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「いったたたた……」
ショッピングモールの支配人、山田は瓦礫に気をつけながら立ち上がる。
(何がどうなった?)
直ぐにスマホを取り出すが画面がひび割れて電源も付かなかった。
諦めて売り場の方へ歩き出す。
電気は落ちている。
地面はひび割れ、砂埃が舞っている。
大量の積荷やロッカーが倒れており、通るのに一苦労したが、途中で会った従業員達と協力して何とか開けている所に集まる。
何人かは血を流していたが、大きな怪我は無いようだ。
スマホが無事だった従業員、警備の田中さんに、消防へ連絡させる。
「地震による地盤沈下ですかね?かなり落下したような浮遊感があったんですけど……」
「分からんな……そんな緩い地盤じゃないはずなんだが」
「ですよねぇ……」
「とにかくマニュアルに従って早急にお客様の安全の確保をしなければならない。売り場へ出たら、中央ステージがある広場、あそこに人を集めよう」
顔見知りだった海鮮売り場の広瀬さんとそう話していたら、田中さんが戻ってくる。
その顔はこちらがどうしたのか問うのを躊躇するくらい青ざめていた。
「地震……無かったみたいです」
「え?」
「だから、これ地震じゃなくて――ダンジョン発生災害です」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が山田を襲う。
日々の業務に忙殺されて、まともにニュースを見ていない山田の記憶が正しければ、2022年にもどこかの高校でダンジョン発生災害が起きたはずだ。
確かあの時は――生存者0名だった。
喉がヒュっとなるのを息を止めて堪える。
喉仏が上下にゆっくりと動いた。
喉がカラカラにかわいていて飲み込める唾など既にない。
「わ、私たちどうなるの……」
広瀬さんのか細い声がシンとした瓦礫だらけのフロアに染み渡った。
「お客様の中に探索者、ダンジョン協会局員の方、医療関係者の方、消防警察の方はいらっしゃいますか〜!!」
新入社員の総合案内の受付嬢、水本は懸命に走り回り、大声で同じセリフを何度も言う。
電気が消えていることから、館内放送を頼れないことは明白。
体力のある水本がこの役目を買って出て走り回っているというわけだ。
走り回りながら左右を見渡すと、大勢のお客様がその場に座り込み励ましあってるのが目に入った。
その様子は、水本が呼びかける人材の中に、“探索者”と“ダンジョン協会局員”が入っている理由をまだ理解していないようだった。
支配人から従業員宛に話があり、これがただの地震災害ではなく、ダンジョンが出現した際の揺れだと教えられた。
その時の従業員一同の動揺は凄まじく、水本も従業員という役目をほっぽり出して泣き叫んでしまいたかったが、気丈に振る舞う支配人の様子を見て考えを改めた。
考えたくは無いが、どうせ死ぬとしても、ただ泣いて死を待つのは性にあわない。
仕事とか従業員とかそんな事は関係なく、最後まで生きることを諦めたくないと思ったのだ。
水本はショッピングモールの出入口にたどり着く。
そこに拡がっていたのは勿論いつもの見なれた外の景色ではなく――
コンクリートの洞窟のような景色。
青く光るラインが幾何学模様に走っていて近未来的な雰囲気を醸し出す道はずっと奥まで続いている。
そのラインが光源として洞窟を照らしているようで洞窟全体が青白い。
水本は初めてみるダンジョンにゴクリと喉を鳴らす。
「こ、これ……バリケードとか……」
キレイにダンジョン直通となった入口に不安が込上げる。
自動ドアも開いたままで止まっていたので、水本はその場しのぎにしかならないと理解しながらも、力で押して閉めた。
「いかん……皆パニックになっているな……」
お客様には中央のステージ広場に移動を促したが、とてもこの場に収まるはずもなく溢れかえっている。
入口付近にいてダンジョンを見たお客様も勿論いる為、不安が伝播してほぼ泣き声と叫び声しか聞こえない。
怪我をしている人や意識を失っている人もいて地獄のようだった。
出入口についての報告を受けた支配人の山田は、バリケードをはる作戦を採用した。
全ての入口を塞ぐことは出来ないが、広場に近い入口二つを、男性従業員数名にお願いして、簡易的にではあるがバリケードを作った。
ダンジョンを視界的には封じる事が出来、見えないだけで大分安心感が生まれる。
多少ひび割れて物が散乱しているが、見た目だけはいつもの職場だ。
山田がスマホを借りて、ダンジョン協会に連絡した時、電話口の担当者は探索者を直ぐに派遣してくれるといっていた。
(直ぐってどれくらい?5分?それとも10分?)
山田は落下時の浮遊感を思い出す。
ジェットコースターでしか浮遊感など体験したことは無かったが、人生で一番の浮遊感だった。
垂直落下だから感覚としてはタワーオブテラーが一番近い。
ダンジョン発生時に巻き込まれることの一番怖い所は何か分かるだろうか。
ダンジョンは入ってすぐが1層、探索してボス部屋を見つけ倒すことで2層へ降りる階段が出現する仕組みだ。
それを繰り返してどんどん下層へ潜っていき、最下層のボスを倒した時、ダンジョン制覇となりダンジョンが崩壊する。
当然、下に行けば行くほど出てくる魔物は強くなる。
つまりダンジョン発生時に巻き込まれると、初めから強い魔物と遭遇することになるのだ。
自分で一層一層降りて行くのとは違う。
大抵の人間は、自分の実力以上の魔物と対峙することとなり命を落とす。
考えたくも無かったが、ここは一体何層なのだろうか。
タワーオブテラーは14階のビルだと娘に聞いたことがある。
「最上階で外が見えるから絶対目を瞑らないでね!」とはしゃぐ今年10歳になる娘に手を引かれて乗った幸せな記憶も一緒に思い出したが、目の前の阿鼻叫喚が記憶を押しのけ現実を見せる。
今回の浮遊感時間は、タワーオブテラーの少なくとも5倍は長い時間だった。
もしかしてここは70層前後なのではなかろうか――
つまり直ぐ探索者を送るといっても、探索者が直ぐ到着するのはダンジョンの一層なのだ。
そこから70階も下に潜る時間――魔物がその時間まで大人しく待ってくれるはずが無い。
このショッピングモールは幸い、新宿中央ダンジョンと新宿御苑ダンジョンが近い。
探索者の1人や2人必ずいると信じて、山田はメガホンを手に取りお客様へ呼びかける。
スミさん何してるんでしょうね……
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