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戦闘シーンって難しいですね〜
〜5人の探索者紹介〜
多々良 弓士
根岸 双剣士
渡辺愛梨 重騎士
真野 魔術師(風)
村嶋 魔剣士
多々良が弓で先制攻撃を入れたのを見て、俺と愛梨は走り出す。
多々良の矢は、ほぼ水平に鋭く突き進み、ミノタウロスの眼前に迫ると爆発して飛び散る。
視界を塞がれたミノタウロスは煩わしそうに進軍を止めた。
根岸と渡辺は同じパーティーで普段から前衛で戦っているので、阿吽の呼吸といってもいいほどお互いのことを知っている。
渡辺は重騎士。
盾と剣を構え、簡素な鎧をつけている。
スキルは、魔物の注意を引き付ける『挑発』と、一定時間防御力が上がる『金剛』
そして騎乗や剣技に補正がかかる『騎士道』という合計三つのスキルを持っている。
渡辺が『挑発』と『金剛』を重ねがけして、根岸がその隙に攻撃するというのがお決まりのパターンだった。
「ブモォォォォ!!!」
「『挑発』『金剛』」
「ウォラァ!『乱れ咲』」
渡辺がスキルの効果で金色に輝く。
根岸もすかさず連撃スキルを使い、切りつけたが――
(クッ……左が何度か掠った程度になってやがる……)
長年の癖を修正できるはずもなく、短剣を持った左側は浅い傷を付けただけになっている。
長さの足りない剣を無理やり使うのは、いつものリーチが崩されて気持ち悪かった。
大学生の魔術師、真野が『ウィンドショット』と唱え、小さな竜巻を寄越したが、ミノタウロスは大斧で弾き飛ばし離散させた。
(ありゃーダメだな)
E級のちゃちな風魔術は何も効いていないようだった。
あれでは攻撃手段というより、ミノタウロスに隙を作る手段になっている。
現に、多々良はその隙を利用してかなりの矢を的中させていた。
多々良の矢は、時折スキルを使っているのか、刺さる瞬間まで矢が見えなかったり、黒く光っていたり、爆発したりと、レパートリー豊かだった。
ミノタウロスにもしっかり効いてるようで、流石はBランク探索者といったところだ。
多々良が周りに指示を出す。
「下がれ!! 突進が来るぞ!」
その言葉にハッとしてミノタウロスを見ると、ミノタウロスが膝を僅かに落とし、足元から白い瘴気が出ているのが分かった。
突進が来る前動作だ。
根岸と渡辺は突進に備えて横に転がる準備をする。
ミノタウロスの突進は直線的なので横に避けてしまえば問題ない。
勿論それが難しいのだが、全ての感覚を研ぎ澄ましタイミングを見極め飛んだ。
ミノタウロスの攻撃パターンは計4つ。
1つ目は先程の『突進』
2つ目は大斧を振り回す『回転斬り』
3つ目は飛び上がって大斧を地面に突き立てる『波動撃』
4つ目は大斧をブーメランのように投げた後、頭の角を向けて突進してくる合わせ技『斧斬撃突』
どれも予備動作はあるが、戦闘中に注意深く見る余裕もなく、その動作も刹那的なものだから見極めが難しい。
正直、多々良がいなければ直ぐに戦況は崩れていただろう。
弓士の多々良は恐らく見極め系のスキルを持っている。
渡辺が盾とスキルでミノタウロスを引き付け、真野が魔術でミノタウロスの行動を妨害。
その隙に、根岸と多々良が攻撃。
ミノタウロスの大技の予備動作を見抜いた多々良が全員に指示を出して避ける。
――これをもうかれこれ30分している。
理由はただ一つ。
攻撃力が足りない。
元Aランク探索者の主婦、村嶋が前衛に全く出てこないのだ。
剣を構えているが、一般人のそばを離れず何もしていない。
守っているという建前でいつまで後方にいるつもりなのだろうか。
(一般人……てか娘のそばを離れらんねぇつーことかよ)
根岸は、そんなつもりなら貸した剣を返して欲しいという怒りを乗せて、短剣をいっそう強く握りしめ切りかかった。
「ネギ。このままじゃジリ貧じゃね?」
ネギというのは根岸のあだ名だ。
「んな事分かってるっつーの。村嶋さんが来ねぇと終わんねぇ」
そもそも根岸と渡辺は、黄布のミノタウロスまでしか討伐したことはなく、それもパーティーメンバー全員で連携しての事だ。
オレンジで今の実力で挑戦するか迷うラインなので、赤は格上すぎて戦いたくもない相手だ。
常に神経を張り詰めて、最前の行動を最大パフォーマンスで行わなければ死に直結する、ギリギリの攻防で疲れ果てていた。
Eランクの真野なんかはもっと格上。
Bランクの多々良はまともにやり合えているが如何せん弓士であるから、大打撃は与えることは出来ていない。
Aランク魔剣士の攻撃力が必要だった。
根岸は「娘さえ守れたらいいのかよ。クソだな」と呟く。
こんなことならもう一本煙草吸っておけば良かったと後悔した。
天国では喫煙し放題だといいななどと馬鹿げたことを考えていたら、渡辺が口を開く。
「そうじゃないよ。村嶋さん足が震えてる」
「Aランクで引退する理由なんて、怪我か精神的なものかじゃないかなと思ってた。勿論他にも環境が変わってってのもあるけど……あの様子じゃ精神じゃない?」
言われて見ると、顔も真っ青、手も足も震えていて、口元は何かをブツブツと口ずさんでいる。
(愛梨はよく見てんな……)
こんなんだから、俺はデリカシーがないと言われるのだろう。
怒りのままに突撃しなくて良かったと根岸は胸を撫で下ろした。
「波動撃が来る!」
多々良の言葉に、根岸は無我夢中で躍動し攻撃を避ける。
既に予備動作を確認する余裕もなく、多々良の指示を信じて体に鞭打って避けてきた。
それは渡辺も同じようで、肩を上げてゼイゼイと荒い呼吸音を立てている。
魔術師の真野はまだ魔力があるらしく、何度も小さな竜巻を飛ばしてきた。
最初は攻撃にもなりやしない、小賢しい魔術だと思っていたが、渡辺や根岸が危ないタイミングで竜巻を飛ばしては、ミノタウロスの攻撃をストップさせてきたので、今では大事な戦力だ。
「ブモォォォォ!!」
ズシンズシンという大きな振動と共に、ミノタウロスが大斧を振り上げ叩きつけてくる。
根岸は右手に持つ長剣で弾こうとしたが、握力が弱まっていたのか、弾くと同時に剣も飛ばされた。
スルスルスルと、長剣が回転して地面を滑る音が聞こえる。
「ネギ!!」
再び目の前に大斧が迫る。
(チッ、拾うの間に合わねぇ……)
渡辺が『挑発』を使おうとしたが、先程使ったばかりで、まだスキル再使用には時間がかかる。
根岸は短剣で受け止めるべく、覚悟を決めて構えたが――
ミノタウロスの剛腕から繰り出される攻撃の重みは凄まじく、短剣で受け流せるはずもない。
「カハッッッ!」
凄まじい衝撃と共に、息ができなくなる。
根岸は呆気なく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ネギ!!!!!!」
「根岸さん!!!」
頭がぐわんぐわんと揺れ目眩がしたが、根性で立ち上がる。
今、気持ちを途切れさせたら動けなくなる。
根岸は吐血した口元を拭い、鉄の味のする唾を吐き出した。
根岸は戦場に戻ることをせず、歩き出す。
「剣、返して」
「……」
「戦わねぇーなら要らねーだろ」
村嶋の前まできた根岸が手を出して剣を渡すよう促す。
村嶋は俯いたまま動かない。
本当に返していいのか自問自答し、答えが出せないまま、剣を更に強く握り締めた。
「あんた、怖いんだっけ?」
威圧感漂う話し方をする根岸に、足に縋り付いていた娘の菜乃花が、村嶋を守るように一歩前に出た。
「なんか事情があるんだろーけど、それでいいわけ?」
「今逃げたら死ぬよ?あんたも、そこの娘も」
根岸と目が合った娘は体をビクッと震わせ、再び村嶋の背に隠れる。
村嶋も内心ビクッとしてしまった。
娘が死ぬのは耐えられない。
「今逃げて、戦ってる俺らが死んで、こっちに魔物来たら、その時になってやっと戦う気になる?一人で赤布のミノタウロスやれるほどあんた強いわけ?」
「ち、ちが……で、でも……」
問い詰めるように質問をしてくる根岸に、上手く言葉が出せなくなる。
赤布のミノタウロスをソロ討伐できるほど強くないことを、村嶋は自覚していた。
5人で力を合わせて倒せる今、戦闘に加わらないことは、ミノタウロスを倒すチャンスを失うこととなる。
それはつまり――死ぬことになる。
「怖いって何が怖いんだ?」
真剣な目で見つめてくる根岸を、村嶋は正面から受け止める。
迷惑をかけている自覚はある為、ポツリポツリと話し出す。
「……昔、探索者として活動していた頃、パーティーメンバーが全滅したの……もうあんな怖い思いはしたくない……」
その情景を思い出してしまい、口を押えてえずいている村嶋をいたわる素振りを一切見せず、根岸は更に問いかけた。
「なんだ、あんた死ぬのが怖いってこと?」
「じゃあ戦って死ぬのが怖いんだ?戦わずして嬲り殺されるのは怖くないんだ」
「ッ!!!」
「死なないために戦うんだろ!しっかりしろよ!娘を守るんだろ!」
村嶋の目が見開かれる。
頭のどこかでは分かっていたことを突きつけられ、悩んでいた心に解決への道筋ができた気がした。
「戦ったら死ぬかもしれない……でも戦わないと確実に死んでしまう」
村嶋は確認するかのように口に出して、言葉を飲み込んだ。
死ぬことが怖いのであれば戦わなければならない。
このままここにいて、誰かが代わりに戦ってくれるなんてことは有り得ない。
トラウマは確実にあるが、このままではトラウマの再演である。
愛する人が目の前で魔物に殺される所をもう一度見ることになる。
覚悟を決めなければならない――
村嶋はゆっくりと魔力を剣へ流す。
ただの金属製の長剣だったのが、ゆらゆらと電気を漂わせバチバチと静電気が弾ける魔剣へと様変わりしていった。
「すみません。剣は返せません」
「ふっ、いらねーよ」
「ありがとうございます。根岸さん」
根岸は早々と踵を返し、前線へ戻っていく。
村嶋は娘と同じ視線の高さになるところまで屈み、両肩に手を置いて話す。
「行ってくるね、菜乃花」
「ママ!頑張ってね!!!」
菜乃花が精一杯の力で抱きしめてくる。
名残惜しいが一刻も早く助けに入らなければならない。
無事にここから帰れたら、菜乃花が好きなケーキを買いに行こう。
ツヤツヤのいちごが乗って、一番下の層がタルト生地になっている、いちごのタルト。
それを3つ買って、私と菜乃花と――仏壇のパパ、3人で食べよう。
生きていることの幸せに感謝して――
パパが守った二つの生命は、今も懸命に燃えている。
探索者モブなのに一生懸命書いてしまった……笑
よければポイント評価よろしくお願いいたします!!




