、全て外へ出られない。
自動ドアの先は青白い通路。
後ろを見たら店内。
どちらも外では無いのだが、高畑はどちらの方が外へ出るのに早いか瞬時に考える。
「こっち……?」
高畑は実家のような安心感のある青白い通路へ向かう。
高畑はダンジョンが世界に現れて以降、ダンジョンに住みっぱなしでニュースなど見たことがなかったので、
これが、ダンジョン発生時の巻込み災害であるという事実に全く気が付かなかった。
ショッピングモールを出たらダンジョン直通になっているのは訳が分からなかったが、ダンジョンを出たら流石に外に出られるだろうと、高畑は足を進めた。
とにかく早く帰りたい。
モブの戦闘を一生懸命書いたのは高低差が欲しかったからです笑
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